かたりべホイホイ
言えてない。お揃いよ。
杏はそう言うと、自分でもわかるくらい上機嫌になっていた。
「次は食い倒れよ」
「わーい」
レイネのいつものようなオーバーリアクションで、ピアスが揺れる。
「はい、シートベルト締めてね」
杏が自分のベルトをカチャリと締める。
「はい。シートベルト締めて」
レイネは、可愛らしくそう言って、シートベルトを引っ張り出す。
「もう」
杏は、文句を言いながらも、レイネに身を寄せ、シートベルトのバックルを閉める。
「もっかい、ぎゅーってする?」
「今は大丈夫よ」
杏は笑いながらエンジンをかけ、サイドブレーキを外し──アクセルを踏む。
エンジンが唸っただけで、車はぴくりとも動かない。
「あっ…… 」
またやってしまった。
今度はDに入れ忘れたことに気付き、杏は肩を落とした。
* * *
「すごい。すごすぎる。こんなに大量の食料があるなんて……」
レイネは、八食センターに入ると、山と積まれた海の幸に、興奮を隠せない。
好きな海鮮とか選べるし、炉端焼きもできるらしいから、と杏は説明する。
「好きなだけ選んでね」と付け加えた。
「好きなだけ……。おし、食い倒レイネになる」
妙な気合を入れてレイネは海鮮を選んでいく。
「で、結局選んだのが、それだけ?」
杏が見たのは、オリジナル海鮮丼(1人前)と、ホタテ1枚(炉端焼き用)。
「……うん。口ほどにもないんで……」
杏は、大盛のいくらとウニ丼にし、ふたりは分け合いながら食事を済ました。
* * *
ホテルにチェックインしたあと、せっかくだからと、ふたりはみろく横丁へ。
八食センターでかなり満腹だったので、ちびちびと酒を飲むのが精一杯。
牛タンをつまんでいると──
「お、さっきの嬢ちゃん!」
ツカハラミュージアムで会ったおじさんと、その仕事仲間らしき男性たちが、隣に座ってきた。
「嬢ちゃんは、レイネです」
と満面の笑みで返すレイネ。
おじさんも「ああ、そうだった、レイネちゃん!」と笑って応じ、他の仲間たちに「この子、日本語うまいし、車にも詳しいんだよ」と紹介しはじめる。
──いや、詳しいっていうか、おじさんがずっとしゃべってただけじゃん……
杏が心のなかで突っ込んだころには、もはや手遅れ。
レイネは、完全『語り部ホイホイ』モード。
またしても、車とものづくり談義で大盛り上がり。
杏は、その様子を黙ってグラスを傾けながら見ていた。
氷がカラン、と乾いた音を立てた。
──ああ、まただ。
私だけ、外側にいるみたいな感覚。
レイネの外見は、絵に描いたような美人で、悪く言えば近寄りがたい。
しかし、根っからの人懐っこさ、言葉の選び方、話したくなるリアクション。
一度言葉を交わしてしまえば、誰もが好きになる要素に満ち溢れている。
それに比べ、気の利いた一言も言えないし、会話にも入れない……。
そんなふうに思いかけたそのとき。
「いや〜、モノがあるのはいいけど、ITってやつはさっぱり分かんねぇな」
と、おじさんは言うとワハハと笑う。
レイネは、杏の方を見て、満面の笑みで言った。
「あーちゃん、IT系だよ。プロ。この前、引き抜きの話があったぐらい」
おじさん達は杏に驚いたような目を向けた。
「へー、そりゃすげぇな」
「そ、そんなことないですよ」
杏は、突然のことで、戸惑い次の言葉が出てこない。
しかし、胸のあたりがじんわりと暖かくなる。
「って、あーちゃん、すぐ謙遜しちゃうの」
レイネはにっこり言うと「おじちゃんに、爪の垢を煎じて飲ませたいぐらい」と続けて、いたずらっぽい笑顔を浮かべると肩を竦める。
「こいつは一本取られたー」などとおじさんたちは盛り上がる。
「こないだ、上司に意見したとかなんとかで……」とレイネ。
「別に意見、言ったわけじゃなくて」
あわてて修正しようとする杏。
が、
「上司に意見するなんて、やるね」だの「ITにテストってあるんだ」という声が飛び交い、話はたちまち、設計の重要性など、ものづくりの共通点へと広がっていった。
ITの世界の話や仕事の話を、話し始めると──男性たちは、驚くほど素直に、話を聞いてくれた。
ものづくりの世界と、ITの世界。
違う世界のようで、「段取りが命だよな」とか「納品日ぎりぎりで徹夜した」とかで笑い合った。
「こうやって話してみるとまだまだ勉強だなぁ」とおじさんは嬉しそうに言う。
全てを知っていて完璧にできる人なんかいない、だからお互いが助け合って、みんなが必要なんだよなと、おじさんたちの誰かが言った。
* * *
夜も更け、ホテルへ戻る。
ベッドに入りながら、ふたりは他愛もない話を交わす。
「まさか、ごちそうしてもらっちゃうなんてね。レイネさまさまよ」
「へへっ。得しちゃったー」
八戸の夜景が、窓の外に広がっている。
自分もその中の一つにいたんだと思うのと同時に、杏は横浜の夜に言っていたレイネの言葉をなんとなく思い出した。
『こっちは、星が見えなくなった分だけ、願いがひとの手元に来ている気がする』
あのときはピンと来なかったけど──今はなんとなく、ちょっとだけ、分かる気がした。
そう、レイネと居れば。と杏は思った。




