異世界の女神さま。現代でコスプレ無双と終わりの夢。
弘前城公園。
桜の下で、駄々をこねていた子供は、レイネが何か言葉をかけると、あっさりと落ち着く。
その表情は満足げだ。
その子は笑顔を見せ、両親に手を引かれていった。
「ばいばーい」
手を振るレイネと、頭を下げて去っていく家族。
「……すご。一瞬で宥めたね」
「レイネ、保育士になろうかな」
「へぇ。私、子供苦手なんだよね」
「もっかい、桜のトンネル見たい」
杏の言葉にレイネは応えず、手を引いた。
二人は、もう一度、桜色の天井をくぐる。
* * *
車に戻ると、杏は衣装を取り出して渡した。
「お願い。これ着て」
一九世紀の西洋貴族風の淡いグリーンのドレス。
フリルがいくつも重なるネット通販で買ったもの。
「……あーちゃん、りんごは? りんご公園」
レイネはドレスを受け取り、後部座席で”んご”と呟きながら着替え始める。
「この後ね」
「りんご……だンゴ。ンゴちゃん食べたい」
……ネットスラング、いつ覚えたの?
着替え終えたレイネは、ハイファンタジーの姫。
「やっぱり完璧ね」
何かのゲームかアニメの再現率100%
まさに、異世界人降臨である。
「素材が軽くていいね。向こうは重たくて」
レイネはドレスの裾をひらりとさせる。
「あと軽くメイクね」
座らせて手早く化粧を施す。
──なにこの、ベース不要な肌質。
え?ほくろ無いの、この子。
コンシーラーもいらないとか反則。
まつ毛ふっさふさ。マッチ何本乗る?
アイラインと、涙袋をちょっと付けて。
唇ぷるんぷるん。
……食べたくなる感じ、なに?
「はい、これ持って。洋館めぐりするよ」
帽子を被せ、日傘を手渡す。
「あーちゃん、んごー」
「はいはい。この後ね」
弘前市立図書館、旧市立図書館──レトロな街並みに、レイネの姿は溶け込みすぎて、まるで絵画。
弘前学院外人宣教師館の前で撮影を始めると、観光客が集まりだした。
”あの人、めっちゃ可愛くない?”
”素材が違う”
耳に心地いい声。杏の気分は上々。
「すいません。一緒に写真、いいですか?」
「レイネ、この人たちが写真撮りたいって」
「はーい」
「どうぞー」
きゃーとか、ありがとうございますとか色めき立つ。
──ふふふ、私が作り上げた完璧なるレイネを、とくと見るがいい。
”リアルフリーレンみたい”
”耳、コスプレですか?”
”握手して!”
口々にそう言いながら、シャッターを切っている。
「愛想よくするのよー」
「はーい」
笑顔で観光客たちのリクエストに応えるレイネ。
──コスプレで商売できそうね。
当初は気持ちが高ぶっていた杏……が。
人だかりが、どんどん膨れ上がっていく。
最初は4人ぐらいだったはず。
今じゃレイネの姿が見えない。
かろうじて裾がひらひらしてるのが見えるだけ。
”インスタやってます?”
”フォローさせてー”
”わたしもー”
「はーい」とレイネの声は緊張感ゼロ。
──はーい、じゃなーいッ!
さらに、反射板やガチ機材を持った一団まで登場。
「レイネちゃーん、笑顔、こっちにくださーい」
「こうかな?」
「そうそう! 肩の上のリンゴを齧る感じで──」
「わかったんご」
シャッター音の嵐。
”かわいい”
”マジ女神”
”そのピアス、どこで買ったの?”
──もう!
優越感は吹き飛び、苛立ちだけが残った。
杏は人垣をかき分け、レイネの手をつかむ。
「もう行くよっ!」
「ふぇぇ……」
間の抜けた声を上げたレイネは「あーちゃん、んごは?」と続けた。
「後で買うから!」
* * *
ホテルに逃げ込み、チェックイン。
レイネを元の服に着替えさせ、夕食は津軽そばや貝焼き味噌を堪能。
部屋に戻ると、杏はカメラを取り出した。
「めっちゃコスプレ、かわいかった」
液晶に映るレイネに、思わずにやける。
「あーちゃんとの写真、撮ってないよ」
売店のリンゴアイスを食べながら、レイネがぼそりと言う。
「今度ね」
液晶から目を離さずに答える。
七輪咲きも見つけた。
今夜の夢は、何になるだろう。
──その日見た夢が叶う、らしいから。
* * *
──違う。私が言いたいのは、そんなことじゃない。
最悪な夢が、事の始まりだ。
杏は息苦しさを感じながら、それを思い出していた──
* * *
──闇の中を、一人で歩いていた。
前方にレイネの後ろ姿。
その手には、見知らぬ子供の小さな手が握られている。
二人は、笑い声と共に遠ざかっていく。
周囲を取り囲むのは、知らない観光客たち。
まるで歓迎するかのようにレイネたちを囲み、言葉を交わしていた。
……ネ、イ……レ……
声をかけようと口を開く。
けれど、声が出ない。
喉が締め付けられ、何度試しても空気しか漏れない。
必死に手を伸ばす。
──その瞬間、景色は変わる。
ホテルの部屋。
慣れない布団とまくら。
ベッドの脇にあるデジタル時計がうっすらと部屋を灯す。
……夢か。
その光景に安心するが、心臓が激しく脈打っている。
吐き気がするほどの不安と悲しみが、胸を締め付けていた。
隣を見る。
暗がりの中、静かな寝息。
安らかな寝顔に、ほっと息が漏れる。
その肩を揺さぶって、今の気持ちを全部ぶちまけたい衝動に駆られる。
その衝動を必死に押し殺し、目を閉じた。
……よりによって、レイネが私から離れていく夢なんて
昨日、弘前城公園で聞いた「見つけた夜の夢は叶う」という言葉が頭をよぎる。
慌てて振り払う。
ただの迷信。ただの……迷信。
けれど、不安は胸の奥に残り続ける。
レイネは桜を見るために来た。
もう目的は果たしたんじゃないか……
帰るのは100年先とは限らない
胸の中が、空虚になっていく。
──寂しい……
* * *
──何かおかしい。
朝起きてからレイネは、杏の態度に違和感を感じていた。
目は合うけど、すぐ逸らす。
声をかけても、短くしか返ってこない。
今日の行き先も言わないし、世話焼きの小言も無い。
”着替え大丈夫? ホック留めてあげる。”
”スマホ充電した? 70%?念のため充電するね。”
”ドライヤー使う? もう。自分でとかせるでしょ?”
”異世界から来たからって人任せにしないで、自分でやるの。”
そんなことを言いながらも、にこやかに杏がやってくれる。
今日はそんなやり取りが無い。
支度を終えて、自分で髪を整える。
ドライヤーと手櫛で外ハネを作る──我ながら上手い。
鏡越しにふわふわな毛先を見てると、気持ちもふわふわと浮かれてくる。
鏡のその端に杏が写る。
ベッドでスマホをいじっているだけだ。
なんとなく、空気が固まっている。
「旅行って、今日でおしまい?」
「そうよ」
「写真送ってね」
「あとでね」
淡々とした返事に、小さく胸が沈む。
レイネ、なんかしたかな……
なんだろう?
心でも読むか?
レイネはぼんやりと思った。




