秀麗騎士様を助けたい1
傷心を癒やすためにはとりあえず外に出て思いっきり遊ぶに限るんですわー。無論、この世界に乙女ゲーが存在していたらそっちで癒やしをもらうんですけどね。
「お嬢様、もっとそばに寄ってくださらないと、日焼けしてしまいますよ?」
ジェフリーの華麗な声が、せかせかと歩いて行ってしまう足を食いとめる。
「そうね、日焼けすると痛いものね……」
なんて呟きつつ、ずっきゅん急接近イベント到来の気配を感知して、ときめけジェフリー! なんて心の中で叫びながら体当たりするかのごとくジェフリーの身体に寄り添う。
「あ、……あはは、プリマ様、今度は近すぎ。俺に勘違いされてもいいんですか?」
う、うわー! 私がときめかされてしまった! これがミイラ取りがミイラになるってやつか? このッ、天然ジゴロめっ!
恨めしそうにジェフリーを見上げつつ顔を赤く染める私に、ジェフリーは不思議そうにしつつ笑顔で首を傾げる。
ジェフリーは基本紳士的でお上品な王子様みたいな人なんだけど、でも決してそれだけではなくって、いまのように砕けた態度をとることもままあった。すらっとした痩身で、繊弱な雰囲気を纏っているのに、戦場では他のどんな男よりも活躍してるんだからすごいよなあ……。
「……とにかく、街ではどんな危険があるかわかりませんから、俺もお嬢様から目を離さないようにしますけど、お嬢様も俺から決して離れないように――」
「わーっ、あのお菓子美味しそう! 最近流行ってるってどこかで見たやつ~!」
「あ、ちょ、お嬢様……!」
ヒールは走りにくいけど、街を散策できるのが楽しくて自然と駆け出してしまう。背景イラスト一枚からこんなに世界が広がるだなんて感動だなあ、と思いつつ。
背後からジェフリーが追いかけてきている気配もあるし、そんなに遠い距離じゃないし、ジェフリーの心配するような危険はないって。
「お嬢様、危ない……!」
は? マジ? 私って一級フラグ建築士だった?
反射的に背後を振り返ると、まず最初にジェフリーの背中が視界に飛び込んできた。
ジェフリーは、ボロボロのローブを着ている人間の腕を受け止めていた。その人の手には、ナイフが握られていて。
「ジェ、ジェフリー……?」
「……こんな街中で、俺に剣を抜かせるな」
ジェフリーはローブを着た人から流れるようにナイフを奪い取って、両手を後ろで縛り地面に伏せさせ馬乗りになる。
「その身なり、金で雇われた刺客か? それならこれをやるから、もう二度とお嬢様の前に姿を現すなよ。こちらとしても無駄な殺生は避けたいんでね」
ジェフリーがポケットからジャラジャラと音の鳴る巾着を取り出して、刺客の手に握らせる。普段は優雅で優しいひとの口調が荒れていることも、刺客を対処し慣れたその態度にもドキがムネムネしてしまうんだけれどもどうしてくれる?
刺客はジェフリーの言葉にコクコクと頷いて、逃げるようにこの場を去って行く。
「お嬢様、ご無事ですか」
ジェフリーが立ち竦む私の前にやってきた。
「え、ええ……。ごめんね、忠告を聞かなくて……」
「いえ、お嬢様がご無事ならそれでいいのです」
ジェフリーは柔らかく笑ってくれているが、内心は言うことを聞かなかった私に呆れているかもしれない。きょうのところは大人しく家に帰るか……、と、下げていた視線を持ち上げる。すると、ジェフリーの背後に不審な人影が見えて。
「じぇっ、ジェフリー、後ろ……!」
ねえ、メイヤー子爵領の治安どうなってんの⁉
「え? ……くっ!」
ジェフリーが振り向いた、その瞬間。ジェフリーは呻き声を上げて蹲った。人影はさっきの刺客と似た格好をしていて、ナイフをしまいながら「チッ……」と舌打ちをするなり去って行く。あの態度、本当の狙いは私だったようだけど……。
「ジェ、ジェフリー、大丈夫……⁉」
「お嬢様、俺は平気ですから……」
蹲っているのに大丈夫なわけあるか! 強がったって意味ないぞ! の精神で遠回しに拒否されていることに気がつきつつも、ジェフリーの前に回り込み、その場でしゃがむ。ジェフリーは自身を抱き締めるように、胸元で腕を組んでいた。
「本当に……、大丈夫なんです……」
ジェフリーの声が、弱々しく震えている。いつもハキハキとしていて凜々しいジェフリーらしくない声。初めてこのセリフをボイスありで聞いて、想像以上の声の弱々しさに驚愕してしまった。
「ジェフリー、お腹を刺されたの……⁉」
でもごめんねジェフリー! この話は私があなたの秘密を知らないと進まないんだよ……! まさかこんなタイミングでこのイベが起こるとは微塵も思わなかったけどさ……!
私は必要悪という名目を振り翳して、ほとんど力の入っていない腕を掴み、引っ張る。ジェフリーはすべてを諦めたみたいに従順な態度で、黙って私に腕を掴まれていた。
「ジェフリー……? あなた、もしかして――」