【異世界の女神さま】魔法なんて使わない
ホテルを出て、車に乗る。
杏が何も言わずにエンジンをかける。
「青森市に出て、お昼食べたら八戸に戻るから」
杏はバックミラーを直しながら言う。
「はーい。あーちゃん、シートベルト締めて」
いつものように微笑んでみる。
「……自分でできるでしょ」
あれ?と思いつつ、レイネは自分でカチリと締めた。
「音楽かけるね」
車が動き出すとレイネは、杏がお気に入り曲を再生した。
軽快で、アニメに使われていたメロディが流れる。
しかし、簡素な空気を埋められない。
沈黙が車内に広がる。
「あーちゃん」
「何?」
声が、硬い。
「なんか、怒ってる?」
「怒ってないわよ」
「レイネ、なんかした?」
次の瞬間、言葉の嵐が降ってきた。
「なんかしたって!? 昨日、知らない人とインスタ交換してたでしょ!」
それは、突然の大声だった。
大声だったが、向こうの世界で経験している戦闘中の怒号に比べれば《《何ともない》》。
それでも、予想外の相手ゆえにレイネは《《驚いてはいた》》。
──あ、あーちゃんって、結構大きな声出るのね。
違う角度で驚く、というか感心するレイネ。
それをを他所に杏はまくし立てる。
「知らない人と交換するなんて危険でしょ。ちょっとは考えてよ!変な人がいたらどうするの!?」
一瞬の空白が生まれたとき、腑に落ちないレイネは言い返した。
「えー、あーちゃんが愛想よくしろって……」
「そんなことまでしろとは言ってない!私のせいにするの!?」
声は鋭利なままだ。
「子供には勝手に声かけるし、ああいうのこっちだと不審者扱いよ!なにがレイネちゃん、笑顔ちょーだいよ。なにが”はーい”よ!」
話にまとまりがない……とレイネは思った。
「こども、かわいいから」
逆効果なのはわかっていたがレイネは言う。
杏の中で、何かがそうさせている。
それは、聞かないとわからない──聞き出そう。
レイネの中では、『魔法』で解決する選択肢は無かった。
魔法なら、心を読み、思考パターンを把握できる。
把握できれば必要な回答を与え、精神安定化の回復魔法でもかければいい。
不都合な記憶があるのであれば、消し飛ばす。一瞬で終わる。
そう。一瞬で終わる。
だが、一瞬で得られるものは、一瞬で無価値になる。
その時だけ何とかする──快楽を前借するような麻薬みたいな物だ。
手探りになるが、魔法は使わない。
レイネはそう考えていた。
「あんた、知らない人にひょいひょい着いて行きすぎよ。新幹線の時もそう、八戸もそう。無防備すぎ。私は、レイネを心配してるの。こっちの常識を身につけてよ、もう!」
声を震わせながら杏は言った。
「ごめん、気を付ける」
レイネは小さく言いつつ、新幹線では誰かと話した覚えは無いぞと冷静に思っていた。
しかし、話が発散しすぎている。
いったん落ち着くまで待とう。
他者との対話が成り立たないという事はおそらく──自己との対話も上手くできていない。
レイネはそう思いながら、糸口を思案し始めた。




