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ひとまず正ヒーローを攻略したい2

 『春の行く末』のメインとも言うべき要素、それが『聖痕』。この世界には、他人に言えない重大な秘密を抱えている人間には、身体のどこかに紋章、いわば聖痕が出現するという。それが秘密でなくなったとき、もしくは当人が秘密を隠していることに罪悪感を抱かなくなったときにその聖痕は消えるというが、それ以外にも聖痕を消す方法はあるという。

 それが他でもない私、プリマヴェーラ・メイヤーによる浄化だ。秘密を抱えているという罪をゆるし、雪ぐことができる世界で唯一の聖女。浄化方法は、私が聖痕に口づけること――なんだけれど、少なからず私に相手への気持ちが向いていないと消えないとかなんとか。


 プリマはそんな特異な存在だから、その能力を秘匿されつつ万全な警備や護衛に囲まれて育ってきたけど、『春の行く末』がそういうことを裏テーマにしているがゆえか、やっぱり隠しごととはうまくいかないもので。学園時代は噂を試すかのように事故を装って色んな身体の部位を唇にぶつけられてきたらしいけど、プリマからの気持ちがあるわけではないので、聖痕が消えたことはなかった。

 だから、噂はうまい具合に鎮火していたけど、家族はもちろんのこと、プリマの騎士のジェフリーも、国王と王弟のハロルド様もプリマの特異性については知っていた。それもいわば隠しごとに該当するんだろうけど、プリマの存在は特別なので? プリマに関することでは聖痕は現れないみたいね~?


「あ、見せたからといって、君に消してほしいと言っているわけではなくってね……。……これがいつか秘密ではなくなるときを、僕は楽しみにしているんだ」


 ハロルド様が、春風のように柔らかく暖かな笑みを浮かべて、小さく首を傾ける。


 このシーン、見覚えがある。やっぱりハロルド様ルートに突入したんだ……!


 ハロルド様に聖痕を刻みつけた秘密とは、『婚約者がいるにもかかわらず、プリマを好きになったこと』に他ならない。ハロルド様はその王弟という立場から、清廉潔白に生きることを是としていて、聖痕という忌むべきものが現れないようにこれまで二十年の人生を歩んでおられたんだけど。(プリマ)に出会って、それは叶わなくなってしまった。王弟、公爵という立場すべてを投げ打っても構わないと思うほどに、他者を顧みないようになってしまうほどに、プリマを愛してしまうのだ。


 そして、ハロルド様の言う『秘密ではなくなるとき』とはどういうことか。それは、無事にパトリシア様との婚約を白紙にし、私と正式に結ばれる日のことを指す。ハロルド様はそんなときを心待ちにしていらっしゃるのだ。それはそれとして、私からの気持ちが当然自分に向いているって思ってるとこ、愚かでかわいい! 略しておろかわいい! まあ好きですけどね……! おや、本当に愚かなのは私か?


「それでね、プリマ。パーティーの日、子爵邸まで迎えにいってもいいかな」


 ハロルド様が素手で私の手をとった。手の甲を、優しく撫でられる。

 はわ、はわわわわ。やべっ見とれてる場合じゃない、返事をしないと。


「……パトリシア様をエスコートしなくてよろしいのですか……?」


 瞳を潤ませつつ、上目遣いで。ヒロインたるものこういうぶりっ子っぽい仕草も自然とこなさないとね……。私の中には確固とした好きなヒロイン像があるから、それをなぞりたくはあるけど、理想であるがゆえにできない! 難しい! わかりやすいヒロインしか演じられない……! 演技の勉強しとけばよかったかなあ……⁉


「ああ、うん、パトリシア嬢は……」

「――ハロルド様ーっ!」


 ふと遠くから華のある尖った声が聞こえてきて、私は勢いよくハロルド様から手を離した。あんまり彼女の前でいちゃいちゃしすぎるとカッターキャーをされかねない……! え、カッターキャー知らない? ggrks。


「ハロルド様、遊びに参りましたわ! ……あら、どうしてここにプリマヴェーラ様が?」


 パトリシア様はきょとんとした顔で首を傾げるけど、内心私に対して毒づいているんだろう。テキストだけでもいいから見せて! パトリシア様の暴言って、癖になる面白さがあるから……!


「ああ、えっと、パトリシア、ええっと……」


 ――こういうところが優柔不断で八方美人って言われるんだよなー、ハロルド様……。

 私は思わずハロルド様にじとっとした視線を向けてしまう。はっきり私とお茶会をしていたって言えばいいのに、パトリシアに嫌われるのも嫌だからって、両方からの好感度を得ようとするの。優しさがゆえってわかってるから、なんだかんだゆるせちゃうんですけどね……。


「――ハロルド様、お花を育てるアドバイスをくださりありがとうございます。おかげですごく勉強になりましたわ」


 やべ、これじゃ都合のいい女になりすぎか? でもハロルド様は私の好意につけ込んだりしないって信じてますし平気平気。


 というわけで、ハロルド様とお茶を酌み交わせたのはほんの一瞬。私は一も二もなく子爵邸に戻ってきてしまった。でもでも、一ヶ月後のパーティー当日はきっとハロルド様が迎えに来てくださるし、そこでパトリシア様と婚約破棄を宣言、そして私に告白するイベントが到来するんだから、私が勝ったも同然よ~! おほほほ~!


 内心の荒れようにこれじゃ私が悪役令嬢か? と嫌な自覚をしつつ、広い廊下を歩く。バルコニーにでも行って、冷たい風を浴びたい気分だ。


 勝利の美酒に酔うのもいいけど、何度もなんっどもフラれてきている私はほとんど核心のような言葉をもらっても冷静で、まだその段階ではないと理解していた。とはいえドキドキしているのも間違いでなく、頭を冷やしたくてたまらない。

 ――だって、だって現実世界では喪女なんだもん! 彼氏なんていたことないもん! プリマの顔面がなかったらイケメンとなんてまともに喋れるわけないじゃん! それで乙女ゲーに逃げたんだとか思われるのは癪だし全力で否定させてもらうけど、モテないことは否定しないよ、うん!


 廊下を駆けて、その勢いのままバルコニーのドアを開ける。


「……姉さん……、僕を、赦して……」


 弟のか細い声がバルコニーの下に落ちる。

 マティスはなにやら思い詰めた顔をしていた。その上、子爵家の庭園を見下ろして、首にぐるぐると十字架のネックレスを巻きつけているではないか!


 次回、マティス死す! デュエルスタンバイ!


 ――って、死なすわけないけどね……!

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