【アプデ】異世界の女神さま、確定申告(e-Tax)と呼子名産クラーケン
「──あーちゃん、ごはん行こうよ~」
レイネが部屋のドアからひょこっと顔を出し、杏に声をかけた。
杏はキーボードから手を離し、時計を確認。
──12時過ぎか……
「助かった。ちょうどキリが良かったところ」
肩を軽く回しながら、杏はレイネと一緒に玄関へ向かう。
マンションのエントランスを出て、並んで歩く。
レイネは以前のように「エレベーターもう一回乗ろうよ!」なんてはしゃがなくなった。
すっかり日常に馴染んでいる。
「あーちゃん。これ、やろ」
道すがら、レイネがカバンから取り出したのは、数枚の小さな紙。
「商店街の福引券だって。お買い物でもらったやつ。せっかくだし、帰りにやってみない?」
「あー、懐かしい……子どものころ、ガラガラ回すの好きだったなあ」
いつも末等だったし、いつのまにかそういったものは、妹に譲っていたなと杏は思う。
「それとね──」とレイネは続ける。
「お守りの売上を、あーちゃんの口座に入れていい? 生活費とか、旅行代に使ってね」
杏の脳裏に、リビングで未だに存在感を放っている金色の延べ棒が浮かぶ。
結局、売り方がわからず放置。
役に立つと言えば、青竹踏みみたいにレイネが扱っている。
『あーちゃん。これ、足つぼに効くよ!』
踏むな。
黄金を踏むな。
「え、でもそれって……レイネが稼いだお金でしょ? 私が使うのは…」
杏は、有ったら助かるとは思うが、素直な返事は出せなかった。
「向こうの世界では、こっちのお金は使えないし。取っといても仕方ない」
そう言って、レイネはイタズラっぽく笑いかける。
「約束したじゃん? 生活費と旅行代は私が出すって。だから『ノー』は禁止!」
「え? でも…」
杏が返事に困っていると、レイネが思い出したように口を開いた。
「確定申告はしてね」
──確定申告?年末調整的な?
やったことないわよ。
なんとも言えない不安を感じる杏だった。
* * *
二人が選んだのは、夜は居酒屋をやっているお店のランチ。
小ぢんまりとした店内に、味噌汁の香りがふんわり漂う。
それぞれが注文した品が運ばれてくる。
定食が乗せられたお盆にある箸置きをレイネはじっと見つめた。
「……このナス、カワイイ!」
つまむように持ち上げ、嬉しそうに杏に見せてくる。
「陶器のナスの箸置きって、ちょっとオシャレだよね。あと、こっちのナスも美味しいよ」
杏はお皿の隅にあった煮びたしを口に運ぶ。
じゅわっと広がる出汁の味に、ほっと肩がゆるんだ。
「うん。こっちのナスも好きー」
レイネは嬉しそうに笑い、箸置きをそっと元の場所に戻した。
そして、ごはんを食べながら、たわいのない話をする。
田中君がラーメンジローで、ニンニクマシマシ食べてニンニク臭いままお客さんのところに行ったとか、福引はいつもティッシュだったとか。
「抽選とか当たったことないのよね…」と杏。
「えー、でもこの前、ナンバーズあたったじゃん」
「あれは、レイネが選んだ番号でしょ」
「そだっけ?」
レイネはとぼけるように言った。
「そうでしょ、ほんとあれが無かったら今頃、毎日『もやし』よ……」
「レイネ、もやし好きだよ」
「そういうことじゃない」
と言って二人は笑う。
──あの、偶然で生活が立てなおった。
今度は、レイネの副業で、毎月の収支の足しになる。
何とかなりそう……
でも、確定申告ってどうやるんだ?やらなくてもいいかな……?
「そうそう、あーちゃんのスマホ、マイナンバー使えるでしょ?」
レイネは杏のケータイを見て言ってくる。
「そうね。どうしたの?突然」
「マイナンバーカードとスマホがあれば、オンラインで簡単にできるんだって。確定申告」
杏はスプーンを止めた。
──異世界から来た子が、なぜ日本の税制を解説しているのか。
最初はトイレの場所すら分からなかったのに、今や申告制度まで語り出す。
それが頼もしくもあり、少しだけ焦りを感じる。
「……なんでそんな詳しいの?」
問いかけると、レイネはお茶を一口すすり、スマホをひょいと持ち上げて振って見せた。
「この世界のお金を扱うなら、税制も知っておくべきかなって。 こっちでも消費税払ってるし、向こうの世界にも一応『税金』って制度あるし」
「一応?」
「うん。すっごく理不尽なやつね。収穫の7割とか、婚姻税とか」
「婚姻税? 納得できないわ……」
杏は苦笑しつつも、感心していた。
レイネの好奇心と吸収力は、まるで底なし。
──私も、何か新しいこと、始めないと。
そう思った瞬間、店員が笑顔で近づいてきた。
「おまけです。今朝、九州から届いたばかりのイカそうめん。少しだけですが、どうぞ」
運ばれてきたのは、透き通るようなイカの切り身。
「イカ?」
レイネは首を傾げる。
「ええと、英語でイカってなんて言うんですかね?」
店員は、レイネの外見から外国人だと思ったのか「オクトパスじゃなくて……クラーケン?」と困りながら言う。
「クラーケン? え?クラーケン??クラーケン食べるの?えぇっ?」
レイネは目を丸くする。
「スクイードね」
杏は、その英検2級を披露する。
「あ、それもわかんない。そもそもイカがわからない」
レイネはつまらなそうに言った。
「食べてみて。美味しいよ」と杏は出されたイカを食べる。
コリコリとした歯ごたえと、深みのある甘みが醤油と絡んで口に広がる。
レイネも真似するように醤油をたらし口に運ぶ。
「わっ、コリコリしてる……美味しい! これは──美味しすぎて、イカん!」
「え?」
店員は面喰ったような表情をしている。
「イカ美味しい」レイネは興奮冷めやらぬように縦に揺れている。
「でしょ、呼子のイカですよ」
店員は嬉しそうに説明してくる。
「よぶこ?」
「九州の佐賀県にある港町で、イカといえば呼子です。現地で食べたらもっと美味しいですよ!」
「行きたい!行ってイカ食べたい、イカ臭くなるまで食べたい!」
「ちょー!女の子がそんなこと言わなーいっ!」
杏は慌てて止めた。
田中君のニンニクマシマシみたいに言うな、ド天然!!
「あれ? レイネ、変なこと言った?」
ここで解説させんな、と杏は思った。
「あーちゃん、レイネ、呼子も行きたい」
「そうね。お金貯まったらね」
「呼子においでと呼ぶ子がいるから、こりゃ呼子にイカんと」
レイネがぶつぶつ言う。
またおやじギャグかと杏は思う。
「あーちゃん、レイネ、ラップしてみた」
「だから、それはラップじゃなくて、オヤジギャグね」
杏は、レイネの嬉しそうな顔を見ながら、サービスでもらったイカを食べる。
最近、こういう些細なラッキーが妙に多いような気がするな、と改めて思い返した。
しかし、イカが旨いな。




