第1話 この世界は
────真夜中の大都会。人も、街も眠らない。サイレンの音、クラクションの音、ビルから漏れる光、街を歩く様々な人。人。人。働く者。労働から解放された者。遊びに行く者。弄ばれる者。食う者。食われる者。搾取する者。搾取される者。
この街はどこまでも生きていて、どこまでも人を受け入れ、どこまでも拒絶し、どこまでも腐っていた。
今日もまた腐った人間が弱き者を食い物にし、金を巻き上げる。しかし。この街の住人の誰一人として救けなどしない。『騙される方が悪い』のである。それが街の意志であった。
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「ヒヒヒ……」
闇夜のビルの屋上。街を見下ろす何者かがいた。高さは───落ちればまず助からないどころか『人のカタチを保てるか』どうかも怪しい。そんな場所に一人の少女がいた。
「み~っつっけたっ!」
街を見下ろしていた少女は『なにか』を視界に捉えた。目を閉じて右手に持った『缶』を飲み干す。
「────プハッ! …………ぁぁぁぁああああああ!!!!! キタキタキタキタキタキタ…………!」
閉じていた目を開く。その目は狂気に満ちた殺意の光を灯していた。
「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
一声。吠える。背筋を伸ばして遥か上空に叫ぶと。
「ヒーローターイムッ!!」
そのまま。『頭から真っすぐに』落ちて行った。
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金を貸すという商売がある。仕組みは簡単である。貸した金を返させる際に、余分な金を要求する。それを利子という。その利子の付け方は様々だが、一般的には十日で一割、即ち『トイチ』というのは悪質と言われている。
今ここに三人の人間がいる。一人は見るからに金の無い中年男性。もう二人は世間で言う悪徳高利貸し────先程の『トイチ』である。
金貸しの二人が中年に執拗な暴行を加え、返済を迫っているのだが。この場合どちらが悪人なのだろう。
人の弱みに付け込んで搾取する高利貸しか、『トイチ』に手を出すほどに金の管理を怠った中年か。それは誰にも裁けない。警察にも。神にも。コミックの中のヒーローにも。
彼らを裁けるとしたら。恐らく、『正義の名のもとに狂気に酔える者』だけだろう。
この三人のすぐ後ろの車に何かが降ってきた。凄まじい音が響く。
そこにいたのは少女だった。
「どーもっ♡」
少女が狂った笑顔を三人に向けた。暴行を受けていた中年も暴行を加えていた金貸しも茫然としている。
間違いなく、この少女は『降ってきた』。それは、あの潰れた車を見れば一目瞭然である。が。
「……どこから…………?」
疑問はそこであった。車があんな風に潰れるということは、それなりの威力が必要であり。それなりの威力ということはそれなりの高さが必要であり……。
車があんな潰れ方をしているのにケガ一つしていない少女がそこにはいて……。
「お~~~い。コラコラコラ。無視はいかんよー、無視は」
三人が、少女の声で現実に引き戻される。少女はいつの間にか三人のすぐ近くに来ていた。驚き、金貸しの片割れが一歩引きさがり
「逃げんなや、コ」
少女が、引き下がった金貸しの方を向き
「ラァ!!!!!!」
持っていた金属バットで、思い切り側頭部を打ちぬいた。
殴られた男の頭が吹き飛ぶ。その光景は、まるで西瓜が破裂するようだった。
「うわあああああ!?」
遅れて、残った金貸しが怯えた声を出す。何が起こってるのかが理解できていなかった。
「正義のヒーロー『ドラッグスター』! 参っ上!!」
少女がポーズを取りながら名乗る。金貸しも中年もただ怯えることしかできず、固まっていた。そんな二人を見て少女────DSは口角を歪に釣り上げた。
「おいっ!! そこの冴えないハゲ頭と! そんな毛無しからケツの毛まで毟ろうとしてるどうしようもないクソッタレ! お前ら二人……野球、好きか?」
明らかにこの場とは無関係な質問。二人とも思考は止まり、顔からも表情が消え、目を白黒させる。
「アタシはな! 大っ好きなんだよ! 野球!」
そう言って少女はバットを構えて、その場で素振りしてみせる。が、その動きは誰が見ても素人のソレである。軸はブレ、グリップの握り方も逆で、おまけに上半身と下半身の動きがバラバラだった。大好きと言う割にはその動きに熟練性は見られず、そもそも『神聖なバット』で人を殴ってる時点で本当に好きなわけではないのだろう。だが二人とも、一切喋れなかった。まるで、蛇に睨まれた蛙のように……。
「今さっきのグラサンのビチグソ野郎はよく飛んだなぁ! ツーベースヒット! ってとこじゃないか? ん?」
そう言って中年の方を見て、まるで返事を促すように話す。
「アンパイアのジャッジを聞こうか?」
中年は固まったまま一言も発せずにいた。そこに残った金貸しが割り込むようにして少女に怒鳴った。
「おい! お前ナニモンなんだよ!?」
その質問を無視して少女は中年に話しかけ続ける。
「どうなんだカボチャ頭? ツーベースか? スリーランか? ファウルってのはナシよん♡」
中年は困惑した様子で何事か喋ろうとしていたが、それを遮る形で金貸しがさらに吠える。
「無視してんじゃねえぞコラァ!!! ナニモンなんだって聞いてんだろうが!」
くるりと少女は金貸しの方を振り向く。
「あん? アタシが、何者かって? ニワトリかよトーヘンボク。さっき名乗ってやっただろ? 正義の美少女ヒーロー『ドラッグスター』ちゃんだよ……♡」
その目は直視できない程不気味であり、その体から放たれる殺気は近くにいるだけで気が狂ってしまうような。視界に入れただけで本能が危険信号を放つような。見た目は十代の少女だが、服装や髪型は一度見たら忘れられないような奇天烈なものだった。その奇天烈な恰好が、彼女の不気味さを引き立たせる……。
「アタシはな。人造人間ちゃんなんだよ。どっかのスケベ野郎の趣味でこんなにおっぱいおおきいし、下のおけ毛だって生えちゃいない♡ おまけに普通の人間よりも『ちょいと』頑丈にできてるときた! そんで力の源はコイツさ……♡」
そう言って少女は自身の懐に手を入れて探る。が……。
「あり? 無いや。まーいいや。アレだよ。力の源は愛だよ愛……♡ 愛のパワーがアタシに力をくれるのサ! ってね」
DSが金貸しの方へ、歩みを進める。
「そんでそんで、ここだけの話…………! アタシ都合の良い人造人間だから生理も来ないの♡ 中に出し放題よん……♡」
そう言って彼女がウィンクすると同時に金貸しが走り出し、大声で威嚇する。
「フッざけんなクソガキィ!!!!! 手前ェ、ブッ殺して」
金貸しの視界から、DSが消えた。
「良い音っ! 聞かせろ」
いつの間にか少女は、金貸しの背後に回り込んでいた。
「んなッ!?」
「やあっ!!!!!!!!!」
また、頭部を狙って。少女はバットを振った。先程の再現のように、人間の頭部が吹き飛ぶ。そして先程と同じように、『人のカタチを保てずに』死んだ。
残ったのは中年一人だ。中年はガタガタと震え小便を漏らしていた。次は自分だと、わかっていても逃げ出せず。先程からずっとこの状態だった。
「今のは! 文句なしの満塁ホームラン! だろ!?」
DSは高らかに宣言し、狂ったように笑った。中年はなにがなんだかわからず、茫然としていたが
「さぁてとっ。かえろっとぉ♡」
目の前の少女が跳躍してどこかへ消えていき、しばらく時間が経って正気に戻った。命は助かったらしいが。あの少女は到底、人間とは思えない。
「なんだったんだ……一体……」
ズボンを濡らし、見窄らしい見た目が更に酷くなった中年は。どうしたらいいのかわからず、とりあえず落ちている金を拾いその場を後にすることにした。
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一人の男がいた。彼はひと月前に会社を辞めた。理由は単純である。上司と揉めた。それだけである。しかし彼にしてみれば大問題であった。
自らの貴重な休日を謳歌していたところに電話を入れられ、出勤の要請をされた。別に家族サービスをしていたわけではない。幼い息子を嫁に預けて自分は楽しくゴルフをしていたところだ。そんな『至福の時間』を。邪魔されたのである。彼は日頃のストレスもあって感情的になり、電話口で上司と揉めた。その末、結局辞めることになったのである。
男は決して若くはない。年にして40ちょっと、と言ったところだ。今から再就職と言っても働き口も少ないだろうし、給料も今まで通りにいかないだろう。
彼はその場しのぎに金を借りた。無職でも借りられる。一般的に言うところの『借りるべきではない』所から。就職もせず、家族を食わせる為の努力もせず。切り崩した貯金と借りた金で賭博に手を出し、ついには首が回らなくなっていた。
夜逃げでもしようかと考えていたとき、運悪く。回収業者と鉢合わせてしまった。金がないことがバレると、執拗な暴行を受けた。死を覚悟した。その時だった。
轟音が響いた。その目線の先には少女がいた。その少女が厄介払いをしてくれた。金貸しが都合よく金を落としてくれた。
あの『残りカス』にもいくらかあるかもしれない。そう考えた中年の男は死骸の服を漁って金を巻き上げると醜い笑みでその場を後にした。
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二人の男がいた。彼らはこの街で知り合った。一人は、地元で恐れられた筋金入りの不良である。少しイキがって騒いでいた所を本職に目を付けられていた。しかし、引くどころか逆に手を出してきた。その根性が気に入られて下っ端として迎えられることになった。
もう一人は特にそういうわけではない。ただ自分の先輩が都会に行くというので一緒についてきて、気がついたら『そういう場所』で働くことになっていた。ただの青年だった。
そんな性格も出自も真反対の二人だったが、俗に言う『キリトリ』で一緒に仕事をするようになり少しずつ意気投合していった。コンビネーションも抜群であり、片方が電話や張り紙などの小技でストレスを煽り、もう一人が暴力と罵声によって恐怖心を与える。適度なとこまで追い込んだら今度は優しい言葉をかけて親身に寄り添うふりをして、最後はしっかり搾り取る。といった具合だった。
今回もそんなふうに、いつもの様に仕事をしていた。しかし。今回の件とも、当事者達の誰一人とも関わりのない。一人の少女によって、その二人の人生は終わりを迎えた。
元々他人を地獄に墜としていたような二人なのだから、因果応報と言われればその通りなのだろう。
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今回命を狩られた金貸し業者は仕事をしていただけ。
命を救われた中年は仕事もせず、家族も放って博打を打っていただけ。
果たして────『殺されるべきは金貸しだったのであろうか』?
正義とは?悪とは?それは誰にもわからない────。
この話はある一人の少女────否。
一人の薬物中毒者によって多くの人間が裁かれ、狂わされる物語である。