【何型よ?】異世界の女神さま、献血に行く。
サバサバサバト会の報告を受けたあと、レイネはテレビを杏に譲った。
「推しで満たさないとやってられん!」
杏はそう言いながら、推しアイドルのライブDVDを再生する。
そんな杏の背中を見た後、レイネは冷蔵庫を開ける。
オレンジジュースと炭酸を取り出した。
ワインに少しずつ注ぎ、軽く混ぜる。
──うん、悪くない。
軽い口当たりと炭酸の刺激。
オレンジの甘みと酸味がほどよくワインに溶け込む。
杏が見ている映像を、キッチンから遠巻きに見る。
しばらく見続けていたが、杏は不意にテレビを消した。
少しの空白。
「ねぇ、レイネ?」
改まった声に、レイネは顔を向ける。
「なに?」
「その……レイネって、将来の不安とかないの?」
言葉にしづらいことを言ってきたんだなとレイネは思う。
「将来の不安……」
反芻しながら、レイネは考えていた。
少しの将来なら、未来予知があるから不安はない。
だが、先が見えたとして、未来を自分の意図通りに出来るわけではない。
それこそ他人を変えられるわけではない。
変えることができない将来を知ってしまうことはつらい。
変えられない未来──なかには、あえて変えようとせず、それでも不本意な方向に進もうとする姿が、レイネの目には映ることがある。
それは、杏の問いに対する答えでは無いか......
「あーちゃん、あるの?」
レイネはそっと問い返す。
「うん…」
杏はため息はつかなかったが、声の力は弱かった。
妹は結婚し子どもに恵まれ、看護師として社会に必要とされている。
自分はIT関連の仕事。
技術はいつか古び、必要とされなくなる日が来るかもしれない──そんな漠然とした不安が胸を重くする。
十年後、自分は誰と何を話しているのだろうか。
そもそも、話し相手はいるのだろうか。
レイネはその間、先ほどの即興カクテルを手際よく仕上げる。
「ありがと。それにさ──」
杏はグラスを受け取り、続ける。
「もう少ししたら、レイネも帰っちゃうじゃん」
いろいろ焦るのよと、呟きグラスに口をつける。
「飲みやすくなったね」
少し寂しそうにそう言った。
「簡単だけど、あるものを組み合わせただけ」
レイネは杏の横に座る。
「ほんと、あんた器用ね」
「でしょー。でもね、いきなりこんなことはできないよ」
レイネはグラスをくるくる回しながら続ける。
「ダメなワインでも、工夫すればそれなりに美味しくなるけど、これだと食事には合わない。場所や状況によって合う合わないがある。組み合わせは、経験から学ぶ。一見関係ないことでも、いつかつながる。将来が不安なら、これまで何をしてきて、何ができるか振り返ってみるのもいいんじゃないかな」
レイネはそっと、杏の頭を撫でた。
「子ども扱いしてるでしょ?」
杏は少し照れながらも、撫でられるのを拒まない。
「子どもはお酒飲んじゃダメでーす」
レイネがふざけて言うと、杏は小さく呟いた。
「良いな、レイネは許嫁がいて……」
でへぇっ。
レイネは体をくねらせた。
「やっだー、もー、あーちゃんったらっ」
恥ずかしそうにかつ、嬉しそうに膝をぽんぽんと叩く。
相変わらず”許嫁”の話が出るたびに、ほぼ思考能力ゼロになるレイネ。
杏が発したその言葉の裏にある意味に、気付く知性は微塵も残っていなかった。
* * *
いつだってレイネは突然だ。
「部材を買いたい。横浜へ行こう」と言い出した。
それは、サバサバサバト会の翌日の日曜の朝だ。
もう、この子はマイペース。何型だ?
そういえばレイネって血液型、何型だろう?
それも、もうすぐ分かる。
杏は独り、喫茶店でスマホを見ながらレイネを待つ。
当のレイネは今、献血中だ。
事の始まりは、約1時間前。
横浜西口駅前広場に差しかかると、白いテントと「献血」の文字が目に入る。
「……あーちゃん、あれなに?」
レイネが首をかしげる。
杏は一瞬、どう説明すればいいか迷った。
「献血て言って――病気とかケガを治すとき時に、みんなでちょっとずつ血を分けてあげるんだよ。」
杏は、ざっくりとそう説明した。
「ケンケツ……分け与える?」
レイネは首を傾げた後、ああ、なるほどと呟いた。
「行こう、あーちゃん!さっそく、献血に行こう!」
レイネは、杏の手を取って来たが、私はいいよ、と断った。
「なんで?」
「注射。痛いのやなんだよね」
「そうか。じゃ、レイネ行ってくる」
手を離すと、ウッキウキでテントの方へ向かっていった。
「もう……喫茶店で待ってるからね!席取れたらチャットするー!」
「あーい」
そう言ってレイネは消えていったのだった。
* * *
──ブルル
杏のスマホが新着を知らせるバイブが震える。
”凄い。血液の成分を分離して体に戻すんだって”
レイネからのメッセージだ。
”いつもの、スタバにいるからね”
杏は居場所を伝えると、”《《お》》”とだけ返信があった。
それからしばらくして、レイネが喫茶店に入ってくる。
「お待たせ」
「──で、どうだった?」
どうってことも無いだろうけどと思いながら杏は訊いた。
「待ってるだけだったから、ぼーっとしてた」
レイネはそう言うと、これ貰ったよと献血カードを見せてくる。
「レイネもO型なんだ!」
杏は嬉しくなって、一緒だねと言った。
「おーがた?」
「O型ってね、大らかで、仲間思いで……あってるー。ぽーい」
ちょっとテンションが上がる
「ええっと、どういうこと?」
レイネは置いてけぼりのようだ。
無理もない。
相手は異世界人。
ちゃんと説明せねば、と杏は思った。
「A型は几帳面で責任感が強い、B型は自由人で好奇心旺盛、AB型は天才肌で二面性があってね!」
「あーちゃん、レイネの理解追いつかない」
いつも以上にきょとん顔。
「血液型診断って言ってー」
杏は興奮を抑えながら、血液型診断の話をする。
「えっと、血液型で性格がかわる?と」
レイネは首を傾げる。
「そーなのよ。血液型に相性もあって──」
レイネはへーとか言いながら話を聞いている。
杏が一通り説明し終わる。
「しかし、こっちの人間たちも、血が霊薬になるんだね。やっぱり、向こうの人間とは違うなー」
ゆずシトラス & ティーに口を付けるレイネ。
ふむふむと、合点が行ったように頷く。
「なんのこと?血が霊薬?え、なに?」
こっちは合点が行かない。
レイネの言葉に、杏は首を傾げた。
「血で治すんじゃないの?」
レイネが目を丸めてこちらを見る。
「治すけど、足りない分を補充するだけだよ」
杏の言葉に、レイネは、ガクリと肩を落とした。
「えー、そうなの?」
驚きを隠せないような声を上げた。
* * *
一方、献血現場では、レイネを担当した看護師が、首を傾げていた。
「やっぱり、さっきの外国人の方の血、なんだか淡い光、放ってません?」
「そんなことあるかいな……気のせいだよ」
他の看護師はそう言って、レイネの血液を所定の場所に運んでいった。




