女神さま、ツッコミ、オンセン、ハラキリパラダイス──箱根の終わりに愛を込めて
箱根三日目の朝。
旅館の朝食を終えた杏とレイネは、荷物を軽くまとめ、駅へと向かった。
今日の目的は──
箱根の大自然と、霊的な気配が漂う場所をめぐる旅。
「じゃ、あれに乗りまーす」
杏はレイネにチケットを渡す。
「あの、空飛ぶカゴ?」
「そそ、ロープウェイ」
「ウェーイ!」
レイネは、常に楽しそうである。
* * *
箱根ロープウェイ。
山間をつなぐゴンドラに乗り込み、扉が閉まると、ゆっくりと空中へと浮かんでいく。
「わぁ!浮いてる、ほんとに浮いてる!」
レイネは窓にへばりつき、地上を指差したり、遠くの山を見上げたりと大忙し。
「──ちょ、ちょっと。あんまり揺らさないで」
杏は意味がないと思いながらもシートの端を掴む。
高所恐怖症とまではいかないが、さすがに高い。
「え?大丈夫だよ」
レイネはあっけらかんと言う。
「落ちたらどうすんのよー」
落ちるわけがないと思いながらも不安が勝る。
「大丈夫。落ちたら飛行魔法で何とかする!」
「そういうことじゃなーい!」
* * *
ロープウェイの終点・大涌谷。
降り立つと、硫黄のにおいが鼻をつき、白い噴煙が、空へと絶え間なく立ち上っていた。
テラスから一望しながら、温泉黒卵を食べる。
美味しいねぇと言い合っていると、レイネは真剣な表情でいう。
「あーちゃん、気になるものがある」
「なに?どうしたの?」
「ちょっと、こっち来て」
レイネが真剣な顔で指をさす。
視線の先には──
『ロープウェイ乗りました』
と書かれた、どこからどう見ても、顔ハメパネル。
「顔ハメ、パネルね」
杏は嫌な予感がした。
「なにに、使うだ?」
純真無垢な顔でレイネは聞いてくる。
「あの穴から顔を出して──そうあの子みたいな」
ちょうど、家族連れの子供が実演する。
「すげー、すげーっすよ、あーちゃん!レイネもやる」
あ、はい。
これはスマホでいいや、ハイチーズ。はい。
……はい。
変顔ありがとー。
私の欲しいのはそういうのじゃなーい。
杏の思いとは裏腹に、レイネは更なる変顔で次なる1枚を要求した。
* * *
午後は芦ノ湖へ。
「海賊船っていうから、海賊を蹴散らせばいいのかと思ってたのに」
レイネは、観光海賊船の上で、物騒なことを言う。
「まぁ、雰囲気よ、雰囲気」
湖上の風が気持ちいい。
「それに、湖なのになんで海賊なの?」
「私に聞かないで──ほら富士山きれいよ」
「おおー。きれー」
切り替えが早いのは助かる。
船を降りたあとは、箱根神社へ参拝することに。
「ここ、ご利益あるんだって。開運とか恋愛運とか」
参道を通り、朱塗りの社殿が目の前に現れる。
澄んだ空に鮮やかな赤が映え、思わず息をのむ。
手水舎で作法を教えながら、手と口を清め、本殿へ。
賽銭を入れ、鈴を鳴らして──
「二礼、二拍手、お願いごとして一礼ね」
「りょーかい!」
レイネはきっちり真似して、ぱんぱんと拍手。
……と思ったら、
「これ、なに? 読んでいい?」
指差したのは、木札に書かれた一文。
祓え給い 清め給え
神ながら
守り給い 幸え給え
「3回唱えるの? こんなのあるんだ。よく見つけたね」
「きょろきょろしてるからね」と言って笑う。
* * *
箱根四日目──最終日。
朝の景色は、しっとりと霧に包まれていた。
「最後の朝風呂、行く?」
浴衣の帯をゆるめつつ、窓の外を眺めながら杏がつぶやく。
すると、すでにタオルを首にかけたレイネがスタンバイしている。
「はいっ!」
そのレイネは、ちょこんと座りながら杏に背を向ける。
「もう。自分でできるでしょ!」
杏は、レイネの髪をまとめ上げる。
「えへへ。あーちゃん。だいすき」
そんなやり取りをしながら、ふたりは最後の温泉へ──
名残惜しさとともに、朝風呂をじっくり堪能した。
* * *
午前中いっぱい使って、のんびり温泉タイム。
チェックアウトはギリギリのレイトで、旅館の人たちにお礼を言って出発。
「名残惜しいねぇ……」
「名残惜しいですなぁ」
ふたりは思わず、同じようにため息をつく。
* * *
帰り道は、小田原から東海道線に乗り継いで横浜へ。
電車の窓からは、ゆっくりと山の稜線が流れていく。
トンネルを抜ければ、一面の緑、ちらちらと続く民家の屋根、遠くの小川。
「あの目玉焼きの衝撃、忘れられないよねー」
「ステンドグラスの塔もすごかった」
「あと、顔ハメパネル。変顔ばっかり撮ってさ……」
あれこれ思い出話をして、笑い合う。
やがて、ふたりとも静かになり、電車の揺れる音だけが響いた。
流れていく影。
時折見える海岸線。
カタン、コトンとレールとこすれあう音。
──無言でも、気まずくはない。
あまり意識はしていなかったが、改めてそう杏は思う。
レイネの横顔をそっと見る。
彼女も気づいたようにこちらを向いて、静かに微笑む。
「また、旅行行きたいね」
杏はつぶやく。
「行きたい。もっといろんな場所、見てみたい」
「次は、レイネが選んでみる?」
「よし、がんばって調べる!ハラキリパラダイス」
なんて話をしながら、また笑う。
杏は、ふうっと息を吐き、ぼそっと言う。
「あー。 帰りたくなーい」
* * *
そして、帰宅。
玄関を開け、リビングに入るとやっぱり杏は、言ってしまうのだった。
「あー、おうちが一番!」
「え?どういうこと!?」
レイネがこの世界に来て初めてツッコミをした日である。




