第?話【番外編】 Desert Eagle【うちよそ】
───廃屋。ターゲットの背後を取る為に空の弾倉を投げる。音に反応して一斉に背中を見せる間抜け達の後頭部3つを素早く撃ち抜いた。愛銃の咆哮はとても大きく、未だ残る多くの敵をこちらに引き付けることになる。だが問題はない。
私はターゲットである一人の男に接触する。両手両足を縛られ目も封じられたその男をここから連れ出すのが今回の依頼。男に施された戒めを全て解き、担ぎ上げる。同時に予め持ってきていたリモコンによる起爆式の爆弾を設置してから壁に耳を当てて音を聞く。
2、いや3人がこちらに向かっているようだ。反対側にも耳を当てれば足音は聞こえない。脱出に使えそうだ。扉を開けて進む。角にぶつかる度に様子を伺うと4つ目の角で敵の気配を感じたが、どうやら2人らしい。強行突破できそうだ。
「くそっ! やられた!」
「人質もいないぞ!」
「こっちだ!」
声が聞こえる。この様子では爆弾にはまだ気づいていないようだ。リモコンを手に取り、スイッチを押す。凄まじい爆音が反響して3人の断末魔のハーモニーを引き立たせる。汚い4重奏だ。
「今のは!?」
「急ぐぞ!」
これであの2人も碌な索敵もせずに突っ込んでくることだろう。簡単な仕事だ。ターゲットを下ろして銃を構える。同時に角から飛び出した二人の腹に一発ずつ。並の銃なら痛いで済むだろうが、生憎こっちは砂漠の鷲なんだ。自慢のマグナム弾が二人の身体を吹き飛ばし重傷を負わせる。呻き声が聞こえるが反撃するだけの余力は流石に無いようだ。当たり前か。
改めてターゲットを担ぎ上げて私はその場を離れる。出口から堂々と歩いて脱出し、近くにあった車にターゲットと一緒に乗り込んで作戦展開地域から離脱。無事、任務を完了した。
私はリリー、フリーの傭兵だ。どんな依頼でも達成することを信条に活動している。それこそ代理戦争だろうと要人護衛だろうと、先のような人命救助だろうとだ。
だが近頃は世界が平和になってきてるようで、そう言った仕事も随分減ってきてしまった。一人の人類としては喜ばしい出来事だが、それで職を失ってしまうのでは意味がない。そんな私に新しい働き口を紹介されたのは最近の話だ。
なんでも酒場を装っているだとか、実際に酒場ではあるだとか……なんだかよくわからない説明をされた私は実際にこの目で見てみることにしたのだ。『溺れる者は藁をもつかむ』というやつだろうか。我ながら恥ずかしい。
しかしその実態は決して悪いものではなかった。完全に保護された依頼主のプライバシーと完全前払い制による踏み倒し防止。依頼の失敗による損害はそのまま仲介業者が全額負担。もちろん仲介業者にもマージンが入ることでより円滑に需要と供給のバランスを保つ。
色々な所を見てきたがここまで好条件なのは珍しいものだ。私は早速依頼を受領して任務に出発した。最初の任務は『物資の運搬』だった。無論中身は検めない。だからあの木箱の中身がなんなのかは知らない。尤も興味も無い。弾薬か、死体か、はたまたドラッグか。どうでもいいことだ。一切の問題もなく任務を完了し、仲介人から信頼を得た私にはどんどんと依頼が舞い込んだ。
だが片っ端から引き受けるほど私だってお人好じゃない。ある程度絞って、しかし確実に任務をこなしてきた。今回もその一つ、というわけだ。
「あ、ありがとうございます……。こ、この御恩は必ず」
「無駄口を叩くな」
ターゲットがなにを勘違いしたのかベラベラと喋り始めたのが気に食わなくて、車を止めて銃を突きつける。
「ひぃ!?」
「私はビジネスでやっているんだ。お前の救出を頼んだ変わり者からの報酬を目当てに人を殺し、お前をこうして助け出した。それだけだ。金さえ貰えば私はお前だって殺す。コレに懲りたら、精々他のヤツに命を狙われないように生きるんだな」
ターゲットが黙り込んだのを確認して再び車を走らせる。そうさ、私は金の為に人を殺すヒトデナシだ。誰かに礼を言われるような立派な人間じゃない。銃を握り、引き金を引き、これで生きていくと決めたその日から。
私は|リリーでありながらリリーでなくなった《・》。
言うならば私は銃そのもの。デザートイーグルは私自身だ。私が引き金を引き、私がマグナム弾の火薬を叩き、私がマグナム弾を放ち、私が相手の人生を終わらせる。
私みたいなヤツは、恐れられることはあれど感謝されてはいけない。…………これでいいんだ。これで。
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依頼を達成させた報告をするために酒場に戻る。入るや否や、入り口で際どい服を着た女に抱き着かれた。
「リリーちゃ~ん! おかえりなさ~い!」
非常に酒臭いその唇を寄せられては突き放すしかない。軽い力で押し返しただけだが、女は過剰にのけ反ってバランスを崩しながら床に倒れ込む。
「痛ァい……ひどいじゃない……」
涙目で見上げられる。謝りそうになるが、冷静に思い返す。これはこの間もやった。お決まりのパターンというやつだ。もう騙されるものか。よく考えれば毎度この涙に負けて謝れば、勝ち誇ったような顔をして抱き着いてくるようなヤツだった。全て演技だと結論付けて、無反応を装って奥へ進む。後ろから女の甘ったるい声が聞こえるがすぐに他の男が声をかけて女もそれに答える。……やっぱり反応するだけ損らしい。
「調子よさそうじゃん、リリー?」
その声に振り向けば、仕事仲間(と言えるのだろうか?)であるカレン・スミスがいた。
「カレン・スミス……どうしてここに?」
「つれない事言わないの。私はあんたのライバルなのよ? あんたが行くところ、どこにだって立ちはだかってやるわ!」
あくまで私は仕事仲間だとおもっているのだが、彼女は私に対抗意識を燃やしているらしく何かと突っかかってくる。初めは何とも思っていなかったが、私に合わせて44マグナムに持ち替えた時は流石に驚いた。
元々リボルバーを使っていたとはいえ、その威力は他の追随を許さない程の曲者の銃だ。本来は狩猟用の副武装であり、人間相手に使う銃ではない。だからこその威力。そして、凄まじい威力には凄まじい反動が付きまとう。
しかし彼女は見事に使いこなして見せた。その正確な射撃はどんな獲物の命でも確実に奪うだろう。その早撃ちは必ず相手の先手を取れるだろう。彼女は私をライバルだと言っているが、私からすればライバルなんて言えない。仮に彼女に勝ってる点があるとしても、彼女が素晴らしい技術の持ち主であることには変わらないし、なにより同業者なのだ。協力こそすれ、競う理由などどこにも無いはず。
「カレン・スミス。何度も言うが、私たちは互いに競い合う存在ではないだろう? それに」
「ま~た始まった。リリー、言っとくけど、私はあんたが認めるまでずっと言い続けてやるつもりなんだからね? いい加減に諦めて認めちゃいなさいよ! 私達が永遠のライバルなんだって! っていうかいちいちフルネームで呼ぶのなんとかしなさいよ。『カレン』って呼んでよね。私だって『リリー』って呼んでるんだから」
「しかしだな……」
職業柄、過度な馴れ合いは禁物だと私は思っている。いつ敵同士になるかわからないのだから。で、あればこそ彼女を戦友と呼びたくないし、ファーストネームで呼ぶのも避けている。カレン・スミスとて日が浅いわけではあるまいに、なぜそのような姿勢なのだろうか。私には理解できない。
「言い訳しない! だからあんたは堅物だっていうのよ! この不器用石頭!」
「ぶ、不器用!?」
私は思わず大きな声で反発してしまい、周囲の注目を浴びてしまう。恥ずかしくなって咳払いを一つして、カレン・スミスと向かい合って椅子に座る。
「不器用とは聞き捨てならんぞカレン・スミス。どういう意味だ?」
「なによ急にムキになって。もしかして……! 図星だったりするの~? 心当たりがあったり?」
ニヤニヤと笑いながら口元を手で押さえ、可能な限り私をイラ立たせようとして多少オーバーに反応する彼女を相手に激情しても思うツボだ。そう思うと途端に悔しくなり、目を閉じて無反応を決め込む。
「あれれ~? 今度はダンマリ? それって~、肯定しているってことでいいわよねぇ~?」
瞼を閉じていても表情が目に浮かぶようだ。必死に冷静さを保とうとしている私と、そんな私を怒らせようと煽ってくる彼女の間に何者かが割って入る。
「リリーちゃん、カレンちゃん。喧嘩しないの。ほれ、これはサービスだ」
目を開けるとそこには、この酒場の店主でありながら様々な依頼を引き受け私たちに横流しする、みんなから『マスター』と呼ばれている男がいた。
「マスター……」
「リリーちゃん、そんなに怒らないでやってよ。カレンちゃんはね、リリーちゃんのことが大好きなだけなんだから」
「マスター!? 勝手な事言わないでよ! 好きとか、その、そういうんじゃなくて、ライバル! 私とリリーはただライバルってだけなの!」
「いや、だからライバルってわけじゃ……」
「もちろんわかっているよ。でも、好きなんでしょ? 嫌いな人ならわざわざライバル認定なんてしないもんね?」
「そうなのか?」
「違うってば!」
「まぁまぁ、これ食べて落ち着いてよ」
そう言ってマスターが勧めてきたのは、二膳の箸が添えられた煮豆だった。
「マスター? なんだこれは?」
「知り合いがくれたからね、サービスの煮豆さ」
「煮豆って……。こんなにかわいい女の子二人組に出す? 普通ぅ?」
「でもおいしいよ? 食べてみて」
私は箸を取り、早速食べてみることにした。……のだが。
「む」
「あれ? リリー、なにしてんの?」
「あ、いや」
「……もしかしてリリーちゃん、箸使えない?」
「そ、そんなワケないだろう!」
そうだ! 少しうまくいかなかっただけで、こんな豆一粒程度……!
しかし、無情にも私の持つ箸から何度も煮豆は逃げ出してしまい、いつまで経っても私は味を知ることができないままでいた。
「……ぶふっ」
「……あの、ごめんねぇ。まさかリリーちゃんが箸使えないとは思わなくて。あ、ちょっと待っててスプーン取ってくるから」
二人に嘲笑われ、思わず私もムキになって反抗する。
「は、箸が使えるから、何だと言うんだ! だいたい、こんな豆なんてものは指でつまんで食べればいいだけの話だ!」
怒鳴った後、皿に盛られた煮豆を一粒つまんで口の中に放り込む。うん、うまい。最初からこうすれば良かったのだ。
「えー……。リリー、女の子でそれは無いんじゃないの?」
「うん……。ちょっと品がないかなあ?」
「う、うるさいな! 食べ物位好きなように食べればいいだろう!? そんなに非難されるような筋合いはないぞ!?」
少しだけ恥ずかしくなって私は席を立とうとするが、それをカレン・スミスとマスターの二人に止められて、挙句に安っぽい言葉で宥められた。
人の事を言えた義理ではないが、ついさっき人を殺してきた者達の会話にしてはいささかアットホームすぎる。マスターとて無罪ではない。そもそもの殺人依頼を請け負っているのだから、間接的にとはいえ彼もまた人殺しと言えるだろう。
否、だからこそなのかもしれない。自分達が何をしているのか、その自覚があるからこそ、人間であろうとして必死になっているのかもしれない。この手が血で汚れ、この身体からは硝煙の匂いが途絶えず、この瞳はいくつもの死を映す。そんな『普通じゃない』自覚を振り払う為に、私達はこうやって笑っているのだろうか。
「さてと、リリーちゃん。君宛に依頼が来ているんだ」
会話が一区切りつくとマスターにそう切り出される。もう仕事の話か。
「まぁたぁ? マスターどういうことなのよ~? 私への指名よりもリリーの方が明らかに多いじゃないの~!」
それに対してカレン・スミスが反論する。確かに私への指名は非常に多い。だがカレン・スミスを指名する依頼とて決して少なくなどない。そんなとこまで対抗心を燃やすことはないと思うのだが……。
「リリーちゃんはいつも『正確に』『迅速に』『どんな内容でも』任務を完了してくれるじゃない? それこそランクを付けるならSランク級の仕事だよ。でもカレンちゃんは」
「私がなによ!?」
「あいやその、カレンちゃんはさ、まず『隠密任務』に向かないでしょ?」
「はあ? 何言ってるのよ! コソコソ隠れてなんかいたら私の相棒が泣くわ!」
「うん、そうね。で、『重要書類の奪取』とか『秘匿物資の運搬』も無理でしょ?」
「当然! そんなのわざわざ私がやるような仕事なんかじゃないもの!」
「うんうん。で、『破壊工作』や『人命救助』も嫌がるよね?」
「当たり前じゃない! 爆弾なんか私の趣味じゃないし、こんな汚れ仕事しか集まらないような場所に救助依頼するような豚野郎の命なんて助けてやるもんですか!」
「ね、そう言う所なんだよ」
……納得した。カレン・スミスは好き嫌いが激し過ぎるのだ。こういう所に向かないな。というかよく今までそれでやってこれたな。
「実際カレンちゃんの仕事の評価はかなり高いのよ。でも、引き受ける依頼が限定されちゃうとさ、やっぱり指名してくれる人も少ないのよね。だから、単体の仕事のランクとしてはS級なんだけど、その、総合的に言うと……B級位で……」
「B級!? せめてA級でしょ!?」
「いやだってこんなに食わず嫌いされちゃったら」
「なによそれもう! マスター! なんとかしなさいよぉ~!」
カレン・スミスが立ち上がり、マスターの首を絞めながら前後に揺する。頭をガクガクと振るわせてマスターの口から情けない声が漏れる。私が間に割って入りそれを止めさせると、カレン・スミスはわかりやすく膨れてそっぽを向いた。
「ゲッホゲホ……。ありがとうリリーちゃん」
「いや、それで依頼は?」
「ああ、そうそう。これが詳しい内容なんだ」
そう言うとマスターはどこから取り出したのか、一枚の依頼書を私に提示してきた。依頼の名前は……。
「『メアリー・スーの殺害』?」
「そう。依頼の内容は『暗殺』でも『排除』でもなく、『殺害』なんだ。つまり」
「『相手は大規模組織でも要人でもなく、一個人だと予想できる』か?」
「その通り。詳しいデータは裏面に書いてある。容姿も写真が添付されているから確認してくれ」
マスターに言われた通り私は依頼書を裏返して見る。ターゲットの暗号名はメアリー・スー。神出鬼没とあり、作戦展開地域の指定はかなり広い。写真も何枚かあるがどれも不鮮明で普通なら資料にはならない。
しかしその写真に写るメアリー・スーとやらは随分と奇天烈な見た目をしているようで、この不鮮明な出来の悪い資料でも十分役に立ってくれそうだ。
報酬金を見てみると……|ただの人間一人を殺すには《・》少々過剰な額が設定されていた。
「マスター、この報酬金は? なにかの間違いじゃないのか?」
「もちろん確認済だ。『それでいい』らしい。それだけ難易度が高いことが予想できるね。準備は入念にしていった方が良いだろう」
「……その言い方ではまるで私が引き受けるみたいじゃないか?」
「ダメ?」
特に落胆した様子もなくマスターが私を見る。私が何かを言うよりも早くカレン・スミスが口を挟んできた。
「リリー! あんたやらないつもりなら私に譲りなさい! 最高の依頼じゃないの! 腕が鳴るわ!」
カレン・スミスがそう言って目を輝かせながら身を乗り出して来る。だが私の答えは決まっていた。
「引き受けよう。支度準備金を」
「そう言ってくれると思ってたよ」
これを使ってくれ、と言いながらマスターが渡してきたのはこれまた過剰な大金だった。本来であれば弾薬の補給や事前の偵察等に必要になる経費分位しか渡されないはずなのに、今渡されたのは他の依頼の成功報酬金並だった。
「驚いたでしょ。これも依頼人の指示通りなんだよ」
「……相当の難易度の高さが予想できるな」
「その分やりがいもあるでしょ?」
「今時やりがいだけで労働者のモチベーションはあがらない」
「だからこその『金』ってこと。どうする? 辞めるなら今の内だよ?」
「いや、問題ない。早速出発するよ」
私は席を立ち、店の出口へ向かう。後ろからカレン・スミスがなにか捲し立てているようだが、あえてこれを無視した。出口付近で再び際どい服の女に絡まれそうになるが、先手を打って回避してそのまま店を出る。
バイクに跨り、後付けのナビゲーションシステムを起動して作戦展開地域付近を目的地に設定する。ヘルメットは被らずゴーグルだけを付けるとセルを回してギアを蹴り落とし、私は『メアリー・スーの殺害』へと向かった。
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対象地域に到着し、バイクを停める。サイドバッグから装備品や携行品を取り出して身に着け、捜索を始める。
見た感じは普通の繫華街と言ったところだろう。ネオンが怪しく煌めいて道行く者を誘惑し、そこら中で人々の声が行き交う。楽しそうに話す者、しつこくナンパしているバカ者、喧嘩口調で大声を張り上げ合う集団。さらには赤色灯を点灯させて激しい警告音を鳴らした何台もの車がすぐ脇を走り抜けていった。どうやら治安は良くなさそうだ。
しかし、こんな場所で対象の人間を一人だけ探すというのは随分骨が折れそうだ。それに、仮に見つけ出せたとしても、こんなに大勢の一般人がいる中で発砲はできない。誤射してしまうリスクがあまりにも高すぎる。
難易度の高さはこんなところにもあるのだろうかと、なんとなく考えながら街を歩いてみる。硝煙の匂いや血の匂いこそないが紫煙やら香水やらが混ざり合ったような異臭が鼻腔に侵入してきて、思わず私は顔を顰める。道を見下ろせば朽ち果てた売春宿かなにかの広告や煙草の空き箱が散らかり、足の置き場も無いほどだ。この街の道は様々なゴミによって構成され、未知の様相を保っているらしい。
頭の悪そうな服装に身を包んだ若者達も集団でいることにステイタスを感じているようで、群れを成して歩いてみたり座り込んでみたりしている。邪魔でしかない。そこら中の壁に施された前衛的なアートも彼ら彼女らの仕業だろうか。
備え付けられたゴミ箱からはゴミが溢れ、ゴミが辺りに散乱している。業者は、自治体は、回収しないのだろうか。それともそれが追い付かない程ゴミが出ているのだろうか。
ふと目を下ろせば、そこには乾いた吐瀉物が。慌てて足を別の場所に下ろす。すると今度はガムを踏んだらしい。最悪だ。
一目見ただけで最低だと分かるこの街のどこかにメアリー・スーはいる。早いとこ終わらせてこの街から出ていきたい。そう思っていた矢先、私は気付いた。
いつの間にか。本当にいつの間にか。|街から一切の人間が消えていた《・》。どれ程見回しても人っ子一人いない。ありえない。ほんの数秒前までは確かに声も聞こえていたし、肩もぶつかったし、匂いも、気配もあった。それがほんの一瞬の間に消えたのだ。
頭の中で警報が鳴る。即座にホルスターから銃を取り出して構える。周囲に、射程距離内に、その先に、注意を向けて、探す。
私の勘が正しければこれはターゲットの仕業だ。どんなトリックを使ったのかはわからないが、しかしそうとしか思えない。益々あの過剰な報酬金に納得がいく。
僅かな物音も聞き逃すまいと神経を研ぎ澄ませていた耳が笑い声を拾った。声の方向に身体を向けて銃を構える。それはさほど高くないビルの屋上にいた。
「初めてのお客さんね♡ オ・モ・テ・ナ・シしちゃうわよ♡」
戯言を言いながら飛び降りてくる。だが途中で布を広げて四肢で掴み、落下傘のように減速しながらこちらに近づいてきた。3m程の高さになったところで布を捨て、自由落下に切り替える。着地の勢いを前転で逃がして両手を地面について停止する。しばらくそのままの姿でいたが、突然顔を上げてこちらを見てきた。
「待たせたな。なんつって♡」
そのまま静かに立ち上がる。改めて向かい合うと、それは奇天烈な見た目だった。少女のような顔立ちと若さを感じさせる肌だが、服装も髪型も奇抜そのもの。挙句に素足だ。正気じゃない。…………いや、正気じゃないのはその顔を見ればわかる。気色の悪い笑みが貼り付けられたように、動くことも変わることもせずそこにあった。瞳にも生気は感じられない。正体がわからないが、只者ではなさそうだ。
しかし、私がやることは何も変わらない。銃を構え、狙いを定めながら問う。
「貴様がメアリー・スーか?」
しかし彼女の答えは違った。
「めありいすう? だれそれ? あ、電話かけてきて少しずつ近づいてくるストーカー女? それはメリーさんか」
「とぼけるな。貴様の殺害を依頼されて私はここに来た。本当のことを言え」
「あたしの名前は『Drug Star』よ。あたしのことが好きな人はみんな親しみをこめて『ドラスタ』って呼ぶわ。おねーさんもそう呼んで?」
「生憎私はそういう呼び方をしないようにしてるんだ。残念だったな、メアリー・スー」
「だぁから、メアリー・スーなんて名前じゃないってのにぃ……。ん? あー、そーゆーことね、完全に理解した。今読んできたんだけどそうね、メアリー・スーっていうのはあたしのことよ♡」
「やはりそうか」
本人確認も取れた。これで心置きなく引き金を引ける。宣言する。自身がこれから背負う罪を。
「ターゲットを肉眼で確認。排除する」
「おねーさん、その物騒な物を仕舞いなさい♡」
二回。砂漠の鷲が吠える。硝煙の匂いが辺りに立ち込め、空になった薬莢が地面に転がる。
が、しかし。
「そんなんじゃァ効かないよ……♡」
「……バカな!?」
そこには傷一つない姿のターゲットがいた。ありえない。.44MAGなんだぞ。血の一滴も出ないなんてことがあるのか? いや、それ以前に、こいつはなんだ? こちらの発砲に怯む様子がまるでなかった。それは効かないからか? それともなにか別の理由が? わからない。
動揺を隠すように引き金を引く。心臓、頭、足、肩、肝臓、鳩尾。それぞれ撃つが、どれにも一切の反応がない。少しずつ後退しながら弾倉交換し、構え直す。しかしメアリー・スーは全く怯むことなく、一歩ずつこちらに近づいてくる。
「そんなモノで私のハートを射抜こうって? 無理無理♡ 品の無いエモノじゃ私はヤレないよんっ!」
一度距離を取るためにスモークグレネードを足下に投げて物陰に隠れ、姿を隠す。やつは気付いていてわざとやっているのかそれとも本当に気付いていないのか、そのまま私の脇を通り過ぎて歩いていった。
───怖い。認めよう。私は今恐怖を感じている。だが、無理もないだろう? 私は今まで様々な任務をこなして来た。だから、こんな風に『撃っても死なない相手』というのは、別に初めてじゃない。しかし今まで相手にしてきた奴らは、少なくとも傷はついていた。即死でなくても風穴が、風穴が空かなくても出血が、出血がなくても痣が。私の攻撃は通用していると教えてくれた。だからバレルを変えてみたり爆弾で吹き飛ばしてみたりと違うアプローチからなる一手を考え、実行できた。
それがどうだ。文字通り傷一つ出来てないじゃないか。こんな奴、どう殺せばいい? いや、そもそもこんな奴を殺せるのか?
わからない。わからないからこそ恐ろしい。だがこの恐怖に打ち勝たなければ任務は達成できない。そればかりか生還することも難しくなるだろう。
どうあってもヤツは殺さなければならない。なにかあるはずだ。なにか方法を「見ィつけたっ♡」
な!? いつからそこに「今さっき」いたんだ!?
な、んだこの奇妙な感覚は!? こいつは私の思考を読んでいる「文字通りね♡」とでも言うのか!?
「あんたの過去が知りたくて作品読もうと思ったんだけど特に公開されてないみたいねぇ……。でも、生みの親からは随分愛されてるみたいじゃなぁい? いっぱいイラストみつけたわん♡ いいわね~色んな服着せて貰ってさぁ。あたしなんて年がら年中キャットスーツよぉ? ここみたいな摩天楼の冬にこの恰好はやっぱり寒いのよねぇ~! せめてストール欲しいわ~」
平然と語り続ける目の前の怪物に、私は完全に委縮してしまっていた。銃を構えることも忘れて口から言葉が飛び出す。
「っ……! 化け物め! 何故死なないんだ!」
「あぁん? そりゃああんた、あたしがこの世界の主人公だからよぉ? 主人公が死なないなんて当たり前じゃないの♡」
そう言ってヤツは懐から何かを取り出した。……缶のようだ。あれは一体? しかし開栓された途端に周囲に悪臭が満ちる。私は思わず腕で鼻を塞ぐが、同時にその開栓された缶の中身が気になり始めた。なにかの薬品の可能性も考えられる。となれば、私にかけるためか? ヤツの手元に警戒を集中させると、すぐに杞憂だったことがわかった。
どうやら缶の中身は飲めるもののようだ。ならば特に問題はない。奴が口を開けている今、その口の中に鉛玉をねじ込んでやればいいだけ……いや、違う! あれを飲ませてはいけない! 何故かはわからない。理屈もなにもないが、強いて言うなら長年死線の中に身を置いた故に培われた勘が、ヤツにアレを飲ませることは危険だと判断させる。
私は咄嗟に銃を構えて缶を撃ち抜いた。ヤツの手から缶が弾かれ、辺りに液体と悪臭を撒き散らして缶が宙を舞う。液体の正体は判別できないがこのタイミングでただの水分補給とも思えない。あれは恐らくなんらかのドーピング効果がある物なのだろうと思うが……わからない。全てはヤツの反応次第だ。どう出る?
「あ~あ。何すんのよ、落としちゃったじゃないの。勿体無い」
私は目を疑った。ヤツはこともあろうに地面を舐め始めたのだ。正確には地面に撒き散らされた液体をだ。汚らしい水音を立てて、四つん這いになって、醜悪な笑みを浮かべて。
「っ!」
私はその笑顔に向けて発砲した。何発も、何発も、何発も───! だが、やはり通じない。何がいけないのか、全く効いていない。恐怖が加速してどうしたらいいのかわからなくなる。気がつけば私は何回も弾倉を交換しては引き金を引いていた。それでも殺せないのは十分すぎるほどわかってはいるのだが、身体が勝手に、と言う他ない。
しかし当たり前の様に無傷のままヤツは立ち上がった。まるで何事もなかったかのように。私に至近距離で向かい合い、口に入った砂利を吐き出すと、身体を反らして大きく息を吸い込んだ。
蛇に睨まれた蛙のように動くことが出来ないでいる私に頭突きをするように顔を近づけて咆哮を浴びせてきた。不気味であり、人の神経を逆撫でするようなソレを受けて私の全身に鳥肌が立った。さらに奇天烈なポーズを決めて何事か喚く。
私の耳にはこう聞こえた。『ヒーロータイム』と。
「いくっちゃよぉ~♡ イヤァオ!」
ヤツが飛び掛かってくる! 銃は効かない。迎撃は不可能。絶望的な状況に私の思考が停止して頭の中が真っ白になる。ただ、私が死を覚悟すること自体は別に初めてではない。これまでも何度か絶望的な状況に追い込まれたことがある。しかしそれらを全て乗り越えたからこそ、私は今ここにいる。そしてそんな逆境を跳ねのけるのはいつだって恐怖心だった。
飛び掛かってきたヤツの腹に、ナイフが突き刺さる。敵に超至近距離への接近を許してしまった際に、無意識に手が動くように訓練していたからだ。そしてどうやらそれが良かったようだ。此処へきて初めて、ヤツにダメージを与えることに成功した。
「わおっ! ナイフでグサッととは考えたわね! 確かにマカロニも工藤ちゃんも凱もナイフで死んでるしね! 主人公殺しの戦法としては悪くないわよ♡」
ヤツはナイフを握る私の左手を掴んで喋る。刺さってはいるがダメージがあるようには見えない。刺した場所は本来なら肝臓があり、激痛でのたうち回るか息を詰まらせて蹲るかの二択のはずだ。にも拘わらず、当の本人はこうもベラベラ喋っている。そもそもがデザートイーグルで無傷なのだ。ナイフなら傷を付けられる、というのが既に理屈として通らない。
「楽しくなってきたわねぇ、リリーちゃあん…………♡」
名前を呼ばれた。だが待て、私は教えていないぞ?!
「貴様っ、どこで私の名前を!?」
「さっき言ったじゃん、『読んだ』って。詳しいプロフィールも知ってるわ。名前はリリーで綴りはLilyの20代の180cmガール。性格は真面目で少し不器用。ライバルはカレン・スミス。体重は」
つらつらとヤツの口から語られる私の情報はどれも正確だった。恐ろしくなって手を動かす。刺したナイフを捩じって引き抜いた後ナイフを投げて逆手持ちに変え、滑るように首を斬る。ヤツの首が落ちそうになるが、ヤツ自身の両手が頭を支えて元の位置に戻す。すると傷口はみるみる塞がってしまう。こいつはなんなんだ。ゾンビか? アンデッドか? だが、どうやら刃物なら通用するようだ。尤も普通なら致命傷に至るダメージを与えても即座に回復されてしまったが。
しかし絶望的なこの状況で見えた光。今は縋るしかない!
デザートイーグルをホルスターに納めてナイフファイト用の構えを取る。銃よりは得意ではないが……! 落ち着いてヤツを観察し、隙を探す。が、見つからない。正確に言えばどこからどう見ても隙だらけ。だからこそ、どれが本当の隙なのかがわからなくなる。私が攻めあぐねていると奇声を発してヤツが再び飛び掛かって来た。咄嗟に後ろに跳び退き、左手にナイフを構えたままホルスターから銃を取り出して発砲してしまった。そう、無意識だった。やってしまった。後悔してももう遅い。私は背中でアスファルトの衝撃を受けながら前方から来る未知の脅威に怯え、目を閉じた。
が、どうやらそうはいかないようだ。
「ぬふぁああああああああんっ!」
目を開けるとそこには、身体に大きな風穴を開けて後方へ吹き飛ぶヤツの姿があった───! 間違いなく先程までは効いていなかったのに、今、このタイミングで、突然通用するようになった。
原因がまるでわからない。不気味すぎる。
原因が分かれば、原理が分かれば、思考のしようもある。戦略の立てようもある。だがこうも常識が通じない相手では。これまで自分の中で積み上げてきたものが片っ端から音を立てて崩れていく。逃げたい。今すぐ背を向けて投げ出したい。プライドなど捨てる。死にたくない。関わりたくない。心の中が負の感情でいっぱいになり、頭の中は真っ白だ。
だが、背を向ければ、間違いなく殺される。それだけはわかっていた。だから逃げない。逃げられない。
恐怖を噛み殺して立ち上がり、銃とナイフを同時に構えたまま摺り足でヤツに近づいていく。身体に空いた風穴からは血の一滴も出ていない。内臓も骨も見えない。だが機械でもなさそうだ。ピクリとも動かないその身体に最大限の警戒をしつつも接近する。トリガーには指をかけ、ナイフを握る左手に力が入る。しかし肩はリラックスさせて。目は一点を注視するのではなく、全体をボヤッと視界に入れて。
しかし私はヤツを見失った。この近距離、この警戒状態で。瞬きをした一瞬の間にヤツはきえてしまった。
慌てて周りを見渡す。明らかに冷静さを欠いているのはわかっている。だがこの状況だ。制御などできない。焦る私の背後から両手が伸びてきた。それは私の両側頭部を掠めるとそのまま曲がり、私自身を捕らえようとする。逃れようとしたがもう遅い。私は背後から抱きしめられるようにして身体の自由を奪われた。
「痛いじゃないのサ……♡ ま、それでも死なないんだけどね、あたしは」
ふぅ、と耳に息を吹きかけられて鳥肌が立つ。あまりの恐怖に私は声を失い、喋ることも叫ぶこともできなかった。ただ釣り上げられた魚の様に口をパクパクさせて、気持ちの悪い汗を額や背中に感じるのが関の山。
「おいおい……美少女のおっぱいを背中で感じられるんだぜぇ~? もっとなんかリアクションないのかよ? 『あ、当たってるって!』とかサ。『当ててんのよ』って言いたかったのに……♡」
「き……貴様はなんなんだ……!?」
やっと発した言葉はあまりに稚拙で粗末。頭に浮かんだ単語がそのまま口から出てきただけ。
「さっき言ったじゃん? あたしは主人公なのよ。名前はドラッグスター。アニメだろうが映画だろうがネット小説だろうが主人公って絶対死なないでしょ? なんか色んな小賢しい理由つけてサ♡ 『コレコレこーゆー理屈の自己再生能力がある』とか『重傷だったが奇跡的に一命をとりとめた』とか『なんらかの理由で相手に見逃してもらったり』とか。そーゆーのあたし嫌いなのよ。確かにクライマックスでもなんでもないとこで主人公を死なせたら物語は破綻してしまうわ。でもその理由があまりに不公平じゃない? モブキャラと主人公のその精子、間違った、生死の境ってなに? 結局のところ『主人公かどうか』でしかないじゃない? だったらあたしは『主人公だから』という理由で死ななんでやろうと思ってね。あたしが主人公であるうちは意地でも死なないわ。というか、死ねない♡ あたしを殺したかったらあたしから主人公の座を奪ってみなさい! ってね♡」
……なにを言ってるのかまるで理解ができない。薬物中毒患者特有のトリップ状態だとは思うが、それにしてもわけがわからない。そんな理屈で人が死なないのならみんな主人公になりたがる。私だってなりたい。鍛えなくとも、思考せずとも、警戒せずとも、殺されようとも、生き続けることができるのならそんなに素晴らしいことはない。世界平和だって夢じゃないかもしれない。だが、現実は違う。殺されれば死ぬし、警戒しなければ死ぬ、思考しなければ死に、鍛えなくては死んでしまう。だからみんな抗うのだ。
「さて、もし降参するって言ってもあたしはあんたを殺すつもりよ。あたしにとってあんたは殺してもいい条件が揃った獲物だし♡ ただまぁ、このまま一瞬で終わらせてあげる。あたしは優しいからね……♡ どうする? 悪足搔きしてみる?」
首に回された腕から力が抜かれる。脱出できそうだ。が、したところで勝てるのか? 無残に、無様に、蹂躙されて、それで終わりなのではないか? ならばいっそ……。
いや、私はリリー。デザートイーグルの化身。例え今日ここで死ぬとしても、私は戦いの果てに死ぬ。力及ばずとも最期まで足掻いてやる。恐れるな。立ち向かえ。銃弾尽きてもナイフが折れぬ限り勝機はあるはず。
───覚悟は完了した。
ヤツの鳩尾に肘を入れて距離を作り、前転しながら両足を使って顎を蹴り上げる。ヤツがバランスを崩して後ろに倒れるのを見て身体を反転させて構え直す。
「これが私の答えだ、メアリー・スー……いや、ドラッグスター!」
もう恐れはしない。生きてる者は必ず殺せる。それを探り続ける。諦めはしない。私は必ず生還してみせる……!
「ヒヒッ! 楽しめそうじゃん? いいねえいいねえ……!」
DSの笑みがより一層凶悪さを増したように見える。先程までの私だったら戦意を失っていたかもしれないが、生憎今の私には通用しない。
改めてDSを観察する。ふらふらと千鳥足のままこっちに接近してきているが、油断はできない。目に映ってるだけがヤツの全てではないのは学習済みだ。最大限に警戒しつつ引き金を引くとヤツは消えた。もうわかってる。こういう時は……!
「そこっ!」
振り向きながら左に逆手持ちしたナイフを振り抜く。……手応えアリ!
「わおっ!」
首に真横一文字の傷を作ったDSの身体に照準を合わせて引き金を引く。左胸に風穴が空いて盛大に吹き飛び、近くにあった何かの店に突っ込んでいった。ガラスの割れる音と棚が倒れて中身が散乱しているような音が聞こえる。
左手のナイフを仕舞いライトを取り出してから、追い打ちをかける為に店に入り索敵を行う。ライトを照らす先に銃口を向けて慎重に足を進める。自分の靴がガラスを踏んで割れる音と自分の呼吸だけが聞こえ、店の中は静寂に包まれている。緊張が高まり心音が激しくなる。微かな気配も逃さないように、視界に入ってくる商品や棚の合間に意識を集中させていく。
ふと、気付く。先程から視界に入る商品の数々。……全て武器だ。サバイバルナイフ、弾薬、爆薬、罠、拳銃……嫌な予感がする。
背後に殺気を感じる───!
「死ねやぁ!」
暗闇から飛び出したDSが右手にはサバイバルナイフ、左手にはツイストダガーをそれぞれ逆手に持ち、突き刺そうと襲い掛かってくる。デザートイーグルの照準を合わせて撃つと、ヤツの身体に風穴は空かずに後ろに吹き飛びながら今度は店から飛び出す。入った時とは違う窓ガラスを割りながらアスファルトへと転がったDSの方へ視線を走らせ追撃の発砲をしながら私も外へ出る。ライトをポーチに収納、弾倉交換をして再び構え直す。距離は取り過ぎず、約5m程を維持しながら円を描くように摺り足で移動する。半身で横たわるDSの頭の方へと移動して頭頂部に照準を合わせる。
が、またしても瞬きした間に移動される。今度は正面。DSのナイフが届く距離に近づかれてしまった。右に順手で持たれたサバイバルナイフの切っ先が喉に来るのを読み、左肩で顎を隠すようにガードする。左腕が首の代わりに斬られるが、アドレナリンのおかげで激しい痛みは感じない。即座に反撃の発砲。DSの右頬を掠る。が、やはり決定打には及ばない。
DSがツイストダガーを順手持ちに変えたのが視界の端に映る。そのままレバーブローの様な形で刺しに来る。先手を取って右肘を顳顬に叩きつける。左手も添えたのだから威力は十分だろう。DSの歯の間から笑い声が漏れるのが聞こえたが、十分効果はあったようでツイストダガーは私に刺さっていなかった。しかし悪足搔きの様に振り抜かれたサバイバルナイフが私の右前腕を浅くだが斬り付ける。バランスを崩したDSに左肩でタックルを打ち込み、再び距離を十分なものにする。胸に一発と反動を利用して頭に一発、撃つ。だがやはり消えた。背後か? ───いや、今度は!
「ヒィヤオッ!」
眼下! 私の足下からDSの足が伸びてくる。おそらく逆立ちのような形で蹴り上げているのだろう。顎先を掠めた踵を見て、そう判断する。蹴り足を地面に着けると今度は突貫してくる。私は左方向へ飛び込みながら丹田付近を狙って三発撃つ。当たればラッキー程度だ。どうやら二発当たったようだ。右太股と右脇腹に出血を認めた。DSが振り返る。左胸を狙って一発。だが予想通り消えて躱される。そしてこの展開だと次の出現場所は。
「そこだ!」
上空に身体を丸めたDSがいた。この弾倉最後の二発を撃つ。右脛と右胸に当たったようだ。出血の様子が激しくなってきた。……最初に比べて明らかに効いてきている! これならば!
「まぁだまだよ!」
DSの目がこれまで以上に激しく殺意の光を灯す。確かに効いているはずだが、しかし本来なら身体が吹き飛ぶ筈の弾を受けて出血で済んでいるのだ。どうやら私は感覚が麻痺していたらしいと、どこか他人事のように判断した。
上から覆いかぶさる様に襲い掛かられる。右は順手のサバイバルナイフ。左は逆手のツイストダガー。私の手には残弾ゼロの拳銃。万事休す───!
<img src="/storage/image/3co4BEUCs1GyWmj6opIc5w9Mohjdt4QM46ycFgpA.jpeg" alt="3co4BEUCs1GyWmj6opIc5w9Mohjdt4QM46ycFgpA.jpeg">
その時。一発の銃声が響き、DSが真横に吹っ飛んだ。私は地面に尻もちを着く形で座り込んでしまい、困惑しながらもDSが吹っ飛ばされた方向へ目をやると、まるで干されたシーツの様にガードレールに絡まっていた。
「なーにみっともない戦い方してんのよ、リリー」
聞き覚えのある、いや、よく知っている声。振り向くとそこには──────カレン・スミスが立っていた。
「カレン・スミス!? なぜここに!?」
狼狽する私に手を差し伸べて、カレン・スミスは笑いながら答える。
「言ったでしょ? 『あんたが行くところ、どこにだって立ちはだかってやる』って。忘れたなんて言わせないわよ?」
違う。私が聞きたいのはそんなことじゃない。差し出された手を払って私は問い詰める。
「カレン・スミス! 貴様だって知らないはずないだろう!? 『御法度』を!?」
「『既に現地入りしている者の助っ人に勝手に入ってはならない。仮に入った場合は除籍とし、今後一切取引はしない』でしょ? あの店唯一の規則位ちゃあんと把握しているわ」
「ならどうして!?」
「マスターに聞きだしたの。教えなさいって。最初は渋ってたけど、最後は善意で教えてくれたわ」
「バカな! 彼はそんなに口の軽い男じゃない!」
「もちろん、交渉人に立ち会ってもらったケド」
カレン・スミスは右手に持った愛銃にキスをしてはにかむ。
「なんてことを……」
「でも、どうでもいいの」
「なにが!?」
「どの道、私はあの店向いてなかったし」
そう言ってカレン・スミスは再び私に手を差し伸べる。その表情はとても明るい笑顔だった。
「私はあんたの、リリーのライバルなの。だからどの店とか、どんな仕事とか関係ないし些細な事。それに知ってた? アニメや漫画の主人とライバルって、時には共闘するもんなのよ? どう? このままあのへんてこりんに殺される? それとも私と共闘する?」
彼女の顔を見て、言葉を聞いて、想いを知って。いつの間にか疑念も怒りもなくなっていた。ここで共闘すれば私も同罪になるんだろうか。
…………いや、そんなのは些細な事だな。
「手を貸してくれ」
彼女の手を掴み、立ち上がらせてもらう。彼女がDSに照準を合わせている背中に隠れて弾倉交換を行い、横並びに立って構える。
「その気になったみたいね、リリー」
「ああ。背中を任せたぞ、カレン」
意識せず、自分の口角が上がるのがわかった。視界の端で同じく微笑むカレンの顔が見える。実に頼もしい。そうか。これがライバル、というものか。実にいいものだな。
「おいおいおい! なんだよそれカッケーな! お二人さん、物っ凄い主人公してんじゃん!」
立ち上がってナイフを振りかざしながら喚くDSに私達の弾丸が同時に当たると。
これまでの経緯が嘘の様にDSの頭と左胸が吹き飛び、辺り一面血の海と化した。
「え?」
「は?」
二人の声が重なり、肩越しに目が合う。
「なにこれ。めちゃくちゃあっけないじゃない。え、ちょ、リリー!? あなたコレに苦戦していたの!?」
「な、え、やっ、私だって驚いてる! さっきまではこんなんじゃなかった! 撃っても撃っても死なない、というか効いてる様子がなかったんだ!」
「嘘おっしゃい! 現にバラバラに吹っ飛んでるじゃない! ミンチよりもひどく! 私めっちゃカッコつけて駆けつけたのにこれじゃあんまりよ!」
「カッコつけたのはお前の勝手だろう!? 大体、ホントにあんなのが相手だったら私が苦戦するはずないこと位、いくら貴様でもわかるだろう!?」
「あっカッチーン……! そーゆー言い方するんだぁ……! 『でも』ってなによ『でも』って! リリーが不器用で下手くそだったからまともに殺せなかっただけなんじゃないの!?」
「ぶ、ぶぶぶぶ不器用っ!? 聞き捨てならんぞカレン! 撤回しろ! 今すぐに!」
「うっさい! この不器用鉄面皮!」
「許さん! そこに直れ!」
私達が互いに銃を収納し、胸倉を掴み合い、殴り合おうとした正にその時、どこからか拍手が聞こえてきた。
「やあやあ、素晴らしい。まさか本当にアイツを殺してしまうとは……。流石はあの方の子供たち……」
私達の目の前に、男がいた。一体いつからそこにいたのか。だが一番奇妙なのは私にはこの男が何者なのか見えないということだ。黒いモヤの様な物に包まれているため、聞こえる声や薄っすらと見える影からおそらく男なのだろうという判断しかできない。
「誰よ、あんた。ってかなによその変なモヤ。カッコよくないわよ、取りなさい」
……どうやらカレンも同じらしい。殺意や敵意は感じられない。しかしその口ぶりはDSの事を知っているようだ。無関係の他人ということでもなさそうだが。
「私の正体は、あえて言いません。出たがりだと思われるのもシャクですし。でもまあ、直前のお話がヒントですね。あそこで起きたことが今回のこの一件ともつながっているんですよ」
直前? お話? 何を言っている?
「私は愚かにも彼女と言葉を交わそうと考えてしまった。そして、実際に邂逅した。それだけじゃなく、世界の境界とも言える鏡も割って……。いやはや、お恥ずかしい。おかげでお二方にもご迷惑をお掛けしてしまいました」
カレンが一歩進み、少しだけ声に怒気を含ませた。
「あんたさっきから何言ってんの? わかるように説明しなさい。でないと」
そう言って愛銃を構える。撃鉄に指を掛け、静かに起こした。本気だ……。
「わー! わー! 待った待った! 撃たないで! 俺はアイツとワケ違って撃たれたら死んじゃうんだから!」
「だったらごちゃごちゃ言ってないで早いとこ説明しなさいよ。あんたが何者なのか、そこの死体は何者なのか。ってかさっきあんたは何をベラベラ喋ってたのか」
「わーった! わーった! ったく、顔かわいくておっぱいも大きいのに性格に難ありかよ」
小さく、バレない様に言ったつもりだろうが、私の耳にも届いたその余計な一言にカレンが引き金を引く。尤も照準をずらしておいたようだが。
「ひえっ!」
「今のが最後の警告。次は当てる」
冷たい声が静かな街に響くと、男は平謝りして説明を始めた。
男が言うにはこうだ。私達のいる世界とは別にいくつもの世界が存在し、その中の一つと融合してしまっていたせいでDSのような化け物が私達の前に現れることになった。しかもDSには、存在するだけでその世界を支配し、自身にとって都合のいいような世界に創り変えてしまう性質がある。だから世界を元に戻すにはDSを殺す他なかった。ただし、DSを殺せるのはその世界で本来の主人公を務めていた者だけ。それが私だったのだと。そしてDSを殺す方法は、ヤツ自身に他の主人公の存在を教えること。主人公とは常に唯一人。故に他に主人公がいた場合、DSは主人公でなくなり、簡単に殺せるようになる。逆にDS自身に主人公である自覚がある以上は絶対に殺せず、なにがあっても再生、復活して立ち向かってくると。
思い当たる節もあったことで納得せざるをえなかったが、しかしそんなバカげた話があってもいいのだろうか。それでは私達は、まるで物語に囚われた操り人形だ。いや、私達は確かにここにいる。生きている。誰の意志でもなく、自分の意志で。しかし……。
「話長いしツマンナイしで半分以上聞いてなかったけどさ、要するに。リリーがその主人公だからあのイカレポンチを殺せて、おかげで世界は救われたってわけ?」
「う、うん。まあそんなところですね」
「主人公が私じゃないっての。全然納得できないんですけど?」
「いや、それは俺に言われましても」
カレンがわかりやすく膨れてるのを無視して私は疑問を男にぶつける。
「それで? 私達はどうなる? 元の世界に戻るとは具体的に何をすればいい?」
「あ、それに関しては心配いりません。もう始まってますから」
「……? それはどういう意味だ?」
「すぐわかりますよ」
直後、凄まじい地震に見舞われる。街のビルは崩れ、空には雷鳴が鳴り響き、大地が割れる。私もカレンも叫びながら必死に抗おうとするが、どうにもできない。
「それでは、お気を付けてお帰りください。それと、あなた方の生みの親であるあの方へ、くれぐれもよろしくお伝えくださいませ」
その男の声を最後に、もう私には何も見えず、聞こえず。なにも感じられなくなっていた。
そして、意識を失った。
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ふむ。やはりコイツを殺すにはこの方法しかないか。と、なると私の手で殺すには……。
あくまでもこれはテスト。故にリセットされ、ヤツは再び蘇る。
それに、欠けた物語は埋められなくては。正当な7話を用意する必要があるな。だが、影響は受けることになるだろう。言わばミッシングリンク。一種の既視感と言うべきか。
さて、この物語をお読みになってるそこの読者諸兄には、今回のお話は大ヒントとなったはず。
是非ともこの物語の最後を予想して頂きたい。
では、私はこの辺で。
尤も、もうここであなた方とお会いするのは、これが最後になるかと思いますが。
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スペシャルサンクス
キャラクター提供:太極劍さん(https://twitter.com/taikyokuturugi)