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クーデレさんは、こっそり元奴隷の青年を溺愛している  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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実らぬアプローチ

 その日以降もジルのアプローチは続いた。


 結果は惨敗だが、今までと違うこともある。


 それは、ツイとミラがジルに積極的に協力している事だ。

 ツイとミラはタルトのことを親のように思って大切にしているし、元奴隷仲間であり、タルトに救われた者として、ジルとの仲間意識が強い。


 また、二人の内ジルへの仲間意識は特にミラの方が強い。


 ツイは孤児院で奴隷に近い扱いを受けており苦痛を強いられる毎日だったが、実際に死にそうな目に遭うということは無かった。


 しかし、ミラの方はタルトの元に来るまではジルと同じように奴隷として炭鉱で過酷な労働を強いられ、気を抜けば本当に死んでしまうような環境に身を置いていた。


 同じ奴隷や購入者からの酷い苛めを必死に耐え抜き、ろくに食事をとれない日や全身が痣と擦り傷、キリ傷だらけでボロボロになることもあったが、それでもミラは必至に生きてきた。


 そうだというのに、体にガタがきて重い物を運べなくなってからは少女を玩具のように弄んで最後には殺してしまう変態の元へと売り飛ばされることが決まった。


 何一つ報われることのない死した人生がタルトに救われたことも、当初は彼女のことが嫌いでツイしか信用していなかったことも含めて、ジルとは妙に重なるところが多かったのだ。


 ミラにとってタルトは親でツイは恋人、ジルは弟分だ。


 患者さんの笑顔や真っ当な労働の喜び、金、休暇、お洒落。


 奴隷ではなくなった彼女には好きなものがたくさんできたが、その中でも特に好きな存在はタルトとツイだろう。


 特にタルトには幸せになってほしい。


 どこか自己犠牲的に見える彼女には自分自身を大切にして、とびきりの幸せを掴んで欲しいと思っていた。


 ジルは初めてタルトが自分だけの感情、意志で欲した人間だ。


 可愛い弟分であるジルの恋を叶えることがタルトの一番の幸せに繋がるのならば、これ以上に素晴らしいことも無いだろう。


 そんなわけでミラは二人の恋を叶えたいな、と強く思っていた。


 そしてもう一つ、ツイとミラがどうしても二人をくっつけたいのには訳があった。


 それは、目の前で繰り広げられる茶番がもどかしくて堪らないからだ。


 例えば、定期的にジルは昼食づくりをすっぽかして、それを口実にお食事デートに誘っており、


「タルト様、お弁当を作り忘れてしまった代わりに奢りますから、俺と一緒にお昼を食べに行きませんか?」


 と、明るく声をかけるのだが、


「いりません。昼食を忘れる程度、たいしたことではありませんよ。お金を使って詫びるほどの事ではありません。私は適当な物を買ってきますから、ジルも自分の好きなようにして昼食をとりなさい」


 と、バッサリ切り捨てられてしまう始末だ。


 その後も、


「でも、俺、タルト様と昼食をとりたくて。お詫びの意味はもちろんありますけど、良かったら一緒にご飯を食べませんか?」


 と食い下がるジルに、


「いりません」


 と、きっぱり断っていた。


 その姿は非常に冷たく、ジルもガックリと肩を落として引き下がったのだが、長年の付き合いがあるツイとミラにはタルトの、


『ああ! ジル、誘惑しないでください! ジルと一緒にご飯を食べたくない訳が無いでしょう! むしろ奢ってあげたい! 私はこの町に住んで長いですし、ジルが美味しいご飯を作ってくれるようになるまでは外食のプロでしたから、美味しいお肉のお店も、海鮮のお店も知っていますよ。豪快にお肉を齧って笑顔になるジルも見たいですが、甘いスイーツに心を溶かすジルもイイですね!! イイですね!!』


 という、鼻血を噴出した大興奮な心の声が聞こえてくる。


 思い切ってジルがタルトから直接、薬学や文字を習いたいと言い出した時も同じだ。


 やはりタルトはツイかミラから教われと冷たくあしらったが、心の中では大興奮で、


『手取り足取り教える秘密のレッスン!? 後ろからギュッと抱き着いて、正解したらご褒美を、間違えたら罰を……ああ! どちらにしろ私にとってはご褒美です!! じゃなかった。いけません! 駄目です、駄目です!! ジルの純粋な心をそんな下心満載に受け取って良い訳が無いでしょう!! 静まってください! 私!!』


 と、鼻息を荒くしながら葛藤していた。


 タルトはジルを愛しているが、ジルからの感情を『家族愛』や『敬愛』とみなしているので、決して自分の気持ちは伝えないし、手も出さない。


 必死でジルを遠ざけ、冷たくあしらっている。


 ジルが本当にすべきことは自分を好きになってもらうことではなく、自分がタルトに恋愛感情を持っているのだと理解してもらうことだ。


 そのためのアプローチでなければ、まるで意味がない。


 だが、もちろんジルはタルトの心など知らないので、誤ったアプローチと決して実ることのない努力を続け、その度に振られては落ち込んでいる。


 両片思いであり、付き合うまであと何秒? 三秒くらい? という状態であるのにもかかわらず、互いに微妙にすれ違っているせいで永久にくっつきそうにない。


 両方の想いを知った状態で二人のやり取りを見ているツイとミラにしてみれば、とにかくもどかしくて仕方がない。


 モタモタ言ってないでさっさとくっつけ! と怒鳴ってしまいたいところだが、実際にはそうもいかないので、ツイとミラはジルに協力するという形で毎日繰り広げられる茶番を終わらせようとしていた。


 今日もジルの間違ったアプローチにメスを入れ、軌道修正を計っている。


「ほら、ジル、早く『先生、大好きです!』って言いながら抱き着いてきなさいよ。先生喜ぶから」


 タルトへのアプローチに迷ってマゴマゴとしているジルに対し、ミラが早よ行け! と背中を押すのだが、それに対してツイはフルフルと首を横に振った。


「いや、それはこの間失敗していたから、やめた方が良いんじゃないかな? 『ふざけていないで持ち場に戻りなさい』って叱られてたし。可愛い系だと効果が薄いかも。ここは、セクシーな感じで強引にいってみるとか?」


「例えば?」


「『愛しています、タルト様』って囁きながら押し倒してキスをするとか」


「う~わ、肉食だわ。え? それ、スケベなことするの?」


「できそうだったら、積極的に」


 ツイは落ち着いた色合いの茶髪に四角い銀縁眼鏡、細身な体にそばかすと知的で大人しい容姿をしているが、内面は見た目ほど物静かではない。


 こと恋愛にかけては四人のうち誰よりも積極的な肉食系だ。


 釣り目に弧を描く唇と見た目も内面も気が強いわりに変なところが繊細で、恋愛にかけては四人の内で最も消極的なミラを、押して、押して手に入れたのもツイである。


 ミラは、そんなこと無い! と意地を張るが、ツイが見た目通りの消極的な男性だったら恋人になるまでに追加で一年から二年は多くかかっていただろう。


 羊の皮を被った狼は恋人になって早々にミラに手を出したし、付き合う以前から押し倒してみたり、きわどい場所にキスを落としてみたり、噛んでみたりと、やりたい放題だったのだ。


 そのため、ツイのアドバイスは割と本気である。


 まあ、容易に取るべきではない選択だとは思うが。


 嫌がられるか否か、ミラがどういう性格であるかを把握していたところも含めて、ツイは駆け引き上手だったのだろう。


 ミラは恋人以前も現在も結構ツイに遊ばれている。


 だが、ツイの手法は彼が恋愛に本気であり、かつ相手がミラだから成功したようなところもある。


 本当に実行をしたいのならば、ある程度の計算と観察が必要だ。


 やるなら一緒に作戦を練ってやるぞ? と、ツイがからかい半分の視線をジルに向ける。


 似たように揶揄い交じりの悪い笑みを浮かべて、

「ジル、ツイから犯罪まがいの危険な肉食獣のアプローチ方法が出たけれど、どうする? やってみる?」

 と、誘うミラにジルは真っ赤な顔でブンブンと首を振って拒否をした。


「駄目ですよ。出来ないですし、やっちゃだめですし。あ、でも、恋人になれたら……」


 ほわんと柔らかい表情になったジルがいつも通り口から妄想を垂れ流すのだが、押し倒してキスをした先まで想像しており、とてもお子様には聞かせられないことになっていた。


 どうあがいても十八禁待ったなしで、歩く官能小説と化している。


 ツイもミラも呆れている。


「ジル、むっつりなのかオープンなのか分からないわ」


「というか、先生の前でもこんな感じでいられたら話も早い気がするんだけれどな」


「それができないから私たちが協力してるんでしょうが」


 二人揃って苦笑いを浮かべていると、妄想から現実の世界に帰って来たジルが改めて二人の方へと向き直る。


「あ、そうだミラさん、ツイさん、もうすぐでタルト様のお誕生日ですよね。俺、できるだけ盛大に祝いたいですし、個人的にプレゼントを渡したいです。でも、あんまりタルト様の趣味に詳しくなくて、よければプレゼント選びを手伝ってほしいんですが」


 この言葉をきっかけに、ジルたちはタルトのプレゼントを買いに行くこととなった。

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