ツンデレ義弟からの好感度を稼ぎたい1
「……姉さん。なにも見ていないよね?」
ドアを開けた音で私の存在に気づかれてしまっていたみたいだ。私は恐る恐るバルコニーに足を踏み入れる。
説明しよう! ハロルド様に公爵邸から追い出されたけどパーティーでエスコートしてくれると言うからウキウキな気分で子爵邸に帰ってきた私は、頭を冷やすためにバルコニーにやってきた。しかし、そこでは弟のマティスが十字架のネックレスで首を絞めようとしていて――!
「あ、あは、あはははは……。ど、どうだろうな~……」
素直に頷けない。頷いて、プリマがバルコニーを後にしたが最後、マティスは首を絞めるのを諦めて、諦めた末にバルコニーから飛び降りちゃうから! 私知ってる、何度もそのエンドに辿り着いたことあるもん! マティスルートの攻略がダントツで難しいんだからー!
「……」
マティスは疑うような胡乱げな視線で私を見てきた。たじろいでいた私は、その視線で態度を改めることに決める。
「……あの、マティス。真面目な話をするわよ。悩んでることが聞くからね、お姉ちゃんとして……!」
私はマティスに近づいて、勢いよくマティスの両肩を掴む。プリマはここのモノローグで背が高くなったな~とか感慨深そうにしていたけど、以前のマティスを知らないのでそんな感慨は湧いてこない。けどまあこちとらショタ時代の立ち絵も見ているので? いい男になったなとは思いますけど?
「……っ姉さん、そういうのやめてくれないか。……僕は、僕は苦しいんだよ……!」
マティスが私の両手を乱雑に振り払った。「いっ……」と声を上げる私に、マティスが一瞬ハッと目を丸めるけど、振り切るように顔を背けて足早にバルコニーを去って行ってしまった。
バルコニーにぽつりと取り残され、私はもうすでに姿が見えなくなったというのにマティスが去って行ったほうをずっと見つめている。そうして、しばらくしたのち、私は勢いよくその場にしゃがみ込んだ。
「うへ、へへへへへ……! うははははは……!」
笑い声というかほぼほぼ奇声だけども、そんな声がこみ上げてたまらないのだからしょうがない。
ついに、ついにだ。ハロルド様のみならず、マティスルートにも突入してしまった。見える、見えるぞ、私がイケメンを侍らせている未来が……! いや~、順調すぎて怖いですな~! でもこれが歴戦の乙女ゲーマーの実力ってもんよ! むしろ今までがおかしかったんだわ、バグかなんかが起きてたんじゃないの、ねえ?
『ねえ涼ちゃん、このゲームすっごい面白いよ……! やっぱり世に出さないのはもったいないって!』
『春ちゃん、そう言ってもらえるのは嬉しいけど、これは春ちゃんのためにつくったものだし……。素人クオリティには違いないから、春ちゃんに楽しんでもらえるだけで十分だよ』
歓喜している心の裏側で、ふと友人との会話が原風景のように思い出される。大人しくて、可愛くて、人見知りで、だけど芯の強い親友の涼ちゃん。どういう経緯で私がここに来たのかわからないのもあるし、ここでイケメンとウハウハハーレム生活を送る予定でもあるから、もう二度と会えないのかもしれないし、寂しいけど、私絶対涼ちゃんのこと忘れないよ……。
一頻り涼ちゃんを懐かしみ終わって、私はマティスにトドメを刺すための作戦を練り始める。ハロルド様はひとまずパーティーを迎えないとストーリーの進展はしないだろうから、次にロックオンするのはマティスに決まりだ。
作戦とはいっても、原作でプリマがしていた行動や出て来た選択肢を思い出すだけなんだけどね……。
基本的に明るい雰囲気で進む『春の行く末』だけど、マティスルートはその中でも一際異質なのだ。バッドエンドで攻略対象が死ぬのはこのマティスルートくらいなもので。春陽そういう異質なキャラが好きー。
というわけで、マティスが落ち着いたであろうときを見計らって作戦を実践してみる。
「マティスが好きな詩人が新しい詩集を出したみたい。偶然手に入れたんだけど、いる?」
秘技、プレゼント渡し! 詩集はマティスに渡せば好感度が五十プラスされるぞ……! 他にはチェスをお勧めするけど、ちょっと値段が高い!
「もう持ってるに決まってるじゃん」
マティスが目を細めて私を責めるように呟く。
くっ、スマートなイケメンなら持ってても言わないだろ! なんならもらったほうを使ったり持ったりしてすでに持ってるほうは売ったり捨てたり誰かにあげたりすべきだろ! 姉の教育が足りないか、あぁん⁉
「マティス、勉強は捗ってる? とはいえマティスのことだから、心配することはなさそうだけど……。そうだ、息抜きに湖でボートを漕がない? 昔やったわよね!」
デート場所の選択も大事だぞ! マティスは図書館と湖なんかのひとけが少ない静かな場所が好きだ! これはマティスに限らず言えることだけど、好感度を上げてルートに入るためには、ひたすらにデートとプレゼント渡しを繰り返すべし……!
「……いや、僕勉強が息抜きみたいなものだし、間に合ってるけど」
唇の端が引きつって笑顔が不細工になるのは仕方ないですよねえ?
「あ、あのねえ~、姉さんきょうすることなくて暇なの~……。チェスの相手でもしてくれないかな~と思って……」
仕方がないから今度は下手に出てみる。しょうがないな~暇な姉さんがこんなにお願いしているんだしな~、馬鹿な姉さん相手だとあっという間に終わっちゃうからつまらないけど、姉さんが言うなら~とか言って、デレを発揮してくれ、っていうかしろ……!
「……え? やだよ、僕暇じゃないし。姉さん弱いしつまらない」
……嘘でしょ、ツンデレのデレの部分はいずこ? よく乙女ゲーの感想ブログなんかで見る『ツンデレって公式サイトには書いてあるけど、ツンが九割デレが一割かな~』とか書かれているキャラの比にならないくらいツンツンツンツンですけど……⁉