【異世界の車窓から】女神、「食い倒れ太郎」と結婚宣言!?
──現在、東北新幹線で八戸へ移動中
小鳥遊杏は、E5系はやぶさの座席に深く腰を沈めながら、窓の外をぼんやり眺めていた。
車窓に流れる景色は、すでに大宮を過ぎ、都市の喧騒が徐々に遠ざかっていく。
だが、杏の心は落ち着かない。
──数年ぶりのレンタカー運転が待っているのだ。
「ええと……右がアクセルで、左がブレーキ……ブレーキ踏みながらエンジンかけて、Dに入れて……」
スマホで予習しながら、イメージトレーニングに集中──と行きたかったのだが、それは許されない。
やはり、原因はレイネである。
隣にいるはずのレイネはおらず、杏と反対側の窓に張り付いている。
「おお〜〜〜、速いぃ〜〜〜!!!」
だの
「わーっ!今の、727じゃない!?」
だの、目を輝かせて、外を食い入るように見つめている。
その横には、見知らぬ少年──小学校低学年くらいだろうか。
やはり窓に顔を押しつけ、「すげー、はえーだろー!」と嬉しそうに叫んでいる。
レイネは、彼の興奮に呼応するように声をあげた。
「すごっ!景色がびゅんびゅん過ぎていく!これ、一回で何人運べるの!?」
「よき質問でござる!!」
キリっ、と声を上げたのは、少年の隣にいた眼鏡の男性。
見るからに鉄道愛に満ちた“ガチ”のオタクだった。
彼はレイネの疑問に感銘を受けたように、興奮した口調でまくし立てる。
「東北新幹線のE5系『はやぶさ』と申すは、まさしく新幹線界の大将格なる存在にて候!まず、1車両あたりの座席数にござるが、普通車は85席、グリーン車は63席、そして最上級なるグランクラスは18席となり申す。そして、編成全体の乗車可能人数は、E5系『はやぶさ』が10両編成ゆえ、普通車・グリーン車・グランクラスを合わせて合計731席になる次第。すなわち、満席ともなれば731人が乗車可能ということにござる!いやはや、これほどの民が一度に旅立つとは、まさしく新幹線のスケールの壮大さを感じ入る次第。加えて、最高速度320km/hにて疾走するゆえ、まさしく『速さの暴力』と申せよう!」
その口調も早かった。
レイネは、ぽかん。
「700人て、村ごと動いてるみたい……!」
目をまんまるにして感嘆するレイネに、鉄オタ男性のトークはさらに加速する。
「あくまでも、拙者の計算によるところに、路線の長さやピーク時の運行密度、双方向運行を考慮すると、東北新幹線のレール上には、最大で同時に50台から70台ほどの新幹線が駆けておる可能性が高いと推察され申す。これは、東京〜新青森の本線上に加え、山形新幹線や秋田新幹線として本線上を疾走しておる列車も含まれる次第でござる!」
男性は、再び窓に顔をくっつけ、やっぱり早口。
すると少年が負けじと割って入る。
「平均遅延、たったの12秒!地震検知で止まれる!東日本大震災でも脱線ゼロ!!」
レイネの瞳がキラリと光った。
「え、何それどゆこと?」
「つまりですね、P波が…以下略」
男性が、専門用語を並べ始める。
レイネは、その言葉を瞬時に理解し、さらに問いを投げかけた。
「P波、つまり縦揺れ。震源から最初に到達する速い波で、縦波とも呼ばれ、地面の圧縮・膨張を伝える振動。一方、S波は、P波よりも遅いが揺れが大きく、横波とも呼ばれ、地面の上下方向の振動のことですね。先生、質問です…以下略」
「レイネ氏さすがでござる。観測機器については…以下略」
と鉄道オタク。
「もっとスゲーのが、以下略」
かぶせる様に少年。
「つまり! 以下略」
燃料投下し続けるレイネ。
──以下略。以下略。以下略。
わぁー!
きゃっきゃっ!
グフフッ!ぐへへへ!!
3人は、窓に顔を押しつけたまま、専門知識と愛の弾丸トークを延々と繰り広げている。
その様子を、周囲の乗客たちは、冷静な目で、少しばかり引きながら眺めていた。
* * *
──そして。
* * *
「……ってことを、ほんとはレイネもやりたいけど、大人だからガマンしてる」
久々に車を運転するためイメージトレーニングをしようとしている杏に、妄想を一通り話すとレイネは反対側の窓を見る。
向こう側では、少年と鉄オタが今なおテンションMAXで語り合っている。
「いいなぁ……子どもって……」
レイネの呟きに、杏は「どこが?」と思いながらも口には出さず、そっとスマホの電源を落とした。
「ねえ、あーちゃん、新幹線の話しようよ〜」
「遠慮しておきます」
即答した杏に、レイネは頬を膨らませた。
「……いいもん。レイネ、ひとりで調べるもん。調べるから口きかないもん」
スマホを取り出し、検索を始めようとするレイネ──だが、すぐに固まる。
「……電波、入らない」
「トンネル多いからね。Wi-Fiは?」
「Wi-Fiも……ぐるぐるしてるだけで繋がらない……」
レイネ、完全にしょんぼり。
「じゃあ、おやつ食べる?」
杏が鞄をガサゴソしはじめると、レイネはぷるぷると首を振った。
「まだ食べない。八戸まで我慢して、八戸で海鮮いっぱい食べたい。いっぱい食べて、レイネ、食い倒レイネになる」
「はい?」
「食い倒レイネになって、食い倒れ太郎と結婚する」
「え?」
──妙なテンションの拗ね方してるな……。
杏は吹き出しそうになりながら、鞄を戻す。
「まだ時間あるから、アイスでも食べよ」
杏がワゴンを指差す。
「た、食べてもいいけど?」
まだ拗ねてる。
そう思いながら杏は、アイスを二つ購入する。
例の、スプーンが刺さらないほどカチカチのアイス。
ガリガリ削るようにして食べ始めた。
「固い、カッタイな、これ。固い」
そう文句を言いながらも、レイネは嬉しそうにアイスを口にする。
そんな彼女が、ふと窓の外に目をやった。
「……あーちゃん、さっきから見えるあの水面、なに?治水?」
レイネの指差す先には、見渡す限りの水面が広がっている。
風が吹くたびに、その水面が波打つ。
太陽の光を反射して、きらきらと輝いていた。
「あれは、田んぼよ。水田。稲を育てるの」
「え?あの一面全部?あれが水田?教科書で見るのとスケールが違う…」
レイネは、目を丸くしてその景色を見つめた。
「風に揺れて、水面が波打って……すごいきれい……。いったい何年かけて、こんなに作ったんだろう……」
そう言いながら、手にしたアイスを食べるのも忘れ、窓の向こうに心を奪われている。
ああ、どうしよう、知りたいことだらけだ……とレイネが呟いた時だった
──ゴオオオォォ──ッ!
急に景色が消えた。
新幹線はトンネルに入り、窓の外は漆黒に包まれる。
「あーちゃん……」
レイネは、悲しそうな顔で、杏の方を向いた。
「水田の話、しよう」
「えー、今度ね。おじいちゃんが米農家やってるから、おじいちゃんに聞いて」
杏の言葉に、レイネの顔が、再びぱっと明るくなった。
「うそー!やったー!」
いつだって楽しそうである。




