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Drug Star  作者: 赤羽学
3/15

第3話 Lonely Man

 俺はしがない私立探偵。この町で生まれ、この町で育ち、この町を飛び出した。だが、なぁんでか舞い戻って来ちまった。これまでの経験を活かして始めた探偵がどうやら俺の性分に合ったらしく、いつの間にか随分と長い事この町で探偵をやっている。名前? いいよそんなモン覚えなくて。俺の主義としてね、『仕事で関わらない相手に名前は教えない』ってのと『金で仕事を選ばない』っちゅーのがあるんだコレが。

 まぁそんなわけで、あんた()には『探偵』って覚えておいてもらいたいね。……そこのあんただぞ?


 はてさて、あんたにしてみればワケがわからないことだろう。直前の()お話から随分と空気変わっちまって、いやさ登場人物まで変わっちまってるっつーんだから。まぁ聞いてちょうだいな。これにはワケがあるんだな。




━━━━━━━━━━━━━━━




 それはいつもの日常だと思ってたある昼下がり。日曜なのいいことに眠りっぱなしだった俺を叩き起こす素敵な来客の知らせが俺をハーレムから追い出した。さっきまでボインな美女がいた筈の腰の上に居座ってる愛用のイルカちゃんの抱き枕が、俺が現実に戻って来たことを教えてきた。良い夢に限ってオイシイとこはおあずけなのよ。

 本来ならパンツ一丁で出るわけにもいかないが、あんまりうるさいのと巨乳美女を逃したイラ立ちから俺はそのまんまの恰好で玄関を開けてやった。


「はいはい。こちらチリ紙交換ですが?」

「チリ紙交換? ここは探偵事務所ではないの?」

「どうやってウチのことを?」

「このビラを見たのよ」

「あんたね。だったらわかるんじゃないの?文字が読めないわけじゃないだろ?」

「失礼ね。確かに私の肌の色はこの国では珍しいけど、私はこの国の人間よ」

「あらそう、それは素晴らしい。ならねちゃんと読みなさいな」

「日曜定休とは書いてなかったわ」

「先に電話を入れろと書いてあるだろう?ほら、これ。ココに」

「でも住所も書いてあるわ。要予約とは書いてないもの」

「さてはあんた見た目通りの世間知らずのお嬢様ってわけだな? いいかい? 『電話受付しております』としか書いてないんだから電話かけるのが筋ってもんでしょうが。住所はね。来て欲しいから書いてあるんじゃないの。所在もわからないような私立探偵をあんた信頼できるのかい?」

「あら、それは失礼したわね」

「そうだろう。わかったら出直してくださいな」

「でも折角来たんだもの。お茶の一杯でも呼ばれて行きたいわ」

「図々しさもここまでくれば清々しいねこりゃ。招かれざる客に振舞うモンなんて無いの。それにね、俺は『日曜は働かず惰眠を貪る』主義なの。ね? わかるかい? あんたはソレを妨害する権利も文句言う権利も無いの。依頼なら明日また聞いてあげるから。ね、今日は帰んなさい」

「ダメよ。私には時間が無いの。なんとしても今日、話を聞いてもらうわ」

「あんたね……」

「私のたった一人の家族である弟が何者かに誘拐されたの。先週のことよ。一昨日にはこんなものが送られてきたわ」

「……『ケジメだ。恨むな。諦めろ。』ね。……これまた随分と面倒そうなもの持ち込んでくれたな」

「警察にも言ったんだけど、相手にされなかったわ」

「そらおかしいな。いくら税金ドロボーだからってそうまで明け透けってこともないだろうに」

「余程私の肌の色が気に食わないのね」

「……嫌な事聞いちまった」

「事実よ。私たちはそうやって生きてきた」

「そら随分」

「頼めるわよね? 弟の救出」

「言ったろう? 俺は」

「ここまで話を聞いておいて知らんぷり? 酷いのね」

「あんたが勝手に話し始めたんだろう。知らないよ」

「お金はなんとかするわ」

「俺はね、金じゃ動かんの。いくら積まれたって断る時は断る。内容で決めるんだ」

「あら? それじゃ動いてくれなきゃ嘘だわ。これだけの大きな理由よ?」

「なにも依頼者に同情したら受けるとは言ってないだろう? 話の内容からして相当ヤバイと見た。関わらない方が吉だね。それに『ケジメ』ってことはあんたの素敵な弟さんにも非があるはずだ。だとすれば尚のこと俺の出る幕じゃない」

「そんなこと知らないわ。私にとっての唯一の肉親よ。なりふりなんてかまってらんないわ」

「そりゃあ良い。なら自分で探してとっちめるんだな」

「ええ、そうするわ。その前にここで大声出させてもらうけど」

「んあ?」

「だあああああれかあああああああ!! たあああすけてえええええええ!! 探偵に犯され」

「だあああああああ!! 待った待った待った! わかった! やる! やらせていただきます!」

「ありがとう。きっと弟を助け出して頂戴」

「……………はいはい」


 ってな具合に面倒事に巻き込まれてしまった可哀想な俺は、晴れて楽しいお仕事をする羽目になっちまった。全く。女は怖いね。


 依頼者である少女から詳しく話を聞いた俺は早速調査に乗り出した。ん? 詳細が気になる? わかった。そんじゃ調査結果を教える前に説明しておいてやろう。


 少女と弟は随分と昔にこの国に亡命してきたらしい。その時は両親も健在で、靴磨きやらなんやらで細々と生計を立ててたらしいが世間の風当たりは冷たく、何の謂れもない窃盗事件の犯人に仕立て上げられた挙句家を焼かれちまったんだそうな。そん時ご両親は仲良くお陀仏、姉弟二人だけが残されちまった。二人は所謂ストリートチルドレンとして生きてきたようだったが、弟が13歳になった頃に英才教育が実って非行の道に進学。チンピラ共のチームに所属して暴れまわってたようだ。しかしそのチームが地元の巨大な組織、まぁ『喧嘩売っちゃイケない相手』に手ぇ出しちまったようでチームは事実上の解散に追い込まれた。そんで弟さんは大事なお仲間見捨てて一人で命からがら逃げ出し、この町に潜伏。息を潜めてやり過ごしていたそうな。

 しかし運命ってのは奇妙なもので依頼者の少女もまたこの町に来ていた。理由は全く違ってこっちは就職。これだけでかいトコなら自分でも雇ってくれるかもと来ていたようだ。そんな中生き別れた弟との再会。弟が何年来で自分を頼り匿ってくれと懇願してきたんだ。断れんだろうさ。全ての事情を聞いた結果、姉は自分が働き弟が家事をするというかつてのような生活を送ることを選んだ。

 だが、話はここで終わらない。むしろようやく始まるってわけだ。二人で暮らしていた家に、ある時招かれざる客が来やがった。────弟を探してた例の組織さ。リーダーとっ捕まえてゲロらせた結果そもそもの発端が弟だということを知った組織は血眼になって探してた。それがこんなに離れた土地で平和に家族ごっこやってたってんだから奴らの怒りも心頭。弟はこうして拉致られちまった。って寸法だ。

 どこをどう考えても弟くんの自業自得なんだが、しかし依頼者からしたらそんなことは関係ない。たった一人の肉親なんだ。どんだけ薄汚い犯罪者だろうと庇ってやりたいんだとサ。美しき家族の絆ってやつだね。まったく、涙がでてくるよ。これが映画の話ならね。

 ボヤいていたって仕方がない。まず弟がどこに拉致られたのかを調べる為に俺はその筋()の情報屋に聞いて回った。結果は空振り三振。知らぬ存ぜぬ。だがそれを知ってそうな男を紹介された。かつてのチームメンバー、組織に拉致られたことのある男だった。俺は早速会ってみることにして指定された住所に愛車のベスパを走らせる。着いた場所はお化けでも出るんじゃねえかっつー病院だった。いや、闇医者って言うべきか。アポは情報屋が入れといてくれたらしく顔パスで病室に通される。


「どうもはじめまして、ワタクシ私立探偵の」

「あぁ、あんたがそうかい(あんらがほうはい)。へへっ。|探偵って本当にそんな恰好してるんだね《らんれいっれほんろにほんあはっほうひれふんらへ》」

「この帽子ですか? こりゃあね、所謂名刺代わりみたいなもんでしてね。刑事ですって言ってジャージの男が来るよりスーツの方が相手も信じるでしょう? 同じでね、この帽子被って私は探偵って言えば皆さん結構信じて下さるんでね」

「へ~。探偵も大変だねぇらんれいほらいへんらへぇ

「恐縮です」


 全身グルグルのミイラ男。やっぱりお化けがいたよ。だいたい受付の砂かけババア見た時から怪しいとは思ってたんだがまさかエジプトの呪いまでくるとは思ってなかった。相当丁重なおもてなし()を受けたと見えて録に喋れない身体になってるようだ。同情はしないがね。なんとか情報を聞き出した俺は見舞金を渡してお化け屋敷を後にした。

 得た情報をまとめればこうだ。


 ・奴ら組織の根城は昔から変わってない。しかしあの一件以降、続々と兵隊増やして規模を拡大し始めた。今やどの町でも会うような状態に成長している。

 ・拡大した組織は一枚岩ではないらしいが、あのチームにいた人間は共通の獲物という認識になっているようだ。つまり、どこの誰に捕まっても同じ結果が待ってる。

 ・ただし、(ヤツ)は特別。リーダーが全ての責任擦り付けたせいで、組織のトップが直々にケジメ取ろうと動いてる。今頃は恐らく根城で監禁されてる頃だろう。


 やっぱり関わるべきじゃなかった。が、ここで投げ出すのも後味が悪い。なにより『一度受けた依頼は必ず完遂する』俺の主義に反する。奴らの根城と言われる街へと行くことにした俺は、いくつかの道具()を引き出しから引っ張り出してポケットに詰め込む。スーツのシルエットが崩れるからやりたかないんだが命には代えられない。

  景気づけに一杯だけ水割りを流し込んで愛車に跨る。頬に受ける風が妙に生ぬるい気がした。────────今思えば、ここで踏みとどまるべきだったのかもしれない。




━━━━━━━━━━━━━━━




 ────薄暗い、コンクリートむき出しの部屋。その中心には椅子があり、一人の少年が縛り付けられていた。顔は赤紫色に腫れあがり、その身体には何本もの針が刺されていて、足の爪も全て剥がされており、椅子の足元には糞尿と血が池を作っている。彼の全身から凄惨な拷問の痕が見て取れる。意識はまだあるらしく、時折呼吸を詰まらせては呻き声を漏らし、口を微かに動かしていた。唇の動きは、助けを懇願するものだった。

 部屋に男が入って来た。


「よう。生きてるか? クソガキ」


 男の呼びかけに、少年は答えることができなかった。いや、答えるだけの気力が無かったのだ。しかし男はそんなことどうでも良かった。


「ん……。まだ息してるみてェだな。さてと……今日は何して遊ぼうか?」


 醜悪な笑みを浮かべる。この男、別にこの少年に恨みがあるわけではない。本部にいるボスに引き渡す前に勝手に()弄んでいるだけなのだ。彼は人間、それも無抵抗の者を殴りたくてこの組織に入り、この役職に就いた。だから彼からすれば、『役得』なのだ。故に、笑う。嗤う。哂う。


「それにしてもひでぇ(ツラ)してんなぁ……。おらよ、消毒だ。俺は優しいからな。手当してやるぜ」


 そう言って、取り出した水筒の蓋を開けて少年の頭から中身を浴びせる。中の液体は────塩水だった。


「────っ!!!!!! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 絶叫。獣の様な声が部屋に響き渡る。椅子の上で暴れて、刺された傷口から更に血が噴き出る。苦しみから逃れようと踠くが開いた傷口に塩水が入り込み、更なる痛みが少年に襲い掛かる。


「沁みるか? そりゃ毒が死んでる証拠だぜ! オラ、もっと消毒してやるよ……!」


 水筒が空になるともう一つ、先程よりも大きい水筒を取り出す。男が蓋を開けようとしたとき、部屋の扉がノックされた。


「あ?」

「俺です」

「何の用だ?」

「電話が来てます」

「誰からだ?」

「……親父からです」

「……! わかった、入れ」


 男が許可を出したことで扉が開き、眼鏡をかけた長身の男が入ってくる。そして、その長身の男は電話など持ってはいなかった。代わりに、その両手を上に上げていた。降伏のポーズ。それが意味するのは。


「!?」

「どうも、そちらの少年を返して頂きに参りました」


 眼鏡の男の後ろには、中折れ帽をかぶった男が立っていた。何かを眼鏡の男の背中に突きつけているようだった。


「動くなよ? 動くとこの眼鏡クンが吹っ飛ぶぜ?」

「兄貴……。すみません……」

「手前ぇ……!  ウチに手ェ出して只で済むとでも思ってんのか?」

「あんたこそ今の自分の立場わかってんのかい?」

「あ?」

「いいか? 例えばあんたが仲間を呼んだとする。そうすりゃ確かに俺なんて簡単に殺せるだろうさ。だがね? このビルの中には今あんた達二人しかいないわけだ。そうだろ? なんてったってソレを良いことに今までそこの坊主を虐めてたんだから。そこで仲間を呼ぶってことはあんた。今の実情を本部に知られるワケだよなぁ? そうなりゃマズイのはそっちだ。しかし今、俺を黙って見逃せばお互いに得なんだ。俺はこのガキを家に帰すのが仕事。あんたらはボスに配達するのが仕事。そうだろ? で、だ。俺が送り届けた後であんたらがもう一度攫い直してボスに届ける分には俺の知ったこっちゃないんだよ。俺は邪魔しないし関わるつもりもない。色々調べさせてもらったがね、これはそこのロクデナシが自分で蒔いた種なんだ。どんなメに合おうと文句言えないことやらかしちまったんだから」

「……」

「悪いことは言わないから、素直に。そこのガキ渡しな」

「舐めンなよコラ……!」


 弟分を人質に取られて尚、男は反抗の意志を見せた。


「!? ……こっちには人質がいるんだぞ!?」

「うるせぇなコノヤロウ。堅気相手に舐められっぱなしじゃメンツが立たねえんだよ……! 撃てるモンなら撃ってみろ。その瞬間、俺はお前をぶっ殺すぜ……!」


 そういうと男は懐から拳銃を取り出した。撃鉄を引く。────本気の意志表示だ。

 

「……マジかよ……」

「……!」


 眼鏡の男が一瞬のスキを突き、中折れ帽の男を突き飛ばした。突き飛ばしたことによってできた距離を活かして眼鏡の男は右の上段回し蹴りを出す。寸でのところで中折れ帽の男が避けて向き合うが、形勢は完全に逆転していた。なぜなら。


「…………あん? なんだァそりゃァ?」


 今の拍子に、中折れ帽の男が眼鏡の男の背中に突きつけていたものの正体がバレてしまったのだ。中折れ帽の男は銃など持っていなかった。指鉄砲を作り、それを背中に突き当てていたのだ。


「あぁ、これ? ……無鉄砲」

「ふざけんな! どこまでも舐めやがって!」


 激情した男が持っていた拳銃の引き金を引くため、指に力を込める。が、その時。


 なにかが降ってきた()


「!?」


 天井を破壊し、彼ら4人の前に現れたのは少女だった。奇天烈な見た目。狂気と殺気にのみ染まったような瞳。歪みつり上がった口角は見る者に不快感を与え。荒唐無稽という言葉に命を宿したような。少女。


「ハァ~ロォ~チュ~リッヒ♡」


 意識が無い1人を除いた3人の男がそれぞれに警戒する。未知に。異物に。恐怖に。


「あ。いっけない、忘れてた。これノルマなのに。スポンサーの都合なのよね~。ちょっと待ってて」

 

 そんなことなどお構いなしと言わんばかりに、少女はしゃがんだままの姿勢で懐からなにか()を取り出す。缶のようだった。一般的にDI缶と呼ばれる形状。それを開栓し一気に飲み干す。匂いが辺りに立ち込める。悪臭としか表現できない匂い。3人とも顔を顰めてたり、咽ていたりした。しかし、少女はそれを飲み干すと突然立ち上がった。上空の歪な月を見ながら吠える。吼える。咆える。獣のように。化物のように。怪物のように。

 そして缶を勢いよく投げ捨てるとその勢いのままにポーズをとって名乗る。自らの名を。


「聞いて驚け!!! 正ィ義のォ! ヒィーロォー!!! 1000年に1人の美少女!!! ドラッグス」破裂音。


 男が、拳銃で少女の頭を撃ち抜いていた。その目は正気を保つために血走り。その口は横一線に結ばれ。全身を濡らす汗は暑さが原因ではない。男は人を殺すのが初めてでは無いし、死を意識したのも初めてでは無い。しかし、それでもこれほどに恐れたのは初めてだった。男だけではない。眼鏡の男も、中折れ帽の男も、同じく自身の恐怖心を鎮めようとして、呼吸をすることすら忘れていた。

 目の前にある少女だったモノは血の池に沈み、微動だにしない。3人が3様にソレを見下ろし安堵し


「ター!!!!!!!!! イエエエエェェェェェェェェエエエエエエイッッッッッ!!!!!」


 死体が跳ね起きて咆哮する。男達は恐怖よりも先に驚愕で思考を停止させた。ありえない。目の前の少女は頭を撃ち抜かれている。それは今、彼女の眉間を見れば誰でも理解できる。そう、|急所が偶然外れているわけでもなく《・》、彼女が人間であるならば()起きてはいけない現象なのだ。


「おぅこらそこのジャガイモ頭!!!! なにしてくれてんだタコ!!! ヒーローが名乗ってポーズ決めてカッコつけてる時は攻撃しちゃいけないってママに習わなかったのか!?」

  男達は再度驚愕することになる。目の前の少女────ドラッグスターの眉間に見える銃創が目に見えて異常な速度で治癒していく。やがて傷は完全に塞がり、現場に居合わせた者でない限り、彼女が元死体だと判断することが不可能になる。


「だいたいよォ、アタシがアレ飲んで気持ちよくなってお約束のセリフ言って名乗りとポーズ決めるって一連の流れは読者に対するルーティーンなワケよォ。そこをサぁ、第3話にしてお約束のセリフを変則的に言って飽きを解消させようって画策してたってのにさあ。台無しじゃないのよぉ……」


 DS(ドラッグスター)はひどく落胆したようで、わざとらしく肩を落として見せる。


「何を……言ってる……?」


 中折れ帽の男が問う。今この場でするべきは対話でも、問答でもなく、逃走なのだろうとその場にいる誰もが理解していた。しかし────頭で理解していても身体がその指示に従わない。まるで親に叱られることが分かっていながらにしてその場を動けない子供のように。銃を構える男も手が震えて狙いは定まらず、眼鏡の男も手放しそうになる意識をギリギリのところで繋ぎとめてるので精一杯だった。


「あん? まさかオメー、探偵。『第四の壁』を破れるのは自分だけだとでも思ってんのか? ……おっと。探偵が『第四の壁』破れるようになるのはお前自身にとってまだ未来のことになるのか……」

「あんた……さっきから何を……?」

「いやぁ~いいんだ。忘れて忘れて。ほらほら! 撮影再開するよ! 1カメ! 2カメ! 3カメ! ……あ、ちょっと右……そうそう。照明! そう! その角度! はいほんじゃあんた()はそのまま、座って座って! ……寝転がるんじゃねえよ! 座れってんだ! ……あぁ~そうそういい子ね♡ ほいっ右手にはコーラ左手には箱ティッシュ股にはポップコーン挟んで。上映中はお静かに。携帯電話はマナーモードに。飲酒と喫煙はご遠慮ください♡ どんなに座席が狭くても、前の人の椅子は蹴らないこと! ほんじゃ各自スタンバイできたわね!? じゃあ本番5秒前ー! 4! 3! 2! い」破裂音。


 男が震える手で無理矢理引き金を引き、DSの身体を吹き飛ばそうとした。が、彼女は一声息を漏らしただけで無傷だった。


「だぁかぁらぁ!!!!! 大人しくしてろって言ってんだろうがこの岩石岩子がああああああああ!!!!!」


 声を荒げるDSが拳銃を持った男の方を向く。しかし目が合った瞬間、男は戦慄する。明らかに怒りの滲んだ声と発言。先程から何度も聞いている。間違いはない。彼女は確かに怒った()声だった。しかし────その顔は笑っていた()

 狂い咲いたような笑顔。見る者全てを奈落に突き落とすような視線。底知れぬ恐ろしさを秘めているつり上がった口角はまるでその位置に縫い付けられたかのように動かない。彼女は、笑いながら怒っているのだろうか。それとも怒りながら笑っているのだろうか。或いは……|この笑顔の下に感情など無いのだろうか《・》。


「おん? なんだぁ? 急に大人しくなっちゃって……♡ まぁまぁ、焦るな焦るな。ちゃあ~んと殺してやっから……♡」


 少女は反り返って息を吸い込み、勢いよく身体を戻す。宣言する。自分の時間()を。


「ヒーローターイムッ!」



 その言葉が3人の男達の耳に届いた瞬間、|既に誰も彼女を視界に捉えられていなかった《・》。


 最初に犠牲となったのは拳銃を握った男だった。


「いな~い、いな~い」

「ヒィ!?」

「ばあ~♡」


 男の背後に回ったDSの手には、先程自分が破壊した天井の一部である瓦礫が握られていた。両手に持ったソレで後頭部を、延髄を殴打する。力を失い、倒れた身体に跨り、原型を失う程に、磨り潰すように、壊していく()

 破壊行動中も終始DSは笑って、嗤って、哂っていた。眼鏡の男が逃げ出し部屋を出ようと扉を開ける。が。


「逃げるの禁止ィ~♡」

 

 いつの間にかDSは、その扉の向こうで待ち構えていた。


「うわああああああああ!?」

「ライドォ~ン!」


 思い切り振りかぶって男の頭頂部に瓦礫を叩きつける。その一撃で男は息絶える。しかしDSにはそんなことは関係ない。既にただの肉の塊と化したソレに何度も瓦礫を叩きつける。それはまさに地獄絵図だった。部屋中が、血と死の匂いで充満する。

 漸く恐怖を抑え込み、自分のやるべきことを思い出した中折れ帽の男────探偵は、ポケットから取り出したロープを使って少年と自分を固定し、穴が開いた天井から抜け出そうとする。ロープの先に付けた鍵爪を投げて天井の縁に引っ掛ける。腕力だけでなんとかよじ登り、脱出する。DSに嗅ぎつかれないように何度も後ろを振り返りながら慎重に足を運び、愛車の下へと戻る。探偵は後ろに少年を乗せ猛スピードでその場を後にした。

 なんとか自身の事務所にたどり着いた探偵は、中で待っている依頼主にこの少年を預けるためにドアを開けた。



 しかしそこに広がっていたのは。



 変わり果てた自身の事務所と、依頼主である少女が抵抗虚しく蹂躙された跡だった。


「遅かったなァ~探偵♡」


 自分のデスクに座って寛いでいるのは紛れもなく、あの少女────ドラッグスターだった。


 先程までは彼女に恐怖しか抱けなかった探偵が、今度は怒りとやるせなさに包まれる。


「なんで……なんで殺した……」

「あん?」

「なにも殺すことは無いだろう……殺すことは……」

「……何? いいだろう? アタシの趣味さ♡」

「お前なんかに言っても仕方がないだろうが……俺にも昔、仲間がいた。だがそいつが殺された時、俺は二度と仲間なんぞ作るまいと思った。俺にも昔、女がいた。だがそいつが殺された時、俺は二度と女なんぞ作るまいと思った。同時に思った。刑事なんぞやってるから恨みを買うんだと。恨みを買うから、逆恨みでもなんでも、俺の大事なものが殺されるのだと。だから俺はこの町で探偵を始めた。誰に対しても過干渉にならないこの仕事を。例えどこの誰がどんな目に合おうと知らん顔できるこの仕事を。だがそれはただの逃げでしかなかった。俺は怖かった。恐れていたんだ。目の前で人が死ぬことを。自分の無力さを突きつけられてるようで。それが溜まらなく悔しくて、虚しくて……!」

「心配しなくてもお前の後ろにいるそのガキをぶち殺したらアタシはそのまま去るよ。お前はこちら側の()存在だ。多分な。アタシは正義の味方()。善良な一般市民は裁かないよ……♡」


 そう、探偵に告げると。デスクから持ち出した万年筆を少年の首に突き刺し、DSはその場を後にした。



 そこには探偵のみが残されて。彼だけが生かされて。



 しかし、彼が一番。苦しんでいた。




━━━━━━━━━━━━━━━




 以上が今回の顛末さ。結局俺は守らなきゃいけないものも守れず、しかし相手の匙加減で生き残らされてしまった。哀れな男さ。どこまでも自由が無い。どころか、俺にはまるである目的が課せられたように感じたね。






 復讐。






 義理は無い。あのガキもクソッタレな拷問男も地獄に落ちて然るべきだろう。じゃあ誰の、何の為の復讐かって?


 俺だよ。俺自身の心をヤツに殺された。だから復讐する。


 最初に言ったよな? 覚えてるか? 『仕事で関わらない相手に名前は教えない』って主義。


 あれは……。いや。主義はもう全て捨てる。


 この身一つで、身軽にやるさ。


 今日から俺は。



 『マジェスティ』と。そう名乗ろう。



 ヤツをブチ殺す、その日まで。




────────────────────


スペシャルサンクス


キャラクター原案:新零さん(https://twitter.com/MAXOOOF91)

アドバイザー:弥生三月さん(https://twitter.com/3gatuyayoi)

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