あ。目玉焼きって。
「トイレでテンションぶち上がる人、初めて見たかも……」
杏はつぶやきながら、キッチンでベーコンと卵をじゅうっと焼く。
バターの香りがふわっと広がり、食欲が呼び覚まされていく。
トースターから取り出したパンに、焼きたてのベーコンと卵をのせて。
即席ベーコンエッグトーストが完成。
「できたよー、簡単だけど朝昼兼用!」
杏は、トイレ観察中のレイネに声をかける。
「これが……“目玉焼き”?」
レイネはベーコンエッグトーストを見るなり、首を傾げる。
「そうそう。焼いた卵を、そう呼ぶの。ほら、黄身が目玉っぽいでしょ?」
レイネは、じーっとそれを見つめる。
「……あの、あーちゃん?」
「うん?」
「さっき、“鳥の目玉を焼く”って……」
「うん、言ったね」
「だからてっきり──鳥の目玉かと」
「そっちかーい!」
杏はトーストを持つ手をテーブルに突っ伏した。
「いや、そりゃ“目玉”って言うけどさ、実物の目玉じゃないよ!?どこの魔族料理よそれ!」
そんなの食べるの?と杏が聞くと、食べるわけないじゃないですか、とレイネが答える。
「だって、“目玉”って言うから、普通に眼球って思うじゃないですか。変わった食生活だなって」
「それもう“鳥の目焼き”じゃん!猟奇すぎるからやめて!」
ふたりでわははと笑いながら、トーストにかぶりつく。
レイネは、一口食べた瞬間、ふっと目を見開いた。
──もぐもぐ。
そして──
「おいしい……!泣きそう」
ぽろっと、涙がこぼれた。
「え、えぇ!?泣いてる!?なに!?辛かったの!?」
「ううん、違うんです……こんな美味しいもの、はじめてで……」
杏はぽかんとしたまま、レイネの顔を見つめる。
トースト片手に、涙ぽろぽろ。
「……ありがとう、あーちゃん」
「……どういたしまして」
たかがベーコンエッグ、されどベーコンエッグ。
誰かに「おいしい」って笑顔で言われたの、いつぶりだろう。
元カレ達は、料理なんてほぼ無言で食べて、言うことと言えば味が薄いだったっけ。
ベーコンエッグで、そこまで褒められるとは。
「あ、そうだ。レイネ、さっき“せっちん”とか言ってたけど、よくそんな日本語知ってたね?」
「いえ、正確にいうと知らないです。翻訳魔法を使ってるので、私の言葉があーちゃんに“日本語っぽく”聞こえてるだけなんです」
「え、魔法なの!? じゃあさっきまでの会話全部!?」
「はい。でも、よく似た概念がないと正確には訳されないんです。だから“トイレ”の説明は、ちょっと不安定でした」
「トイレよりもその翻訳魔法の方がすごくない!?」
「いえいえ、トイレの方がすごいです。給排水設備があって、魔力じゃないのに動くって凄くないですか?」
「……文明、負けたわ」
杏は笑いながら、冷たいルイボスティーを一口飲んだ。
異世界とのギャップに戸惑いつつも、心はなんだかあったかい。
──この日、杏はふと思った。
この子との暮らし、案外悪くないかもしれない。
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それでは──
読んでくれたあなたに、異世界級の幸運が訪れますように!
また次話でお会いしましょう!




