そう、ここは黄金郷-エルドラド-
──彼氏が出ていって、冷蔵庫から異世界人が飛び出してきた。
どうしてこうなった。
いや、どうなってんの私の人生。
小鳥遊杏はソファに座り、ぼんやりと窓の外を眺めながら、この数日間の怒涛を脳内でスローモーション再生していた。
タケシと別れたことで、部屋は一気に静かになった。
物理的にも、精神的にも。
「私のせいだったのかな」とか「もっと上手くやれたのかも」とか……。
そんな自己反省が自動再生モードで流れてくる。
そんな真っ只中に、まさかの異世界から銀髪美女が登場。
それも、冷蔵庫経由で。
突如現れておいて「観光旅行に連れて行ってくれ」と。
まるで近所のおばちゃんが「お醤油貸してくれるかしら?」なノリで言ってきた時点で、もはや理解は諦めた。
普通に日常生活に馴染む系の来訪者かと思いきや、全く違う。
ブラジャーには「なんですかこれ」と困惑。
トイレには「すごい!衛生管理に革命が起きる!」と狂喜乱舞。
インターネットには「知識の宝庫!」と目を輝かせる始末。
朝昼兼用で出したベーコンエッグで感動し、夕飯のチルドハンバーグでも「うますぎる」と喜んでいた。
ナイフとフォークは扱えるのに、ブルドックソースの蓋を開けられなかったり。
文明レベルのバランスがガタガタで、見てて飽きない。
何より、ちょっとした日常のことにいちいち驚いてくれるのが、正直うれしい。
トイレ、洗面台、お風呂、蛇口、掃除機──全部がレイネにとっては未知との遭遇。
杏はそのたびに、丁寧に使い方を教えた。
日曜まるっと、まさかの“異世界人の生活研修”で潰れるとは思わなかったけど。
中でも衝撃だったのは、洗面台でのクレンジング指導の場面だ。
「クレンジング使っていいからね、メイク落とし」
「メイク? してないです」
「……え?」
すっぴん。
ガチすっぴん。
ファンデもチークもコンシーラーも使ってないのに、肌つやぷるん、毛穴ゼロ。
まつ毛フサフサ。
チークなしで血色感。
なんで?神なの?
※ちなみに杏は、レイネが女神であるとはまだ知りません。
「化粧するときは、戦に出る時ですね」
「なんで!?」
この発言も意味がわからないけど、横でレイネは理解不能な解説を加える始末。
「護衛魔法を定着させるのに便利なんですよ」
気づけば杏は、教える側から「観察する側」へと変わっていた。
レイネの反応が新鮮すぎて、目が離せなくなるのだ。
その一方で、レイネは驚くほど早く適応していく。
インターネットの操作を一度見ただけでマスターし、いまや中学受験問題集をスラスラ解く。
難解な哲学書まで読んでる。
こいつ、ほんとにチートか?
ただのおっとり天然女子かと思いきや──誰よりも鋭いことを言ってくる。
”必要なことは、ちゃんと教えてほしい”
”必要なことを言ったときに怒るのは、怒る側が間違ってるよ”
その一言が、杏の胸に刺さった。
言いたいことも飲み込んできた。
空気を読んで、波風立てずにやってきた。
レイネは異世界人で、現代の知識が全くなく、全然常識が通じない。
でも、杏にはない強さを持っている気がした。
そして今朝も、リビングのテーブルで、なぜか中学受験問題集を解いている。
熊(都合、豚)ジャージ姿で真剣な顔つきが、やたらシュールだった。
杏はソファの背もたれに沈みながら、ゆるゆると思った。
──こんな生活、想像もしなかったな。
でも、悪くないかも。
* * *
ピンポーン、と玄関チャイムが鳴った。
「あ、来た!」
杏はダッシュで玄関へ向かう。
ずっしりと重みのある段ボールを受け取って、玄関を閉めた瞬間──リビングから、うさ耳レーダーのように飛び出してきた人物がひとり。
「わーっ!届いたの!? 開けていい?ねえ、開けていい?」
すでにテンションマックスなレイネをよそに、杏は送り状をちらりと確認。
「……間違いない。レイネの服と下着一式、ご到着です」
「やったーっ!!」
レイネは飛び跳ねるようにソファの前に正座して、段ボールを見つめている。
完全に子ども。
遠足の前夜か。
杏が箱を開けると、中から次々と現れるカラフルな服たち。
ワンピース、ブラウス、スカート、ゆるニット。
ちょっとお姉さん系のカジュアルコーデを中心に、楽天セールで全力チョイスしたラインナップだ。
「これも着ていい?これも?ねえこれも?」
レイネは服を体に当てたり、くるくる回ったり。テンションMAX。
「ねえ、着方合ってる? 後ろ止めてー!」
「はいはい、ちょっと待って。……そうそう、背中のファスナーここね」
見れば、レイネはブラウスにスカート、リボンまで完璧にコーデして鏡の前でキメポーズ。
なるほど、神のスタイルは何を着ても絵になるのか。
忌まわしき天は二物を与えすぎである。
そんなレイネの姿に、杏の頭にふとよぎるのは──幼い頃の妹だった。
服をあててあげると、キャッキャとはしゃぎ、
「お姉ちゃんみたいになりたい!」って目を輝かせていた、あの頃の妹。
いつの間にか妹は、自分で好きな服を選ぶようになって、
自分なりの人生を歩んで、今は結婚をし、一児の母で、市民病院の看護師を務める立派な女性だ。
──私は、もうなりたいお姉ちゃんではなくなっている。
「見て見て、あーちゃん! これ、どうかな!」
呼ばれて、我に返る。
レイネがピンクのニットに身を包んで、くるりと一回転。笑顔がまぶしい。
もはや豚キメラの片鱗は残っていない。
「……うん。すごく似合ってるよ」
そう言うと、レイネは嬉しそうに、にぱーっと笑った。
「これだけあれば、もう『服』の問題”はクリアだね!」
「だね。外に出る準備は整った」
──と、含み笑いを浮かべるレイネ。
「……となれば、あとは軍資金なのだッ!!」
言いながら、レイネはおもむろに“がま口財布”を取り出した。
いやいや、なにその魔法少女の決めゼリフみたいなノリ。
そして──財布から取り出されたのは、黄金に輝く、“金の延べ棒”である。
「これがあれば、全部解決でしょ! イェイ☆」
しゃきーん、とポーズまでキメるレイネ。
──やばい、我が家に黄金郷、爆誕。
未来は輝く黄金のように明るい、と杏は思った。




