ぱくっ
ここ。行きたいです。
これも、噓ですか──?
異世界人が悲し気な声でつぶやいた。
杏がのぞき込むと、そこには一面の桜の写真。
ピンクの霞が空に舞い、湖面に散る花びら、遠くに見える和風のお城。
「……あっ、ここ弘前公園じゃん。これはある」
「ほんとですか!“ヒロサキこうえん”の“おはな”!」
レイネはめちゃくちゃ嬉しそうに笑った。
指で花びらの写真をなぞりながら、目がキラキラしてる。
「弘前を選ぶあたりセンスあるじゃん」
杏も一緒に覗き込み、続ける。
「私も行ったことないけど、めちゃ有名だし、桜の名所って聞くよ」
「嘘じゃないんですよね?行きたいです、ここ行きたい!」
弘前公園で桜を見る──レイネの夢は、まさかの堅実な春の旅行プランだった。
「……いいなぁ、行けたら。でも今って──」
杏はカレンダーを見上げた。
「2月末か……まだ桜、咲いてないよ」
「咲いてないの……?」
しゅん……とレイネの肩が落ちる。
「咲くのはたぶん、4月の終わりくらい。弘前だとゴールデンウィークあたりが見頃かな」
「ゴールデン…?」
またレイネは首をかしげる。
「連休のこと。みんな一斉に休む魔法の期間。だからね、ホテルとか超取りづらいのよ。予約するだけで、戦争なの」
「戦争? 蹴散らせばいい?」
「いや、もう。蹴散らさないで。お願い、武力行使の発想はやめて」
いろいろ言葉に気を付けないと、ズレる。
「……今から頑張れば、日帰りで弾丸ツアーならワンチャン…?」
「弾丸……撃たれるの!?」
レイネは眉をひそめる。
「ならば、護衛魔法で!」
「違う違う!例え!比喩!日本語ムズいな!」
言ったそばからこれか。
杏はをぱらぱらめくりながら、弘前城公園の解説を読む。
英文だが充分わかる範囲の構文だ。
「へぇ、桜守なんていう人がいるんだ。これは正しいっぽいな──でも、桜の木の下に人身御供?いや、さすがにそれは間違ってるでしょ」
2割ぐらいあってそうだな。
「なになに、弘前城は、江戸からくり城と呼ばれ古来よりロケットランチャーが実装されている?」
うん、8割妄想だ、これ。
これは、この子の誤解を解いてやらないといけないのではないか……。
杏は思い始めていた時、ふと疑問が生まれる。
「……てかさ、そもそもなんでそんな雑誌持ってたの?」
「それは……ですね」
レイネは少しだけ、真剣な顔になった。
「それは……こっち世界から、私の世界に来ちゃった人がいたんです」
レイネはちょっとだけ表情を引き締めた。
「来ちゃった、って……異世界転生的な?」
「転生というか……たいていは“迷い込み”ですね。本人の意思とは関係なく、気がついたら迷い込んでた、ってケースが多いです」
「……え、怖」
杏の脳裏に、駅のホームや信号の赤、エレベーターの隙間など、"異世界行きスポット"のイメージがばばばっとよぎった。
「で、その迷子さんが、この雑誌を持ってたんです」
「え、待って、迷子って……日本人だったの?」
「わかんないです。あいあむざばにーずって言ってました」
「あ、そ、そうなの」
その人、今どうなったの?と杏が聞こうとしたとき、レイネの表情がふっと陰った。
「……最初は、私も保護しようと思ったんですけど」
「え、でも何かあったの?」
「リアルポ〇モンとかいって、魔物に近づいちゃって。止めたんですけど……」
「まさか──」
「パクッ、て」
「パク……?」
杏の脳内に、チョコパイを一口でいくゆるキャラみたいなビジュアルがよぎる。
レイネは、杏の反応を真顔で受け止めながら、はっきりと言った。
「食べられちゃった」
「ええええええええーーーーっ!?」
返す言葉がなかった。
想像以上にサラッとしたショッキング情報だった。
「なんていうか」
レイネは思慮深く言う「“旅先では浮かれすぎない”って、大事なんだなって思った──あと、ちゃんと人の話を聞こうって」
「教訓がリアルすぎるのよ!」
一息ついた杏は、改まって言う。
「よし……じゃあ、咲く時期になったら、一緒に行こう」
「えっ!ほんと!?」
「うん。あなたの夢、叶えよう。こっちの世界に来たんだもん。それくらいのご褒美あっていいよ」
「ありがとう、あーちゃん!」
レイネの笑顔が、花びらみたいにぱっと咲いた。
(……この子が信じてる“日本”を、ちゃんと教えてあげたいな)
杏はそう思いながら、再び雑誌の表紙に視線を落とした。
「……てか、“サムライ・サイバーパンク・パラダイス”って何よ」




