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【第一部完結】同居人は異世界の女神さま!? 男に逃げられ、金も尽き、運まで消えたら、女神に振り回された件について  作者: yururitohikari


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【波乱の予感】薫風荘とおねだりシートベルト

 深くうねる山道の奥。

 木々のざわめきに包まれるように、ひっそりと佇む一軒の古びた旅館がある。

 その名を──薫風荘くんぷうそう


 築百年を超える木造の建物は、まるで時の流れから取り残されたかのような静謐せいひつさをまとい、人の世の喧騒けんそうなどどこ吹く風だ。


 その縁側に、着物姿の女将がいた。

 四十代後半。

 夜会巻きにした黒髪が艶やかに揺れる。

 彼女は、障子の隙間から空を仰ぎ見ていた。


「今日は……森が騒がしいねえ」


 カラスの鳴き声が不規則に空を裂き、風のないはずの森がざわりと音を立てる。

 まるで何か、見えないものが近づいている前触れのように。


 「なにか、大きなものが近づいているのかしらね」


 ぽつりと呟いた女将は、玄関に小皿を持ち出すと、丁寧に塩を盛った。

 白く小さな山は、ただ静かに、しかし確かな意思を持って、その場に留まっていた。


* * *


 八戸観光を終えた翌日。

 杏とレイネは、レンタカーで田沢湖を目指していた。


 杏は昨日より少しだけなれた手つきでハンドルを握っている。

 とはいえ、肩に入った力はまだ抜けきらない。


 「レイネ、後ろの鞄からスマホ取って。音楽かけてほしいんだけど」

 杏はそう頼んでおいてから気づく。


 ──そういえば、まだ自分じゃシートベルト外せないんだった……


 「はーい。ちょっと待ってね」

 レイネは、()()()とシートベルトを外し、後部座席に身を伸ばした。

 細い腕がひょいと鞄に突っ込まれ、次の瞬間には杏のスマホが手元に。


 ──え? あれ? いままでのやり取りなんだったの?


 「あ、ありがと。Bluetoothでつながるから」

 狼狽していた杏はそう言った後、異世界人にBluetoothが通じるのかと考えた。

 が、すぐにその思考の的外れさに気づいた。


 「Bluetooth?……あ、これかな」

 操作音のあと、車内にOfficial髭男dismの軽快な曲が流れ出した。

 窓の外を流れる緑と、音楽が、旅にふわりと色を添える。


 「できた」

 レイネは満足げに微笑む。

 「ありがと……」

 杏はレイネの偏った成長力にひるみながらも気を取り直して言った。

 「今日は田沢湖寄って、鹿角市でお昼食べて、弘前泊よー」

 「わーいっ」

 レイネの無邪気な声に、杏は思わず笑う。


 「……レイネってさ、本当すごいよね」

 「え? なにが?」

 助手席のレイネが小首を傾げる。

 杏はハンドルを握ったまま、口元だけで微笑んだ。


 「昨日のおじさんたちと、すぐ仲良くなってたじゃない。しかも、ちゃっかり奢ってもらって」

 そう言いながらもあの時、レイネが自分のことを『すごいんですよ、あーちゃんって』と紹介してくれたのが、杏にはたまらなく嬉しかった。


 「そうかな。あーちゃんのお仕事と話が合ったからじゃない」

 レイネは、さらっと答える。

 「仕事の話だしね。話を合わせるのは、お客さんのところで慣れているし……」

 「ちゃんとやってきた証左だね」

 そうレイネに言われると、気恥ずかしさも感じながら、もっとレイネに、そう言ってほしいと思った。


 飾り気もないが、欲しい言葉が返ってくる。

 レイネはわかってくれているという実感がわいてくる。


 「気のいい人たちだったね。『工場見学いつでもおいで』って言ってくれたし、行きたいな」

 いつもの飾り気のない言葉でいうレイネに、杏は本当に素直だなと思う。

 「社交辞令よ。そういうの、真に受けないの」


 ほんと世間知らずなんだから。やっぱり私がいないと。


 「じゃあ、昨日のおじいちゃんとの話も、水田の話も嘘?」

 少し寂しそうな声音でレイネが言う。


 「え、それは……」

 杏は言葉に詰まる。

 確かに、あの時は、その場の勢いで答えてしまっただけだ。

 そのまま言葉にすると、レイネの純粋な期待を裏切ってしまうことになる。

 「──相談しておくよ」

 杏は回答を取り繕った。


 「はーい。ありがと」

 レイネがにこっと笑った。


 杏は、ハンドルを握りながら、その表情と言葉に満足感を感じる。

 「レイネが居れば、色々なことが大丈夫な気がする」

 素直な気持ちを伝えられたような気がした。


 「そう?」

 レイネは、杏の言葉に、不思議そうに首を傾げた。

 「だから、いつも味方でいてね」

 「うん……」

 要領の得ないようなレイネの声音だったが、杏はそれでも充分だと思った。


* * *


 車は駐車場に到着。

 杏は慎重にサイドブレーキを引き、Pポジションへ。エンジンを止め、深呼吸一つ。


 「着いたよ。降りよっか──って、どうしたの?」

 見ると、レイネがシートベルトを指差していた。


 「あーちゃん、シートベルト外して」

 「……もう、さっき自分でやってたじゃない」

 そう言いつつも、杏はレイネのシートベルトを外してやった。

 微かに漂ったレイネの香りに、杏はまたふたりの距離が縮まったように思えた。


 近い──。

 近いのに、まだ足りない。

 もっと近づきたい。

 離れてほしくない。


 レイネに一番近いのは、自分のはず。

 だから、もっと、自分だけを見ていてほしい──そう思い始めていた。



■お詫び

八戸から田沢湖に行くというルート。

行けないことは無いのですが、距離も離れていて、ペーパードライバーがいきなり行くのはあり得ないかなと。遠回りですし。

この部分、プロット時に田沢湖と十和田湖を間違えてしまい、その修正ができていないので不自然なままです。

ごめんなさい。

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