【朗報】懸賞生活、連続当選。第3号は「人間も食べられる!!」
「もうっ、期待した分だけダメージがでかい……」
杏はパソコンの前に戻ると、ふてくされながら写真の選別作業に戻った。
隣では、レイネが小さなピンセットを使って、真剣な表情でレジンアクセサリーの細工を進めている。
「ほんと、レイネってなんでもできるよね……」
杏はポツリとつぶやいた。
目の前には、腰痛バスター爺ステッカー50枚。
レイネの繊細な手仕事とのギャップに、自分の不器用さが際立って見える。
「時間、いっぱいあるからねー」
レイネは手を止めずに答える。
「紀元前からいろんなことやってたら、大体できるようになるよ」
──紀元前? どういう単位?
「いいなぁ、器用で、頭良くて、年取らないって。 私は、もう32が終わって、本厄なのに…」
腰痛バスター爺のステッカー50枚に、文字通り「バスター」されてしまったような気持ちだった。
「でもね、時間が無限にあると思うと、逆にダラけることもあるよ。こっちに来て、時間の大切さがわかった気がする」
レイネは作業を続けながら言った。
「それ、慰め? 地味に刺さるからやめて……」
杏は机に突っ伏した。
──ピンポーン。
またもや玄関チャイムが鳴った。
「……え、また?」
重い体を起こして玄関に向かうと、今度は少し大きめの段ボールを渡される。
「今度は……寝冷田市? どこそれ」
杏は『旅行』や『金券』と言ったキーワードで手当たり次第の応募。
もはや、どこに応募したのかすら覚えていなかった。
「今回はイイもの届いてるかも!」
レイネは腰折れしてる杏を、勇気づけるように言う。
「サイズ的には……旅行券じゃないな」
杏は慎重に箱を開け──そして、止まった。
「なにこれ……?」
中に入っていたのは、青い鼻提灯を頭に乗せた三毛猫のぬいぐるみ。
「ゆるキャラ『寝冷えネコ蔵』のぬいぐるみ、だって」
レイネが説明書を読み上げた。
「ショックを与えると笑います……?」
もうすでに、私はショックを受けているけどね。
杏は思いながら、ぬいぐるみを軽くぺしっと叩いてみた。
「ウニャハハハハハ、ウニャハハハハハ!」
寝冷えネコ蔵は、ぶるぶると震えながら、奇怪な笑い声をあげた。
「……え、なにこれ」
「かわいいーっ!!」
レイネが目を輝かせてぬいぐるみに飛びつく。
ぬいぐるみをパシンと叩くたび、ネコ蔵が震えながら奇妙な笑い声を上げる。
つられてレイネもツボったのかお腹を抱える。
──バシン
「ウニャハハハハハ、ウニャハハハハハ!」
「あはははは、あはははは。お腹痛い」
変わらず豚ジャージを着た美女が腹を抱えて笑っている。
──バシン
「ウニャハハハハハ、ウニャハハハハハ!」
「あはははは、あはははは。涙出るっ」
笑い転げるレイネに、ブラウニーがいつも通りティッシュを運搬。
──バシン
「ウニャハハハハハ、ウニャハハハハハ!」
「あはははは、あはははは。あーちゃん、たすけてー」
「もうやめてぇぇえ!!」
杏の絶叫が、ツボにはまった異世界人の笑い声とネコ蔵の笑い声にかき消されていった。
* * *
「……やっぱり、懸賞って、ダメか」
ソファに沈み込む杏は、力なく天井を見上げた。
ステッカー50枚、変なぬいぐるみ。
最近のラッキー続きはどこへやら。
「まぐれ当たりで舞い上がっちゃダメってことよね……」
その横で、レイネは満足そうにネコ蔵をもう一度叩いた。
──バシン
「ウニャハハハハハ、ウニャハハハハハ!」
「……さて、作業に戻ろう」
ぬいぐるみをちょこんと脇に置くと、レイネはまた器用な手つきでアクセサリー作りを再開した。
杏はその姿を、羨ましさと少しの脱力感をまぜながら、ぼんやりと眺める。
(この子、ほんとになんでもできるな……)
小さく精密に刻まれていく──やがてそれらが繋がり、息を飲むようなデザインに仕上がっていく。
こっちの世界に来たばかりの時は、ブラも知らず、ホックもはめられない。
トイレの使い方もわからなければ、エレベーターで大興奮。
あーちゃん、これなに?
あーちゃん、これどうなってるの?
あーちゃん、電車乗れた。
あーちゃん、料理してみた。
何度も聞いて、些細なことも嬉しそうに報告してきて、私が前を歩いていたはずなのに……
「いいなぁ……私、なにも無いよ……」
杏は、思わず本音が漏れる。
あこがれていた大恋愛もなく、気付けばダメンズほいほい。
仕事も言われたことだけこなす毎日。
そして懸賞では、ステッカーとぬいぐるみ。
積み重ねてきたものが、急に空っぽに思えてくる。
「なにも無い、ってことはないと思うよ」
レイネは手を止めずに答えた。
「……ありがと。でも、そういう慰め、今はちょっとつらい」
「慰めじゃないよ」
レイネは、静かに言葉を続けた。
「その時に意味がなくても、あとで役に立つことってあるよ。たとえば──レイネが今やってるこの作業、あっちの世界じゃ何の役にも立たなかった。でも、今はここで役に立ってる」
「ふーん……」
「剣術を極めたい人が、算数ばっかり練習しても、たしかにすぐには役に立たない。でも、算数が得意になっていれば、それを活かせる場所が来たとき、ちゃんと意味になる。大事なのは、その“積み重ねてきたこと”をどう使うかってことだと思う」
「……剣術と算数?」
杏は、そのたとえに軽くツッコミたくなったが、言葉は飲み込んだ。
「だから、あーちゃんも、きっと“何か”を積み重ねてる。気づいてないだけだよ。あとは場所とタイミング次第。今、活かす場所が無いだけで」
杏は、黙ってその言葉を受け止める。
──何をしてきたか、何に使えるのか。
「そうは言ってもね……」
私は何をしてきたんだろう……
「やってきたことを否定しちゃだめだよ。ダメな所を探したらいくらでも出てくるし──自分をみつめるって、できるようになったことを認めることだと思うよ」
そうレイネが言ったときだった。
──ピンポーン。
またもや玄関チャイムが鳴った。
「もはや、微塵も期待できないな……」
杏は宅配業者からそこそこ大きめの箱を受け取る。
「今度は何だろうね」
レイネは好奇心丸出しの笑顔で言ってくる。
「開けていいよ──シンジョー食品って書いてあるから、食品サンプルとか?」
杏はレイネにその箱を渡す。
受け取ったレイネは、カッターで開封する。
「あら」
きょとんとした表情のレイネ。
「なんだった?」
「キャットフード試供品──人間も食べられる安心素材100%だって」
ネコが舌を出しているデザインのパッケージを見せてくる。
「えー?」
「あーちゃん、キャットフード食べるの?」
「食べるかーっ!」
杏のツッコミが、夜の部屋に空しく響いた。
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寝冷えネコ蔵のイメージイラストと設定はこちら
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