前人未踏の同時攻略を目指す1
「ずっと前から、お前に言いたいことがあって……」
やっときた。私はこの日を待ち望んでいた。
「……ええ、どんな言葉でも受け止めますわ」
「本当か……!」
私が厳かな態度で頷いてみせると、彼は嬉しそうに笑みを湛えて、勢いよく私の両手をとる。
――よっしゃあ告白イベ確定演出キタコレ!
自然と上がっていってしまう口角を抑えようとして、唇がムズムズと震えた。
「オレ、ずっと前からお前のことが――」
「ええ……!」
鼓動が逸る。このドキドキを永遠に味わっていたい私と、早く答えが聞きたいと待ちきれない私がいる。
彼が口を開く光景が、やけにスローに見える。
「――大嫌いだった」
「……は?」
熱く燃えたぎっていた私の心臓は急速冷凍されたことによりパリーンと割れた。はてさて修復は可能なんでしょうか?
こんなイベント、もういったい何回目だろう、と思う。相手は絶対私のことが好きなのに、うまくハピエンまでの軌道に乗れていたはずなのに、いつの間にか嫌われていて、挙げ句告白してもないのにフラれ、きょうみたいに酷いことを言われることも少なくない数あって、私の心は幾度となくブレイクしてきている。
相手は学生時代の同級生だった。名をエドウィンという。明るく快活で、クラスの中心とまではいかないけど、お調子者でムードメーカーと表すに相応しいような人物。学生時代、私と彼がどんな会話をしていたかとか、どんなふうに関わっていただとかは重大な出来事以外大して覚えていない、どころか知ってもいないのだけれど、私と彼は確実に着実に仲を深めていた、はずだった。
呼び出された場所は、ふたりの思い出の学園内にある湖のそば。彼が大切にしていたものを湖に落としてしまって、それを拾うために私が湖に飛び込んだあの日から、彼は私のことを好きになっていたのだろう、と予測していたのに。そして、そんな思い出の場所にわざわざ呼び出してすることなんて、愛の告白でしか、ないはずなのに!
「げ、元気出してください、お嬢様~……!」
テーブルに突っ伏して啜り泣く私のそばで、メイドのオランジュがおろおろと狼狽えている。
「いやぁ~、私なら元気よ~。見たらわかるじゃない~。なにを言ってるのかなあオランジュはぁ~」
のそっと上体を起こしながらオランジュに引きつった笑顔を向けると、オランジュはいっそう眉尻を下げて心配そうに私を見てきた。
「お嬢様、お部屋に戻って休まれたほうがいいのでは……」
「……お腹減ってるから、少しだけ食事を摂りたいわ」
「ふふ、はい、かしこまりましたー!」
オランジュはどうやら私に食欲があることを知って安心したようで、頬を緩めると軽い足取りで厨房のほうへと向かう。しまった、喉が渇いているから飲み物も頼めばよかった、と思うが、追いかける気力もない。――そもそもそういう行動って、全然令嬢っぽくないよね?
誰もいないことに乗じて、私は再びダイニングの広いテーブルに突っ伏しながら頭を抱える。薄々察されているかもしれないけれど、私は元々この世界の住人ではなく――いわゆる転生者だった。転生したのは私の友人がつくった、プレイヤーは世界に私ひとりしか存在しない乙女ゲーム『春の行く末』のヒロインちゃん、子爵令嬢のプリマヴェーラ・メイヤー。愛称はプリマ。
元の世界の私は大学卒業したてのしがない新人OLで、市川春陽という名だった。趣味は乙女ゲームのプレイと転生小説、中でも乙女ゲーに転生する小説を愛読していた。乙女ゲー愛好家として、本当にゲームの中に転生できたらいいのに~、と思っていた矢先にこれだ。どういう経緯でこの世界に来たのかまるで覚えていないけど、来たからには楽しみ尽くしてやる! と意気込んでいた、はいいものの。
こういう場合って赤ちゃんのころから人生を歩み始め、生まれた時点かもしくはその数年後に前世の記憶を取り戻す、みたいな展開がセオリーだと思うんだけど、なぜだか私の場合は物語開始時点での記憶や意識しか存在しておらず。とはいえプリマ自体は赤ん坊の頃から人生を歩んでいるというのがややこしいところ。それ以前の情報は、ゲーム内で語られる回想や、プリマのモノローグ、キャラクターから教えてもらえるような断片的な情報しか知らない。
だから、エドウィンと歩んできた学生生活を、私はさして知らないのだ。プリマに生まれ変わった感がまるでなく、見た目や設定だけ受け継いだだけみたいに思える。でも逆に言えば、プリマが知る由もないキャラクターの内心とか、メタ的なことだって私は知り得ているんだけどね!
「お嬢様、紅茶をお持ちいたしました。これは隣国のグラジオラス産の茶葉で――」
頭上から聞き慣れない声が降ってきて、私は勢いよく上体を起こした。
「あ、ああ……、どうもありがとう……」
しまった、お礼するのっておかしいのかな? と思いつつ、目の前に置かれたカップと入っている液体をまじまじと見る。そうして、そのカップをサーブしてきた張本人を見上げた。
綺麗に整えられた燕尾服と、表情を読みづらくさせている長い黒髪。どうやらプリマの執事らしいけど、原作ではこんなキャラ見たことない。でも、転生モノはこういう原作未登場のキャラと出会えるのも醍醐味だったりするよね! と、初めてこのひとと会ったときは胸が躍ったりもしたのだけども。あまりにも影が薄くて、いまではもうその喜びを得られない。そもそも名前なんだっけ……。
「お嬢様、軽食をお持ちしました――って、クロムウェル様、いらしていたんですね」
オランジュがトレイを持って戻ってきた。そして、執事を見て驚いたような表情を浮かべる。どうやら彼はクロムウェルと言うらしい。クロムウェルはオランジュに少し目配せをしたのち、私にお辞儀をしてこの場を去って行った。
私は受け取った紅茶の表面をティースプーンでかき混ぜつつ、心の中で何度も唱えてきた目標を、今一度反芻する。
――いままでことごとく嫌われてきてるけど、絶対絶対攻略対象全員を手玉にとって、イケメンを侍らせて逆ハーレムをつくり上げてやるんだから――!