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クーデレさんは、こっそり元奴隷の青年を溺愛している  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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6/20

ケンカ別れの誕生日

 タルトの誕生日会は診療所が閉まった後の夜に、彼女の自宅で慎ましやかに行われる。


 最愛の誕生日とも会ってジルは非常に張り切っており、この日は診療所での手伝いを休んで朝から料理を仕込み、ご馳走作りに励んでいた。


 その成果はリビングの大きなテーブルに並ぶ香ばしい焼き目のついたローストチキンやトロトロのチーズが魅惑的なシーフードグラタン、食用花で飾られたお洒落な色合いのサラダ、それに白身魚の香草焼きなどに堂々と現れている。


 特に丸いホールケーキは一般的なショートケーキでありながら天辺では薄切りされたイチゴが何重にも円形に並びマリーゴールドのような繊細でゴージャスな花を形作っている。


 視覚にも楽しいご馳走たちはジルの自信作だ。


 とても四人では食べきれそうにない量だが、誕生日の料理とはそういう物である。


 足の速いものだけ完食して、残った分は明日以降に食べればよいしジルとミラは大食いなので意外と残飯の心配はいらない。


 誕生日くらいは笑顔を見せてもいいだろう。


 それに、一生懸命頑張ってくれたジルを前に今日ばかりは嬉しい気持ちを隠すことができそうになかった。


 そのためタルトは、


「ジル、ご苦労様です。よく頑張りましたね。おかげで今年の誕生日は心に残るものとなりそうです。ふふ、ケーキが綺麗で美味しそう。とても嬉しいですよ。さあ、今日は祝いの席なのですから貴方も一緒に食事をとりなさい」


 と、素直にジルを労い、空いた席に座るよう促した。


 もちろん、ジルが座るのはタルトの隣の席だ。


 普段ならば咎めるところだが、空いた席も他にないし、本音を言えばタルトも彼の隣で食事をとりたい。


 誕生日会だからと適当に理由づけをすると、ジルを見逃してワインのコルクを開けた。


 各々グラスにワインを注いでいき、ほろ酔いになりながら楽しく食事を進める。


 タルトは少食だが、ジルの作ってくれた料理はできるだけ食べたいと各種のご馳走を少しずつ取り分けて舌鼓を打つ。


 イチゴが大好きなタルトのために作られたケーキは美しく豪勢なイチゴの花が乗せられているだけでなく内側にも大量のイチゴが投入されていてタルトを喜ばせた。


『ああ! ジルの魂がこもったお料理、実質ジルがたくさん! 独り占めしちゃいたいですが、流石にそうはいきませんよね。ああ! 美味しいです! 幸せです!! ずーっと私のためにご飯を作って欲しいですよ、ジル!!』


 タルトはずっと浮かれていて幸せだった。


 ジルからプレゼントを渡されるまでは。




 さて、ご馳走を食べ進めてだいぶ腹も膨れ、ワイワイと騒がしかった雰囲気も落ち着いた頃、それぞれがタルトにプレゼントを渡す流れとなった。


「はい、タルト先生! これ、私からのプレゼントです! 結構、可愛いのを買ったんですよ。ぜひ使ってくださいね」


 笑顔で自信満々なミラが渡してきたのはメタリックな姿が美しいタンブラーだ。


 飲み物を飲むのがゆっくりで温かいお茶を淹れても飲む頃には冷ましてしまうタルトのために、ミラはタンブラーをチョイスしたのだろう。


 柄も銀に白いペイントで小さな花が控えめに描かれているものであり、その隣にちょこんと配置されたウサギのシルエットが大変愛らしい一品だった。


 タルトにしては子どもっぽい気がしないでもないが、彼女は可愛い物が好きであるし、成人女性が持っていても決して違和感のないデザインである。


 ミラの可愛らしいセンスが光るプレゼントだった。


「僕からのプレゼントはこれです。お勉強、頑張ってくださいね」


 優しい笑顔を浮かべてジルが手渡したのは滑らかな木製の軸が美しいつけペンと果物をモチーフにした可愛らしい付箋、そして銀で縁取られたイチゴのマークが愛らしい、分厚い手帳だ。


 さしずめ可愛いい勉強セットといったところだろう。


 タルトは普段、大量消費をするのだからと無地の付箋に質の悪いノートを使用して勉強をしている。


 実にタルトらしい話なのだが、可愛らしい筆記用具とは勉強のモチベーションを上げたり、気分を高揚させるものだろう。


 彼女に代わって、というわけではないのだが、勉強を応援する気持ちを込めてツイは文房具をプレゼントした。


 実用性に少しだけ彩を添えたツイらしいプレゼントである。


 可愛らしい弟子二人からのプレゼントにタルトも、

「ありがとうございます」

 と、花が咲くような笑顔を見せている。


 最後のトリとして残されていたジルはソワソワ、ドキドキとしながらタルトを見守った。


 テーブルの空いた箇所に一旦、受け取ったプレゼントを置くのを見てジルは席を立つとポケットに仕舞っていた小箱を取り出した。


「タルト様、俺からもプレゼントがあります。受け取ってください」


 タルトの真正面に立ち、赤い顔で差し出すとタルトの顔にツイやミラの時とは少し違う嬉しそうな笑顔が浮かんだ。


「ジルは律儀ですね。気など使わなくともよろしいのに。ですが、折角のジルからのお祝い。今日ばかりは受け取りましょう。ありがとう、ジル」


 ふわりと笑えば久しぶりのデレにジルが嬉しそうに頬を緩める。


 ジルが朗らかな笑顔で、

「開けてみてください」

 と頼めば、タルトはアッサリ従ってリボンを外し、木製の小箱を開ける。


 中からはジルと同じ美しい灰色の石がはまったネックレスが出てきた。


 タルトたちの住む町では、相手の誕生日に自分の瞳と同じ色をした飾りが使われたアクセサリーを渡し、愛を誓うという少しロマンティックな風習がある。


 それぞれ出身地が違う上に過酷な幼少期を過ごして来た三人は、その風習を知らなかったのだが、タルトに贈る装飾品を探していたら気の良い店主が教えてくれたのだ。


 ドキドキと心臓を鳴らし、

「タルト様が好きです。どうか俺と付き合ってください」

 と、事前に決めていた告白の言葉を出そうと口を開く。


 だが、ジルが言葉を出す前にタルトがパチンと箱のふたを閉め、コツンと高い音を鳴らしてテーブルに置いた。


 叩きつけてはいないが態度が非常に冷たく、場の雰囲気が一気に凍り付いた。


「先生?」


 不安がったミラが呟くように言葉を出すと、タルトはフーッと深いため息を漏らす。


「ジルは、コレの意味を知って、私にコレを贈ったのですか?」


 鋭い視線にたじろぐが、ジルは即座にコクリと頷いた。


「はい。好きな人に渡して、愛を伝えるんだって教わりました」


 ジルの灰色の瞳は真直ぐで真剣だ。


 タルトは見ていられなくなって、ついっと目を逸らすともう一度ため息を吐く。


「なるほど。残念ですが、コレは受け取れません。奴隷風情が主人に贈る物ではありませんよ」


 奴隷と主人という言葉をことさら強調して、淡々と言葉を出す。


 言葉にはツララのように冷酷な棘が入り込んでおり、これまでの拒絶でも最も威力があった。


 ジルの顔から血の気が引いていく。


 何か言い返そうと口を開くが上手く言葉が出ないようだった。


 突き放すにしても、今の言葉は明らかにライン越えだろう。


 ミラがキッとタルトを睨みつける。


「先生、そんな言い方って無いでしょう! 大体、ジルは奴隷じゃ」


「奴隷です。前にも話しましたが、ジルは奴隷です。経済も住処も運命も、すべて私が握っている。私がいなければ生きていくことすらもできぬ哀れな奴隷です。ですから、私に一生懸命、媚びるのでしょう」


 ミラを睨み返した冷たい視線が横にズレてジルの瞳を貫く。


 しかし、しっかりとタルトの瞳の奥を見つめ返して、

「ち、違います!」

 と、キッパリ否定するジルとは対照的に、彼女自身は真直ぐに彼の瞳を見ることができていなかった。


 タルトはジルを見ているようで全く見ることができていなかった。


 虚構ばかりを見つめて一人で罪悪感に溺れ、ジルからまともに感情を受け取ることを拒絶していたのだ。


 故に、今のタルトにジルの気持ちは通じない。


『ジル……媚びなくてもいいんですよ、捨てませんから。ジルが出て行きたいと願うまで、ここにいていいんですよ』


 タルトは言葉や態度に出さぬだけで、ここ最近、三人の様子がおかしい事には気が付いていた。


 そして、ジルを自分の元に向かわせるツイとミラを見て、二人が自分の恋を叶えるためにお節介を焼いているのだと考えたのだ。


 加えて、ジルの方もタルトのことを好いているわけではないが、そういうことにしておいた方が後々追い出されることがなくて便利そうだから、乗っかったのではないかと考えていた。


 要するに、素直に受け取ればいい情報を曲解して受け取った挙句に、誤解した情報を真実だと信じ込んでいたのだ。


 タルトは深呼吸をすると覚悟を決め、ジルの姿を見ないまま、優しさのつもりで口を開く。


「改めて言っておきます。ジルはただの奴隷です。生活力の乏しい私が、料理や掃除、洗濯を担う者を欲して買っただけの奴隷です。ただ、それだけの存在です。仕事さえこなせば、私の誕生日を祝う必要も、決められた以上の仕事をこなす必要も、医学を学ぶ必要もありません。私を好む必要もありません。ただ仕事だけをすればいいのです。そうすれば、未来永劫、家に置いて差し上げます。無駄な労力を使って私に好かれようとする必要は一切ありません。身の程をわきまえて勝手な行動は慎みなさい……迷惑です」


 本当はジルのことを奴隷扱いなどしたくない。


 本音を隠しこんで毒を吐く毎に心臓が蝕まれ、キリキリと痛んだ。


 冷たい瞳の奥は動揺して震え、泣いている。


 それでもタルトは表面上の態度を崩さず、キッパリと言い切った。


 予想以上の冷たい態度にツイが目を丸くして固まり、悔しそうに歯ぎしりをしたミラが唇をムニムニと動かして言葉を探し始める。


 途中から俯いてタルトの冷たい言葉を聞いていたジルが、勢いよくテーブルに握りこぶしを叩きつけた。


 数秒間の間に形成された静寂がゴンと鈍い音に支配されて机上に乗った食器が揺れた。


「俺の気も知らないで……」


 恨みの籠った低い声がボソッと怒りを紡ぐ。


 顔を上げ、キッとタルトを睨む灰色の瞳は潤んでおり、目の縁が真っ赤に腫れていた。


 そのままボロボロと大粒の涙を溢すと悔しそうに表情を歪め、強引に長袖で拭った。


「タルト様のバカ!! タルト様なんか、タルト様なんか、大っ嫌いだ!!」


 大声で啖呵を切ると階段を駆け上がって自室まで逃げ帰った。


 実は、バカも、嫌いも、ジルが吐くにしては随分と優しい暴言だ。


 本当は、もっと酷い言葉が胸の中にあって、傷つけられた以上に傷つけ返してやりたかったのだから。


 だが、基本的にボキャブラリーが優しいタルトには、その程度の暴言すらショックだったらしい。


 おまけに、「嫌い」という軽いようで重い言葉が鼓膜の中でこだまする。


「ジルが、ジルが私を嫌いって、大っ嫌いって……」


 タルトはパタリと倒れて気絶し、そのまま小一時間うなされる羽目となった

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