板金加工はドワーフ何人分?
次に向かったのは、ツカハラミュージアム。
レトロな車から、レース用の車まで様々な歴代の車種が展示されている博物館。
杏は車に興味もなかったし、きっとレイネもそんなに興味はないだろうと思っていた。
それでも、クラシックカーのデザインがかわいいし、お勧めスポットとして紹介もされていた。
”かわいいね”なんて話をして、ちょっと見るぐらいだろう──そう思っていた。
「──レイネ、何してるの?」
「えっと、下の作り込みが見えなくて」
レイネはしゃがみこんで、必死に車体の下を覗き込もうとしている。
「レンタカーの見ればよくない?」
杏は、至極まっとうな事を言ったつもりだった。
「あ、そうなんだけど。ちょっと違くて……それはそれ。ここでしか見れないじゃん」
無理な体勢のせいか、声が震えている。
一応、当初の想定通り「デザインかわいい」とかそんな話で盛り上がっていたのに、接合がどうのとか、どう板金加工したんだ?
ドワーフ何人工分?とかブツブツ言い始め、今に至る。
──なにこのスイッチの入り方。男の子かよ……
あたりを見回すと、中高年の男性客が多いように見える。
家族連れはいない。
──よし。博士ちゃんは居ない。
そう思ったときだった。
「嬢ちゃん、車好きなんか?」
レイネに声をかけてきたのは、短髪で作業着を着たおじさん。
白髪まじりのちょっとダンディ。
レイネは、ちらっと笑顔を見せてから、また車に視線を戻して言う。
「好き嫌いの前に、全く分かってないので、興味津々なのです」
「へぇ〜。……嬢ちゃん、ジェームズ・ボンドって知ってるか?」
「レイネです。ボンドは……知らない」
そうか、と少し残念そうに言いながら、男性はこの車はな、トヨタGT2000と言ってな、映画で使われてて──そこからが長かった。
映画出演秘話。
車の性能と設計、車体の剛性、ひいては自動車産業の未来まで。
──はい、出ました。語り部ホイホイ……。
杏は肩を落とした。
レイネはレイネで、日本人離れした大きなリアクションや、それで?それで?と聞いてくるので話が止まらない。
しまいにはトヨタが豊田自動織機から始まったとかそんな話まで出てくる。
最終的には「この国は、ものづくりの国だからなぁ」なんて誇らしげな言葉まで飛び出し、「物を作るのにも、想像力が必要で、ソフトパワーも強いんじゃないかって思うんですよね」などとレイネも相槌を入れる。
レイネの言葉に、男性はさらに目を輝かせた。
二人は、車の話から、この国の文化や技術力、そして資源の乏しいこの国で、人を育てるほかないだろうなどと、熱心に語り合っている。
──なに、この展開……
「おじさん、スズキっていうんだけどな」と言って、名刺をレイネに渡す。
「すずき?」名刺を受け取りながら首を傾げる。
「そう鈴木。ホンダの下請けやってる、スズキがトヨタを語るってわけだ」と言ってワハハと笑っている。
一体どこに笑うポイントがあるの?
杏は、少し離れたベンチに座り、二人を見つめていた。
会話に加わることができず、ただ遠くから、楽しそうに話す二人。
──私と来ているのに……
異世界人が、この世界の話をしている。
この世界の話だというのに、私の知らない世界の話。
レイネに教えるのは、私だったのに……
レイネは、この世界を知れれば、別に私じゃなくたっていい。
杏はそう思うと、待たされている苛立ちよりも、空虚な思いが広がる。
自分だけが異世界に追いやられた、そんな孤独感。
立ちあがると、ふたりを見ずに車に戻る。
ドアを閉めると車の中は、外の喧噪から遮断された。
静かに閉ざされた空間で、杏はポシェットから、箱根で買ったレイネとのお揃いで買ったイヤリングを取り出し、今までつけていたものと交換する。
口紅を引き直し、なんとなくスマホの画面を見つめる。
インスタの画面をあてもなくスクロールし続けた。
しばらくして、助手席のドアが開く。
「ごめんね、お待たせ。あのおじちゃんも、車整備関連の仕事してるんだって」
レイネは、助手席に乗り込む。
名刺ももろたよ、と杏に変わらぬ笑顔を向ける。
「ふたりとも、楽しそうだったね」
杏は目を合わせず、努めて穏やかに言った。
「あ、イヤリングつけたの?。良く見せて。かわいい」
レイネは、杏の耳元を覗き込み、嬉しそうに言った。
レイネの透き通ったライトグリーンの瞳が、杏を見つめる。
その瞳の中には、杏だけが写っている。
「レイネも、それにしよっと」
レイネは慣れた手つきでピアスを代えると「おろそい」とニコっと笑った。
「言えてない。お揃いよ」
杏は、そう言って笑った。




