大好きよ
潮騒が立つ青い海公園。
杏とレイネの二人は、ベンチに座り、無言だった。
アイスは食べ終わり、親子もどこかに行ってしまった。
”──き、気まずい……”
レイネは視線のやり場に困っていた。
ま、ま、魔法使っちゃおうかな……ちらりと脳裏で思う。
途中まで、うまく行ってた気がする。
どうしよう……。
せっかく作った空気感が壊れている。
どうやって杏に声をかけようか?。
”赤ちゃん、可愛いいよね──”
ダメだ。
きっとダメな気がする。ダメ絶対。
でも、だって……可愛いんだもん。
「あ、アイスなくなっちゃった。食べたらなくなる、レイネ悲しい」
我ながらアホなセリフだなとレイネは思った。
「……ごめん……な…さい」
杏がぽつりと言った。
静かな波の音の中で杏はもう一度、ごめんなさいと言った。
杏を見ると、目を赤くはらし、溢れてきたものを指で拭っていた。
「ごめんね。旅行、台無しだよね……」
「あーちゃん……?」
「勝手に不機嫌になって、気を使わせて……したくもないコスプレさせて……」
どうして、自分はこんな言い方しかできないんだろう、と杏は呟く。
ハンカチを取り出し、顔を押さえる。
「結局、人前で泣いて、そこまでして気を引きたいのかって、自分でも嫌になる」
「どうしたの?」
「ずっとね、寂しかったのよ……ちがう、でも言葉が見つからない」
嗚咽交じりに杏は続けた。
旅行に来てから……ちがう。もっと前。
レイネがいつの間にか、こっちの生活に慣れて来て。
あなた、何も知らなかったのに。
私は、教えてあげる立場だったのに。
気づいたら、もう何も困ってもいない。
何でもできて、かわいくて。
人とすぐ仲良くなって。
私にないものだらけ。
でも優しくて
いつもどこかで、私の後押しをしてくれていて
そんな人が
知らない土地で、知らない人とどんどん仲良くなって
知らないことを話し始める
とても嬉しそうに……
その役割は私だと思っていたのに
そこに、私はいない
もう私はいなくていいんじゃないか……
あなたが誰かと話すたびに
私を見て欲しいって思ってた
だから、『恋なのかな』なんて思ったり──
恥ずかしいよね。
この歳になって恋なのか、嫉妬なのかも区別付かないなんて。
「わたし、なに話してんだろう……」
杏はそう言うと、鼻をすする。
「最低でしょ。桜を見たいってレイネのお願いを聞いたつもりなのに、私はあなたに『見て』『見て』『見て』ばかり……」
震える声を押さえながら杏は続けた。
夢でね、レイネが私をおいていくのを見たの。
思わず調べたの。夢判断。
コミュニケーションを欲求しているみたい。
もっと話したい。
もっと一緒に居たい。
それが言えなくて、勝手に怒って。
勝手に不安に思って、勝手に期待して、勝手に裏切られたって思って。
「本当に嫌になる。こんな自分が、嫌で嫌で、本当に自分が嫌いすぎて、嫌になる」
ごめんね。
結局、そんなこと言って今も気を引こうとしてる。
杏はぽつりと言った。
嫌いだよ……
* * *
「あーちゃん。ありがとう。旅行楽しかったよ」
あ、まだ終わってないから、過去形じゃないか、とレイネは言い直す。
「そういう慰めみたいなの、いらないから。──もう帰ろう」
諦めたように杏は呟いた。
「あーちゃんと来れて、よかったと思ってるよ」
「ありがと。優しいね」
杏は涙を浮かべながら笑顔を作る。
「計画立てて、旅行も手配してくれた。慣れないレンタカーも運転してくれた。振り回す私に付き合ってくれた」
「もういいよ……」
「あーちゃん、チョコミントのアイスは好き?」
「なにそれ。突然。チョコミントより……ってやつ?」
杏は口元を緩ませる。
「好きか嫌いかの話。チョコミントのアイスは好き?」
「歯磨き粉な感じだから、好きではないな……」
困ったように答えてきた。
「そもそも順番が逆なの。ミントがハミガキ粉なんじゃなくて、ハミガキ粉がミントなんすからね!って、巨乳界の先輩が言ってた」
レイネは何かのモノマネをするように”ミント”を誇張して言う。
「……それ、なんかの漫画でしょ」
ますます困ったような表情だ。
「レイネもミント苦手だけど。チョコは好き」
「ちょっと、何の話よさきから……」
「チョコミントのアイスは、好きな人もいれば、嫌いな人もいる。でもチョコミン党は他人に価値を左右されない。誰かに嫌われたからと言って、チョコミントの価値は変わらない」
あれ?チョコミントの話になっちゃったぞ、レイネは座りなおして言った。
「ましてや、チョコミントが好きな自分を嫌ったりはしない。他人に好き嫌いを委ねてたら、好きなものも嫌いにもなるし、振り回される。だからね、あーちゃん。好き嫌いを他人の顔色で決めちゃダメだよ──それは、自分自身に対しても、だ」
他人なんて、他人への興味なんてないって。
時と場合、人と立場、そんなのを見て、ああだね、こうだねって言うだけ。
ほんとに、ずっと自分を見ているのは自分しかいない。
だから、頑張った自分を知っているのも自分。
悲しみを乗り越えたことを知っているのも自分。
誰かのために、何かのためにしてあげられたのも自分。
レイネは、澄んだ空を見上げながら言った。
「一番自分をみているはずの自分が、自分の味方をしないで、どうするの? 私を旅行に連れていくためにいろいろしたじゃない。してくれたじゃない。だから、ありがとう」
レイネは杏を見ると微笑み、抱き寄せながら囁いた。
「あーちゃんは感謝されているんだよ。だから、素直に受け取って」
それと、大好きよ。とレイネは続けた。




