女神はいつでもてんねんでんねん。大きな存在の正体とは……
中華街、山下公園、ワールドポーターズ、そして占いの館──
盛りだくさんだった一日も終わり。
杏とレイネは、横浜インターコンチネンタルホテルのスイートルームへ到着した。
ドアを開けた瞬間、ふたりは足を止め、しばらく無言になる。
「……うわ、ひろっ」
「すご……」
天井の高い部屋に、壁一面の大きな窓。
そこから見えるのは、横浜の夜景。
観覧車、海、街の光。
すべてが宝石みたいにキラキラしていた。
「……次は、観覧車、乗ろうね」
杏は窓の向こうに見えるコスモワールドを見ながら言った。
──自宅から、たった一時間。
いつでも来れる。
なのに、こんなに特別に感じるのは、きっとレイネが隣にいるからだ。
あれこれ詰め込んで、時間ばかり気にしてた昔の旅行より、予定が崩れても笑っていられる今のほうが、ずっといい。
「うん、観覧車……乗りたい」
レイネは静かにそう言いながら、目を離さず夜景を見つめている。
「……さっきの占い、聞いてた?」
「ん? あんまり」
レイネが振り返る。
「『大きな存在に出会う』って。『もう出会っているかもしれない』って言われてさ……それって、レイネのことじゃないかなって思ったの」
「レイネが? 『大きな存在』?」
「うん。だって、冷蔵庫から出てくるとか、普通ないし」
杏はベッドに座る。
「でも、あれは扉だと勘違いしただけだよ」
「そこじゃないのよ!」
杏は笑いながら、けれど真剣な表情で続けた。
「レイネと会ってから、なんか、良いことが続いて──」
杏は、ナンバーズが当たったり、今回の旅行も当たったり。
それに……身の回りで起きたこととをいくつか挙げる。
「なにより、毎日がちょっと楽しくなった気がするの」
「まいにちが……たのしい」
レイネは反芻すると、にっこりと笑った。
「うん。レイネも、たのしい」
「さーて、今夜のメインイベントはこれよ!」
杏はそう言うと、11次元ポーチから取り出していたカバンを開け、着替え出す。
「オシャレも旅行の醍醐味ですので。レイネさん、こちらお召し物でございます」
カバン、靴、ワンピース──
杏はライトグリーンの、レイネはパープルのワンピースに着替えることにした。
「……あーちゃん、後ろ届かない」
「はいはい、貸してごらん」
杏はファスナーを上げ「どう?サイズ合う」と聞く。
レイネは少し肩をすぼめて言った。
「ちょっと胸が……くるしい」
「え?……ちょっと我慢して」
(ていうか、サイズ合ってたよね? どんだけ育ってんのよ…)
──そのとき、ふと杏の脳裏にあの言葉がよぎる。
「大きな存在と出会うでしょう」
「そのものの運命をも左右する──」
(大きな存在……胸の話?)
(左右するって……服選び?)
「──いや、ないないないない」
杏は首をぶんぶん振って、自分の妄想を頭から追い払った。
でも、本当にそうだったら……もう一度頭によぎった。
* * *
着替えた二人は、フレンチレストランのテーブル席につく。
「いつも思うんだけど」とレイネが開口一番「ほんと感心しちゃうよ」と言った。
「え、何を?」
「食器とか。お皿もグラスも、めちゃくちゃキレイ。 細かい細工に絵柄までついてて、しかも、普通の人が普通に使ってるんでしょ? ワイングラスの透明感と薄さ、ひとつひとつが凄いなって」
「ああ……そういうとこ見るんだ」
杏は苦笑しながら首をかしげる。
「そんなに、レイネの世界には物が無いの?」
「あるにはあるけどね。こういう『均一に高品質で、大量にある』っていうのが無いの」
例えばと言って、レイネは一瞬思案した表情を見せ、続ける。
「このホテルだけでも、600人くらいは泊まれるでしょ? 似たようなホテルが近くにいくつもあると仮定して……10棟で6,000人。で、全員が同時に使う事は無いにしても、こういうお皿やグラスを用意しようとしたら──まず無理。できても、粗悪な木か、錫だね」
さらりと出てくるレイネの現実的すぎる物量計算に、杏はちょっと引いた。
そんな会話をしているうちに、ウェイターがメニューを持ってやってくる。
杏はおすすめのグラスワインを注文し、レイネの方を見る。
「見てもわからないから、あーちゃんに任せる」
レイネはにこやかに言った。
料理のコース説明が続き、なんとなく頷いて、なんとなくわかった風を装う。
「ごゆっくりどうぞ」と言い残し、ウェイターが去っていく。
「……正直、何言ってるかさっぱりだった」
レイネが小声で言う。
「私も」
杏は肩をすくめる。
「『天然の鯛』って言ってたけど、それってつまり、『天然じゃない鯛』があるってことでしょ? つまり、養殖。『養殖の鯛』って、なに? どうやって鯛を養殖してる?」
──えっ、そこ!?
杏は思わず、心の中でツッコんだ。




