黒羽のアケ
◇詩◇ タイトルの連作となっています。
黒羽のアケ1
ぼくはかたほうの羽を広げてみる。
もうずっと前から思っていたこと。
なんだって、こう。
うまく言えないけど、とにかく。
ぼくはこんな風じゃないハズだって
思って、いた。
黒羽のアケ2
同じ色の羽を持っていても
けして安心はできないってふうに
見られてる。
彼らの心の中。
ほんとに望まれてるのは白い羽。
ぼくとは大違いなんだもの。
黒羽のアケ3
ほうきでぶたれることを
覚悟しなくちゃならないくらいなら
本当は残飯じゃなくてもいいんだ。
ただ。
なんにしろ簡単なことって選び易くて。
心とはまったく関係ないのだけど。
黒羽のアケ4
自分の羽のツヤだって
毎日、同じに
ととのえていられやしないっていうのに
誰かと同じだなんて
望むべくもないね。
黒羽のアケ5
アザラシの背中に乗って
流氷を越える夢を見る。
だけど。
白い羽だった。
つまり。
ぼくじゃなかったって、こと。
黒羽のアケ6
金ぴかの値打ちものを拾ったことよりも
割れたガラスのがらくたを拾い損ねたって
残念がっているほうがまともなんだって
思っているんだよ、ぼくは。
黒羽のアケ7
うるさいって怒鳴られたほうが
笑われるよりもいいだなんて
そんなに簡単なことかな。
ぼくはぼくのへたくそな声が
ぼくのものだってことを
知っていていられるのなら
どっちだって、いい。
黒羽のアケ8
ぼくは臆病者だからいつか突付き殺される
と、片目の鳩がそう言った。
そう。
立ち向かうのは簡単じゃない。
臆病者ならもう逃げてしまえばいいのに
と、言ったぼくに鳩は
逃げることも簡単じゃないのさ、と笑った。
黒羽のアケ9
もう羽を全部
抜き取ってしまいたいんだ。
どこにも行けなくたっていいから。
黒羽のアケ10
イヤなんだよ、ぼくは。
同類のヤツらが
真っ暗闇から逃げ出そうとして
光に突っ込んで
ばらばらになっていくのを見ても
もう悲しくならない自分が。
どうして見知らぬ相手に罪悪感なんて。
黒羽のアケ11
じたばたもがくねずみを食べた。
ねずみにどんな事情があったかなんて
ぼくは知らない。
ミミズもバッタも嫌いなんだっていう
ぼくの事情を優先させただけだもの。
黒羽のアケ12
ぼくは小さく嘴を鳴らしてみる。
かつかつかつ。
かつかつかつ。
なんだか、こう。
誰かに石をぶつけられても
しかたがないんじゃないかって
思えるような嫌な、音。
黒羽のアケ13
手酷い憎しみ。
伝わりやしないのだけど。
どのみち。
ぼくの頭を踏みつけにしていることにも
気づかず。
その爪のやり場について
考えたりもしやしないんだから。
黒羽のアケ14
電柱のてっぺんにとまっていたら
電柱を見上げていたきみと
目が合った
と、思った。
もうずっと前から
きみがぼくの心を知っていてくれたみたいで
ぼくはなんだか嬉しかった。
黒羽のアケ15
誰も見てやしないんだから
そのまま直滑降で
地面にぶつかったってかまいやしないのに。
ぐんぐん近づいてくる道路が怖くて
ぶつかる寸前、ぼくは上昇する。
ああ、誰か、どうか。
せめて拍手を。
黒羽のアケ16
一番だとかえらいだとかすごいだとか。
言われたくないんだけどと言いながら
より高く飛んでみせたりする。
そんなのってウンザリだ。
競争したいヤツらだけですればいいのに。
自分が自分がって鳴いてりゃいいだけじゃないか。
黒羽のアケ17
頭から爪先まで真っ黒だから
なんだっていうんだ。
そんなこと
ぼくが選んだわけじゃない。
それでも。
理想の白を求めたりしないよ、ぼくは。
同じくらい
黒いことを誇りにもしないけれど。
黒羽のアケ18
誰かのためじゃなくて
自分のためだったらさ。
もっと気楽に頑張れるんだ。
しくじったってさ。
自分だけのせいにできるんだ。
黒羽のアケ19
確かにぼくは空が飛べるのだけれど。
上手い下手とか
向き不向きとか
そういうのって、
なんにだってあるものだよ。
だから。
単純に、いいなだなんて思わないでほしくて。
黒羽のアケ20
もうぼくは嘴を閉じていよう。
まだぼくがぼくの思うように鳴いていたと
信じていられるうちに。
だからさ。
競争相手なんか、いらない。
黒羽のアケ21
雨をはじく羽。
そうじゃないのに。
びしょぬれになりたくても
許してくれないのは空じゃなくて、体。
必要はなくても
悲しくなることって、ある。
黒羽のアケ22
羽をひろげて見せてあげようか。
きみが驚かなければ
忌み嫌うことがないって
約束はしてくれなくても
それでも
羽をひろげてみせてあげようか。
黒羽のアケ23
誰からも嫌われているので
誰かの糧になりたいのだと
ムカデがぼくにそう言った。
たいしてありがたがられることもなく
ただ忘れられていくだけなのに。
胃の中にそんなさみしさを遺したくもない。
食ってやらなかったぼくをムカデは
残酷だと、罵った。
黒羽のアケ24
繋がれてないぼくと
繋がれて、いつもぼくに吠える犬。
どっちが自由かなんてくだらない。
生きてる方法の問題だって、こと。
黒羽のアケ25
ひどく痛い思いをしながら
羽を抜き取って窓辺に置いておく。
大好きな相手が喜んでくれると
思い込んで。
ばかなぼく。
喜んでもらえなかったばかりか
もう飛ぶことさえ
できなくなってしまった。
黒羽のアケ26
毛玉をぽくっと吐き出す猫。
ぼくはなにも吐き出さない。
いつかの夜に
あやまって飲み込んでしまった
きらきらのビー玉でさえも。
黒羽のアケ27
嘴で石をつつく。
ちょっとだけ石が転がる。
面白がってるわけじゃないよ。
ただ。
自分にも動かせるものがあるんだって
信じていたいだけ。
黒羽のアケ28
ちょっとは楽しめたかい?
ひょこひょこと体をひきずるぼくを見て
他愛もなく笑ってくれるきみがいるから
ぼくもちょっぴり楽しい気分。
飛べなくたっていいよって
思うことだって、できる。
黒羽のアケ29
太陽の眩しさに目を閉じる。
月の明るさに目を伏せる。
目を開けていなけりゃ見えないものが
そんなに大切なものなのかどうか
ぼくにはわからないんだ。
黒羽のアケ30
空を見上げて
あそこにいたんだと思う。
変わらず青い空。
変わらず雨をはじく羽。
飛べなくなったぼくは歩く。
地面についたぺけぺけ。
滑稽なぼくが
案外、ぼくは気に入っていて
だから、いいんだ、もう。