メイド・イン・アビス
──純金が、文鎮になった。
まるで文学的表現のようだが、事実である。
金塊は『売れば即・生活資金!』の予定だった。
が、現実は甘くはなかった。
証明書がなければ売れないし、売るためには『どうやって手に入れた』を説明しなければいけない。
(異世界から持ってきました、じゃ通じない……)
スマホの画面を見つめたまま、杏はリビングの床に崩れ落ちた。
ふと、残高照会の画面が脳裏によぎる。
口座には雀の涙。
クレジットカードの支払い、家賃、光熱費──そして地味にかさむ食費。
足りない。
圧倒的に、足りていない…。
──終わった……
「ラララ……無残くん。ラララ……無残くん。ラララ……やぁ、わたし残高、無残ちゃん……」
心が壊れる音がした。
現実という名のジャブを喰らい続け、杏はついに悟りの境地へ。
目の前の金塊の輝きが、余計に腹立たしく見えてきた。
無駄に重く、無駄に輝く。
そんなお前をブチのめしてやりたい。
そのとき、そっと近づく足音がする。
「──あーちゃん? なんだか元気ないね」
何も知らない無垢な異世界人がこちらを見ている。
元気が、無い?
それはもう。
目の前の黄金郷が、深淵だったみたいな、そんな衝撃よ。
杏は、混乱の極地にいた。
そんな、杏の頭上でレイネの瞳がキラキラと輝いている。
杏はうつぶせからゆっくり顔を上げる。
視界に飛び込んでくるのは、現代服を着こなした異世界の美女。
透き通るような肌、整った顔立ち、圧倒的スタイル。
そして、わざわざサイズ調整した『ジャストフィットの下着』
そこから醸し出される色気。
──この子、夜職に出したら爆モテだろうな。
一瞬そんな発想が脳をよぎり、杏は自分にツッコミを入れる。
(やめなさい!! 何考えてんのよ!貧すれば鈍するにも程がある!!)
「……金、売れなかったの」
杏は、現実を噛みしめながらぽつりとつぶやいた。
「証明書とか必要なんだって。レイネの世界の金って言っても……信用されるわけないし」
「……そうかぁ、密輸とか思われちゃうんだね。どうしたらいい?」
レイネは首を傾げる
「うん。どうしよう……わからない……」
そのまま杏は、再び床にぱたりと倒れ、仰向けになった。
天井を見つめる。
その先に希望は、ない。
あるのは上の階の人の部屋。
「……ああ、宝くじでも当たらないかな」
天にすがるような声。
言っても無駄だと分かっていても、つい口から出た。
レイネは、そんな杏の横にちょこんと座り、じっと顔を覗き込んでいた。
「宝くじ? それってなに?」
杏は、薄目を開けてレイネを見る。
その表情はいつも通り無垢で、どこか楽しげで。
(この子に説明しても、期待させるだけか……)
それでも、杏は語り始めた。
天井を見ながら。
床に寝そべったまま。
売れなければ純金もただの文鎮。
ただこの文鎮は、紙を止めるのではなく、杏の思考を止めていた。




