表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第一部完結】同居人は異世界の女神さま!? 男に逃げられ、金も尽き、運まで消えたら、女神に振り回された件について  作者: yururitohikari


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/96

カリスマ美容師『上木理人』の憂鬱。返り血を添えて。

 なんて日だ──上木 理人(かみき りひと)は、姿勢を正す。

 薬剤で手荒れをするし、アイロンで火傷をする。

 そして目の前には、謎の外国人──いや、果たして人間なのか……。


 「今日はヘアドネーションとのことですが、ばっさりカットで大丈夫ですか?希望の長さとかあれば」

 落ち着け、俺はプロだと、上木は自分に言い聞かせスマイルを作る。

 「ボブカットがいいです。かわいい」

 レイネは、ヘアカタログを指差した。


 「承知しました。顎のラインが綺麗なので、それを活かす感じで整えますね」

 上木は頷き、仕事モードに入る。

 長さは余裕で基準の31センチを超えている。


 「これで、かつらって作れるんですか?」

 レイネが素朴に尋ねた。


 「お一人分では足りないことが多いですが、毛質が良ければ重宝されますよ」

 そう言いながら手ぐしを通して──上木は思わず息をのむ。


 このサラサラ感、毛量、ツヤ……


 ──いや、これはもう、ラプンツェルだろ。


 「すごい毛量ですね。ずっと伸ばされてたんですか?」

 「伸ばしてた、というより……伸びてただけです」

 「……だけ?」

 上木の思考がまた止まる。


 努力ゼロの美髪って何。


 ここまで伸ばすのは相当な時間と労力があったはずなのに『伸びてただけ?』

 上木は、その言葉の意味を理解できなかった。


 さらに理解できなかったのは、その複雑な髪色だった。

 「しかし、ホントにキレイに水色のメッシュとか、白髪部分もブリーチですかね?銀髪がベースなのかな?すごい技術だ。本物みたい」

 上木は、美容師としての好奇心を抑えきれずに尋ねた。


 「あ、どれも地毛です。染めてないです」

 レイネは、首を傾げた。


 「……地毛?」


 え?じげ?

 このひと、いま、地毛って言った?


 おそるおそる上木は、水色の毛の根元を探り、そっと髪を引っ張ってみた。

 頭皮がそれに合わせて引っ張られる。

 染めた痕跡はどこにも見当たらない。


 地毛だ……。


 「あれ、人間って水色の髪、生えましたっけ?」

 上木は思わず呟くと、レイネはきょとんとした顔で言った。

 「知らないですけど、レイネ、人間じゃないんで」


 「え?」

 上木は、頭が真っ白になった。


 俺は一体、何と話をしているんだ?

 彼は、自分の耳を疑った。


 「あ、あとこの一部ピンクな髪の毛も、天然ですか?」

 上木は、別の疑問を口にした。

 このピンク色も、見るからに不自然だ。


 「これは違いますね」


 ──ですよね。


 レイネは、続ける。

 「返り血です」


 「……返り血?」

 「はい。植物系の怪異で、ポケモンでいうラフレシアみたいな感じで、人食いのやつを討伐したときに返り血を浴びちゃって」

 てへへ、とレイネは肩を竦めると続けた。

 「染料に使うこともあるんですけど、一度つくとなかなかとれないんですよ」


 上木は、思う。

 説明が説明になっていない。

 というか、客の言葉をどこまで信じていいのか、完全に判断不能である。


 ──だが、俺はカリスマ美容師!

 ハサミを構え、上木は腹をくくった。

 「では、切らせていただきます……」


 「はーい。ばすっと行ってください」

 レイネは、嬉しそうに頷いた。


 レイネの髪を束ね、位置を確認し、ハサミを入れる──


 ぱつん。


 切った毛束を手に持った瞬間、上木の動きが止まった。


 ──なっなんか、光ってるッ!?


 髪の先端が、ほのかにぼんやりと発光していた。


 え?どういうこと?


 ふわふわと毛先は浮いている。


 俺、今……幻覚見てる?

 やばい。

 完全に現実がねじれてる。

 もはや美の最前線どころか、異世界の入り口じゃないか。


 だが、俺はプロだ。落ち着け!──上木はカットを続ける。


 毛先の整えに入った、その時。


 ぴしっ。

 「──あっ」

 指先に鋭い痛み。


 ヘアアイロンの火傷跡の近くを、うっかり切ってしまった。

 出血を確認しようと指先を見るが──血が、出ない。


 いや、それどころか。


 傷口が、目の前で“ちゅみみーん”と音を立てて治っていく。

 しかも超スピードで。

 さらに、火傷の痛みも跡も消えている。

 手荒れも消え失せ、つやつや。


 ──ラプンツェルー!!


 「……なんて日だ」

 上木は、静かにハサミを置いた。


* * *


 カット終了後。

 「すごいテンションあがるー! 髪の毛つやつや、毛先くるんくるん!」

 レイネは自分の髪をくるくる指に巻いて、鏡にうっとり。

 その横で、杏が言った。

 「似合ってるね、レイネ。すごく可愛いよ」

 「あーちゃんもかわいいー」

 二人は、美容室の大きな鏡に並んで映る。

 どちらも満足そうに笑っていた。

 

***【余談】***


 この日、レイネがヘアドネーションで寄付した髪の毛。

 それらで作られたウィッグを使った子どもたちは、なぜか不思議なくらいに元気になった。


 『病状が急速に回復する』という現象がいくつも報告され──


 そのウィッグはやがて、「女神のかつら」と呼ばれるようになったことは、レイネも杏も、知る由もなかった。



* * *



 週末の静けさが終わり、また日常が戻ってきた。


 小鳥遊杏たかなし あんは、自宅のデスクに向かい、在宅勤務の真っ最中だ。

 ノートパソコンの画面を前に、眉間にしわを寄せている。


 ずらりと並ぶ英数字と記号の海に目を凝らし、何度もスクロールしてはコードを見直す。


 「……ふぅ」

 ふと集中が切れて、杏は背もたれに深く体を預けた。

 両手を上げてぐーっと伸びをする。肩甲骨がコキコキと音を立てた。


 その音が、妙に部屋に響く。


 聞こえるのは、キーボードの打鍵音と、自分の息づかいだけ。

 (あれ……こんなに静かだったっけ)

 少し前までなら、杏がタイプするたびに、「それは何?」「どうしてそうなるの?」と、レイネが横から首を突っ込んできた。

 作業の邪魔だなと思いながらも、ちょうどいい息抜きでもあった。


 けれど今は、レイネの姿は見えない。


 レイネは、元カレが使っていた部屋──今は彼女の作業部屋になっている場所に籠り切りで、例のお守り作りに没頭中らしい。


 静かすぎる部屋。

 そこにあるのは、仕事用パソコンと杏自身だけ。

 杏は、ぽつんとした孤独を噛みしめながら、胸の奥にわだかまっていた感情が顔を出すのを感じた。


 ──トイレの使い方も知らなかったレイネ。

 ──ガスのつけ方も、水道のひねり方すら分からなかった。

 まっさらで、常識の欠片もなかった。


 それなのに、今では──

 料理も洗濯も、スマホ操作もお手のもの。

 やることなすこと、あっという間に習得していく。

 まるで何かを思い出しているみたいに。


 (レイネって……何でもできる子だったのよね。最初から。私と違って)

 知識も、行動力も、そして完璧なまでの外見も。

 すべてが、自分よりもずっと優れているように思えてしまう。


 「私、コード打って、テストして……成長してるのかな」

 独り言が、小さくこぼれる。


 杏は、もう一度深く息を吸って、画面に視線を戻した。

 設計書とプロンプト画面を見つめる目に、わずかに力をこめて。


 ──余計なことは考えない。考えたら負け。


 仕事という名の『処理をするだけの時間』なのよと杏は思い、それを続けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ