【もう大丈夫×大丈夫】妖精さんの屍を越えてゆけ
「成長したな」
結城課長のそのひと言を思い返しながら、杏は歩いていた。
向かうのは、佐々木さんがいる取引先の事務所。
転職の誘いをしてきた会社だ。
言葉にするだけで、少しだけ何かが変わった気がする。
たぶん、レイネに背中を押されたことも大きい。
でも、最後に口を動かしたのは自分だ。
レイネ、あーちゃん言えたぞ。
今日は、佐々木との会議が終わったら、ちゃんと話そう。
ずっと引き伸ばしていた『転職』の話。
聞くべきことを聞いて、それから決めればいい。
会議室に向かうエレベーターの中で杏はもう一度確かめる。
──ちゃんと話そう
* * *
取引先の会議室。
苦手だった甲田さんの姿は無い。
佐々木さんのほか、従前からやり取りのあるメンバー数名が参加している。
今年度の業務方針の説明が終わり、会議が一段落する。
空気がゆるみ、佐々木が椅子から立ち上がった──そのとき。
「佐々木さん!」
杏は、勇気を出して声をかけた。
「先日いただいたお話なんですが──」
「ああ、あの件ね」
佐々木は杏の言葉を途中で遮った。
「あれ、もう大丈夫だよ。連絡なかったから、興味なかったんだろうと思って。うん、今年度もよろしくね」
佐々木はニコっと微笑む。
え?もう大丈夫?
「ごめん、次の会議始まっちゃってるんだ」
そう言って、足早に部屋を出ていった。
「あ、はい……」
杏は、その背中をただ見送るしかなかった。
会議室に、杏一人だけが残る。
ぽっかりと空いた時間と沈黙。
──間に合わなかった。
タイミングを逃した。
あと少し早ければ。
あと一歩踏み出せていれば。
頭ではわかっていたのに、どうしても怖くて、迷って、先延ばしにして……。
ようやく「聞いてみよう」と思った時には、もう選択肢そのものが消えていた。
決められない間に、物事は流れていくんだな……。
さっきまで胸にあった小さな自信が、まるでシャボン玉みたいに、静かに弾けて消えた。
杏は、自分の手を見つめる。
レイネみたいに強くなれたと思ったのに。
やっぱり自分は、こんな程度よね……。
自分の判断の遅さに、嫌気が指す。
どうしてこうも上手く行かないのだろう…
ため息が出そうになる瞬間、杏はその癖を止めた。
一度吐いて、大きく吸う、だっけ?
杏は、深呼吸をする。
吐いて
吸う……
幾度か繰り返す。
──大丈夫。また次、がんばろう。
悔しさもあった。
後悔も残る。
でも、今日は立ち止まったままではない自分が、確かにいたはずだ。
幸せの妖精さん、ため息ついてないぞ。
杏はそう思いながら、レイネになんて話そうかなと呟いた。
■ボツネタ
杏「いまどき、セル結合だよ?ありえないでしょ!(わかんないと思うけど)」
レイネ「ヴォエエエエ!!」
杏「ほんと、吐きたくなるよね!(通じた!!)」
レイネ(ドラゴンボールのセルのマネなんだけど……)




