【朗報】異世界の女神さま、巨大な目玉焼きと対峙する。
箱根二日目の朝は、鳥のさえずりで始まった。
杏は、旅館のふかふかの布団からゆっくりと起き上がる。
すでにレイネは起きていて、朝日を浴びながら窓辺に立っていた。
浴衣姿のまま、まるであの日の朝みたいに──どこか神秘的で、神々しさすら感じる。
「……おはよ。もう起きてたんだ」
「おはよう。……朝日が奇麗でね」
そう言って微笑むその顔は、大人っぽく見える。
「今日は美術館巡り。観光地の定番です」
「はーい」
「その前に」と杏は少し溜めてから言う「朝ぶろいくひとー?」
「はーい!」
レイネの笑顔は朝日のように眩しかった。
* * *
最初に訪れたのは、彫刻の森美術館。
広大な屋外に、巨大な彫刻がぽつぽつと点在している。
中には人間の何倍もあるようなオブジェもあって──
「めだまやき」
開口一番、レイネが指を差した。
「え? って、ほんとに目玉焼き!!?」
大人が何人か寝そべれそうな、大きな目玉焼き型オブジェ。
子どもが上でゴロゴロしてる。
※注:実在します。
「レ、レイネこうふんしてきたッ!!」
入館早々、目玉焼きとの邂逅でレイネのテンションは頂点に達したようだ。
さまざまなオブジェに近寄り、観察し、うぉーすげーと歓喜の声をあげる。
この場は、いつもの逆で、杏がついていけない。
「レイネー、ちょっと待ってよー!」
と呼び止めたかと思えば、
「いつまで見てるのー?」
と今度はじっと動かないレイネに声をかけることもしばしば。
ベンチで一息ついたときも、レイネはまだ興奮が収まらない。
「すごい。めっちゃ楽しい。ヤバイ、語彙死ぬ」
杏にとっては、『なんでこのオブジェがここにあるのか』『どういう意味なのか』、さっぱりわからない。
芸術って……難しい。
それに比べ、異世界人の感性ってやっぱり違うのかな? 芸術肌なのかも──
「楽しそうでよかった」
杏は素直に言う「でもレイネ、よくわかるね。芸術ってやつ」
「え?全くわからないよ」
いつものきょとん顔で即答された。
「なんで青空の下に巨大な目玉焼きとか、意味わからなくない? 真剣に作ってるんでしょ? より一層意味わかんなくない?」
「えー、めっちゃ楽しそうじゃん」
「楽しい。意味わからな過ぎて楽しい。何この、世界」
──そうか。
私にはね、その発想のほうが意味わかんないよ……。
杏は青空のその先を見つめる。
「でもね、あーちゃん。こうやって誰かと過ごしたり、違う思いを抱いたり──そういう余裕が、いいんじゃないのかな」
そういって、レイネも同じ空を見た。
***
次に訪れたのは、ガラスの森美術館。
ここはレイネにとって、完全にホームだった。
庭園にあるガラスのアーチやカーテン、輝くクリスタルのシャンデリア。
館内のクリスタルのシャンデリアも。
ファインダーからのぞくレイネの姿は、どう切り取ってもキラキラと輝いている。
当の本人はもはや言葉による表現を放棄したのか
「すごい!すごい!ごいーす!」
とかなり貧相な語彙になりながら、園内を夢中で見回していた。
『お手を触れないでください』という注意書きだけはしっかり守ってるけど──その手は今にもガラスに触れたそうに、腕がぷるぷる震えている。
「すごい……これ、人の手で作ったんだよね?」
「うん。 ガラス職人がね」
自分が褒められているわけではないが、地球人代表として誇らしい。
「人間って、魔法がなくても、こんなきれいなもの作れるんだ」
思案顔の複雑な表情をするレイネを、そっとカメラに収めた。
帰り道、お土産コーナーに立ち寄る。
「何か買っていこうか?」
杏が提案すると、レイネはそうだねとほほ笑む。
棚には無数のアクセサリー。
どれもきらびやかで、選ぶのに迷う。
ピアスを手にレイネが言う。
「こーゆーときって、おろそいで買うのかな?」
「おろそい? ああ、『お揃い』ね」
「そう、それ。おそろろい。って、言いにくいな、オソロイ」
「むしろどんどん言いにくくしてない!?」
笑いながら、二人は同じデザインを選んだ。
レイネはピアス、杏はイヤリング。
レンズ型の青いガラスの中に、ほんのり金色が滲んでいる。
「おそろい」
レイネは拙く言った。
「うん、お揃い。今度はちゃんと言えたね」
二人は顔を見合わせて、ふふっと微笑んだ。




