横浜散策はノープラン。関帝廟とペットボトル。
「さて午後のプランは」
デザートの杏仁豆腐を食べた小鳥遊 杏は予定を口にする。
まず関帝廟にお参り。
それから山下公園に抜けて、マリンタワー。
コスモワールドで絶叫マシン──からの。
ワールドポーターズでショッピング!
ホテルに戻りつつの道すがら、占い館で手相見てもらって完璧!
杏が観光ガイドのように予定を読み上げると、レイネは「おぉ〜」と感嘆の声を上げた。
「こっちの世界、やることいっぱいあるね!」
「観光って、『計画立ててる段階が一番楽しい』まであるからね……」
「さすが、あーちゃん。計画は任せた!」
「おう!」と杏は答えながらも、レイネの『きょろきょろで進まない』のは織り込み済みよと内心思った。
あえてお昼は関帝廟の近くの中華料理屋に入り、すぐに関帝廟に行く。
予約時間が決まっているのは占いの店だけ。
あとは時間見合いで行けたら行く。
これって、計画?
いや、ほぼノープラン!
数年前、地元の友人と横浜さん策をしたときは、ほぼ分単位のスケジュールだった。
いきなり「横浜観光つれてって」と連絡が来て、1泊2日の予定を立てた。
その友人は、あれこれ見たいと言っておきながらも、結局は具体的な計画は全て杏が立てた。
結果として楽しかったのかどうなのか……。
帰り際に、ありがとうと言われたが、ホスト役をしただけ。
それ以来、その友人とはたまにSNSでやり取りする程度だ。
いま一緒にいる異世界人は、『びゃんびゃんめん』の難解な漢字に一喜一憂し、中国語訛りのある日本語を話す店員と会話し、茶葉店ではその種類の多さに驚いていた。
「漢方は、向こうでもすぐに流用できそうだな──」
などと、杏にはわからない視点で何かを感じ取っているようだった。
「異世界人目線の観光って、こうなるんだな……」
杏は内心でつぶやいた。
自分にとって当たり前の風景も、レイネには全部が新鮮で驚きに満ちているらしい。
関帝廟では、「なんで神様が赤いの?」と真顔で聞かれた。
「それは……たぶん、強そうだから?」
「ふーん。三国志っていうのに出てくる人が神様になってるんだ」
誰が読むのだろうと思うような細かい解説版を、レイネはひとつひとつじっくり見ていく。
その歩みの遅さに飽きも感じる一方、些細なことでもふたりの会話になる。
山下公園へ行く道すがら、チャイナドレスの服屋に立ち寄ったり、小物雑貨を見たり、顔ハメパネルで写真を撮ったり。
結局、想定した時間よりだいぶ遅れて、ようやく山下公園に着く。
それも織り込み済みだし、余裕よねと杏は思う。
山下公園では、大道芸人がマジックショーをしている。
ふたりはベンチに座り、一息つきながら遠巻きに大道芸を見る。
「情報量多すぎて熱出そう」
レイネがにこやかに言う。
「大丈夫?」
「うん。めっちゃ楽しい──来てよかった」
そうレイネは言うと、ありがとうと付け加えた。
「どういたしまして」
杏は少し離れた自販機で買ってきたペットボトルの水を渡す。
レイネは水を受け取ると、感慨深げに言った。
「飲める水が、そこらじゅうで売ってる。人が見ていないのに、誰もそれを取ろうとしない。凄いよね」
「レイネが驚く事が、私にとって当たり前過ぎてて──そう考えると、凄いのかもね」
飲み込む水の冷たさが心地いい。
「凄いよ。当たり前って思える状態になっているのが凄い。飲める水が、当たり前に売っている。物流が止まったり、電気が止まったり、ちょっとした事で失われるかもしれないのに、当たり前のように維持してる」
ペットボトルの水を一口飲むと、レイネは「杏のご先祖様は相当頑張ってきたんだね」と言った。
「ご先祖? うちは農家だからね……関係ないよ」
「そういう意味じゃないよ。この『今がある』のは、過去の積み重ねでできたんだなって、それは決して一人ではできないことだなってこと。もっと大きな意味ね」
レイネはそういうと付け加えた。
「例えば、莫大な力を持つだれか一人が、一瞬でこんな世界を作ることはできないよね。みんなの小さな力が、何世代も繋がって出来上がっているんだねって思ったの」
大道芸も終わり、観客たちがチップを帽子に入れていく。
杏は穏やかな表情のレイネのその横顔を見つめた。




