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ツンデレ義弟からの好感度を稼ぎたい2

 とはいえここでめげる私ではない。じゃないと乙女ゲーの全エンド全CG回収なんかするわけないんだから!


「ねえ、マティスってこの前菜好きだったわよね? 姉さんのもいる?」

「……」


 ……ついに無視され始めてしまった……。


 マティスルートに突入したと思ったけど、一向にデレを見せてくれないどころかたぶん順調に嫌われ始めているので、素晴らしい原作のストーリーについてここいらで語っておこうと思う。


 マティスはお父様の友人である子爵の隠し子だった。その存在を知った夫人が怒り狂ってマティスを子爵家から追い出したが、それを引き取ったのが我が家・メイヤー家というわけだ。

 本人は自分の存在を後ろ暗いものと思っており、周囲へのあたりが強いのも、自分に深く関わらせないようにするという不器用な気づかいをしているがゆえだった。


 しかし、幸か不幸かマティスは太陽の如き明るさを放つプリマと出会ってしまう。最初は絡まれてうざいと感じていたマティスだけど、本音は寂しがりでひととの繋がりを求めていたから、次第にプリマに絆されていく。そして、プリマに対して禁断とも言える想いを抱えてしまうのだった。


 そんなマティスは、出生のことも含めて義理とはいえ姉であるプリマに気持ちがバレるくらいなら死んでしまいたいと思うような極端な思考の持ち主でもあって、熱心に教会に通い神様に救いを求める日々を送っていた。マティスのプリマへのシステム上の好感度がいくつでも、どのキャラクターとエンドを迎えてもその設定は顕在しているから、マティスルートを攻略してその過去を知ったのち、他のキャラを攻略するとちょっと心苦しくなる。それに、マティスからの好感度が高い状態で他のキャラのルートに入ると、マティスがプリマとそのキャラの仲を邪魔するっていうエンドも用意されていて、丁寧に描写がされているという印象を受けたし、話題に事欠かないキャラのひとりだった。……世間に発表されたら、の話だけどね!


 とにかく、マティスルートは『春の行く末』の空気が一変する、荘厳で神聖なルートなんだけど――それはいずこに?


「……姉さん」


 ふと改まったような態度でマティスがカトラリーを置いた。真剣な眼差しで見据えられ、返事をするよりも先に自然と背筋が伸びる。


「な、なに?」


 マティスはよく首の詰まった服を着ている。最初は十字架のネックレスを隠すために着ているのだと思っていたんだけど、ストーリーの中でマティスの聖痕は首に刻まれているのだと語られていた。


「……夜、寝る前にでも、少し時間もらえる? 話したいことがあるんだ。……家の近くにある、さびれた教会。小さいころ、よくふたりでかくれんぼしたでしょ? そこに……来てほしい」


 あ、さすがに勝ち確ですねーありがとうございましたー。


 私は顔のニヤけを懸命に抑えながら、「……うん」とマティスのトーンに合わせるように雪のように静かでひっそりとした返事をする。


 やっぱり嫌われていたわけではなかった。信じていたぞ弟よ! ビバツンデレ! あんたが大将! このまま一緒に楽園から追放されようね~~~~!



 というわけで、人目を憚るように子爵邸近くのいまは使用されていないさびれた教会にやってきた。私がここを訪れるのは初めてだけども、背景画像で見覚えがある。

 涼ちゃんの友達、人物はもちろんのこと背景も描けるのすごすぎない? 涼ちゃんの友達って私だけだと思ってたからそのひとの存在を示唆されたときにちょっと微妙な気分になってしまったけど、クリエイティブ仲間って考えたらそんな気持ち吹っ飛んでしまった。私はクリエイティビティの欠片もない人間なので、私には関われない領域なのだ。私はとやかく言えるような存在ではない……。


 当然かもしれないが、教会に灯はついておらず、足元が見えないため自然と小股で教会内を進む。しかし、なにかに導かれるように視線を上げれば、月明かりがステンドグラス越しに差し込んでいて、むしろ眩しいほどに明るかったことを知った。


 その光の真ん中で、人影がぽつんと佇んでいる。逆光になっていてその表情は読めないけれど――マティスであることには違いない。


 マティスはステンドグラスを仰いでいた。本物のプリマはその横顔にしばらく見とれて、一瞬マティスを弟と思えなかった自分がいたことを認めていたっけ。


「……姉さん。来たんなら声をかけてよ」

「あ、えっと、マティスが真剣そうにステンドグラスを眺めていたから……。声をかけづらくて……」


 ごめんね、と呟きながら頬をかく。マティスは肩を竦めつつ、大股で私のほうへやってきた。


 月が雲で隠れたのか、一瞬教会内が暗闇に包まれる。けれどもマティスは気にする様子もなく、私の目の前に立った。


「……姉さん」


 しっとりとした声で囁きながら、マティスが私の髪を耳にかける。そして、ゆっくりとその唇を開いた。


「……僕、姉さんのこと、ずっと前からただの姉だと思えなくなってた」

「え――?」


 いまのリアクション百点すぎるな、と自画自賛。


 暗闇のヴェールに包まれていた教会に、また光が訪れる。舞う埃も見える明るさだけれど、なんだかそれさえ光の演出のようで美しい。


 マティスの指が私の耳の裏に触れたのち、滑らせるように首に手を遣る。すべすべした乾燥知らずの手だ、と思った。


「マティス……?」


 上目遣いでマティスを見上げて首を傾げつつ、マティスの手に自分の手を重ねる。マティスは斜め下にしていた視線を持ち上げて、意を決したように私を見つめた。少しだけ青い唇がもの言いたげに震えている。


「えっと、姉さんマティスになにかしちゃったかな……」


 原作のプリマのセリフがすらすら出て来て感動してしまう。ここでマティスの目許が切なげに赤らんで、「ッ違う……!」って珍しく声を張り上げてプリマへの想いを綴るシーンが、本当に本当に最高で――


「……そうだね。本当に、うざすぎて、赤の他人と思いたかった」


「……は?」


「僕が構われるの嫌いなの、どうせわかってるんでしょ? それなのに絡んでくるってどういう神経してるの? わかった、嫌がらせなんでしょ。血が繋がっていない上に不義の子なんて、疎ましいに決まってるよね」

「え? ちょ、マティスさん?」

「……なに?」


 マティスが心底煩わしそうに深いため息をつきつつ、穢らわしいものを見るような目で私を見下ろす。


「あ、あのー……。マティスってなんで教会に通ってるのか、なー……って……」

「え、なに、この話に関係ないよね?」

「やっ、やーなんとなく、ね……!」


 原作ではプリマはマティスの教会通いの理由を無理に聞き出そうとはせず、やがてマティスが懺悔のように語ってくれるんだけど、マティスの様子を見る限り教えてくれなさそうだし。なにより教会通いの理由はプリマを好きだからだってのに、プリマを嫌っているならなんでいまでも教会に通っているのかわからない。だから聞きたい。それに、自分の首を絞めようとしてた理由もわからないんですけどー⁉


「……まあ一応、僕によくしてくれている人の娘だし。そんな相手を蛇蝎のごとく嫌うのも人道に反するかな、と思って。神様にゆるしをもらってた」


 嫌いなんだ。蛇蝎みたいに。そんな毒があるように見えてたんだねマティスには?


「まあそういうことだから、金輪際僕に関わらないで」


 神父様、ここに墓を立ててよろしいですか?

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