【挑戦者現る】女神の手相で、フレンチ占い。それって美味しい?
山下公園を離れ、杏とレイネは路地裏の小さな占い館へ足を踏み入れた。
暖簾をくぐると、店内は薄暗く異空間のようにひっそり静まり返っていた。
ビーズのカーテンが揺れ、ほのかにお香を感じる。
「あーちゃん、ところで手相占いってなに?」
レイネは待合席に座ると小声で聞いた。
「え? いまそれ?」
杏は思わず大きな声が出た。
「マイナンバー知っているのに? 手相、知らないの?」
あわてて声をひそめる杏。
「マイナンバー? つまり、税金関係?」
きょとんと、いつもの表情で聞いてくる。
「違う。そうじゃない」
「渋谷で5時!」ニコっとレイネ。
「より一層違うッ。渋谷で5時が出てきて、なんで手相がわからないのよ」
「だって、生活に出てこないもん」
渋谷で5時もな、と杏は思った。
「手相というのはだな──」
何だこの状況と杏は思いながら、手相とはを教える。
* * *
「お待たせしました。おふたり、別々にどうぞ」
案内されたのは、半透明のカーテンで仕切られたブース。
杏とレイネは、それぞれ別の占い師の前に座った。
──が、ほどなくして隣から困ったような声が聞こえてきた。
「……あの、お客様? 手相が、ちょっと……人間のじゃないような……?」
そんな声と、メガネを上げ直す音が聞こえる。
「あ、はい。そうですね」
いつもの調子の、レイネの声が聞こえる。
杏は心の中で(ちょっと黙っといてレイネ……)と念を送った。
一方、杏の前にいるのは、落ち着いた雰囲気の白髪の女性。
彼女は静かに杏の手を取り、じっくりと見つめてきた。
「……あなたの手相、とても不思議ですね。とても強い流れを感じます」
「え、強いって、どんな?」
「近いうちに、あなたの人生を大きく変える存在と、深く関わるでしょう。もう、出会っているかもしれません」
(……あ、レイネ?)
「その存在は──人ではない可能性もあります。非常に大きな影響力を持ちます。ただし、あなたを良い方向にも、悪い方向にも導く可能性がある」
杏の眉がわずかに動く。
──言われてみれば、最近のラッキー続きも、全部レイネが来てからだ。
「重要なのは、その存在ではなく、あなたの『判断』です。あなたの選択が、その存在の未来をも左右します」
占い師のまっすぐな視線に、杏は息を飲んだ。
「物事を広く、深く見つめなさい。軽はずみな願いは、時に、大きな代償を伴うこともあります」
その声は静かでありながら、心にズシンと響いた。
自分の選択が、レイネの未来をも変える──
まるで神託みたいだ、と杏は思う。
一方、レイネのブースから困惑した声が、また聞こえる。
「……あの、生命線が三本あるのは普通ですか? えーどういうこと?えー?」
「占いなんですよね?」
レイネが何か言い始めている。
「あ、はい。珍しい手相でしてそのー」
占い師の困った声。
「占いって、ちょっとした未来がわかるみたいな?」
それに比べて垢抜けた声のレイネ。
「あ、はい」
「今日の夕飯、美味しいですか?」
なぜか不安げなレイネの声だ。
「え?」
「いんたーこんちの、ふれんち。レイネ、フレンチ食べたことないの」
切羽詰まったような、困惑した声。
「はぁ……たぶん」
占い師も困惑が消えない。
「あ、よかった。いんたーこんちで、ふれんち、今夜は、はれんち」
そのレイネの声は明るかった。
ちょっと、やめてよ。と杏は思う。
「あーちゃん」
レイネがカーテンをめくり言ってくる。
「レイネ、ラップしてみた」
「だから、オヤジギャグだってば。やめて、恥ずかしい……」
こんなレイネの運命を、私が左右するって言うの……?
どんな世界線なのよ……。
杏は占い師の言葉を思い返し、複雑な思いに溢れていた。




