第三十九話 ほしのゆめみと申します。(18)猫耳の女
CAPELⅡが投影を始めようと準備したところ、一人の女が顔をのぞかせた。
CAPELⅡが操作盤の前に立った時、出入口の大扉から、女の人が顔をのぞかせている。
「表の看板見てきたんですけど、ここ、入ってもいいんでしょうか?」
頭部に猫耳を付けた、オレンジ色の髪をした女が、おそるおそる尋ねてきた。
三人(正確には二人と一体だが。)は、突然の、しかも珍しい訪問客の方を一斉に向いた。
脇山康太は、ここで他人がやって来ると思っていなかったので驚き、星野は様子をうかがっている。
《ようこそいらっしゃいました。どうぞお入りください。》
と、CAPELⅡだけがお辞儀をした。
「二人いるんだけどいいですか?」
と、また、おそるおそる、猫耳オレンジ女が聞いてきた。
《問題ありませんよ。どうぞいらしてください。》
CAPELⅡが優しく答えると、猫耳女はドアをすうっと開けた。(仮想空間上なので重さはない。)
すると猫耳女の後に、もう一人、全身に薄緑色の縞模様の猫毛をまとった同じくらいの年齢のような女がぴっょん飛んでと入って来た。
「ハーイ!こーんにーちわー!」
人間の背格好ではあるが、全身は、ほぼ猫である。当然衣服はまとっていない。
「私、ミオっていうんだ。彼女はミミ。友達っていうか~、マブダチなんだよね~!」
ミオと名乗る全身猫毛女は、猫耳オレンジ女のミミを通り越して、自己紹介してきた。
康太のような機械職人の生真面目男にとって、こういった女に弱い。弱いというのは、どう対処していいか分からない生き物のように見えるからだ。
「は、はあ・・・、よろ・・・しく・・・です。」
康太は、ようやく声を振り絞って返事をした。
「ごめんね~、騒がしい女で~、だって、猫なんだから仕方ないよね~。」
猫だから騒がしいという理由もよく分からなかったが、康太は彼女のペースに押されっぱなしである。
「ミミはさあ~、おとなしくていい子で、お星様を見るのが好きなんだって。珍しいよね、女の子でさあ~。そんで高校卒業してから大学行っちゃって、星の勉強してるらしいよ。私は、高校卒業してミュージカルやりたくて演劇学校に入ってんだ。今日は、久しぶりに再会ってわけ。で、ミミがプラなんとかが見たいっていうから、ここにやってきたんだけど、客がいないから、入っていいかどうかわかんなくて、いやあ、びっくりしたわ。あ、ごめんね。他意はないのよ。」
「あ、いえいえ全然大丈夫です。」
康太は冷や汗をかきながら、返事をした。
「ちょっと、ミオちゃん・・・。」
おとなしいミミが近づいてきて、ミオを制止しようとした。
「あ、ごめん、ごめん。ミオがプラなんたらを見たいんだったよね。私がしゃべっちゃダメだよね~。」
星野はあっけにとられて茫然としていた。
静まり返っていたドームが、一気に騒がしくなり、賑やかなのも悪くないが、やはり、若さについていけないと思った。
「よっ、お客人、迷惑かけるね!」
本当に騒がしい猫女である。しかし、これでも気を使っているのである。
「あの・・・どうして、ここに?」
康太はミミに聞いてみた。
「あ、はい。私達、中学、高校と、ずっと友達だったんです。でも私は高校卒業して青森の大学に行って、ミオは大阪の演劇学校に通っているんです。久しぶりに会おうってなって、今、ここで会っているんです。」
「へ、へぇ~、な、仲がいい?んですね・・・。」
「あっ、お前、なんでこんな騒がしい女と友達になったんだって思ったろ!いわしたろか~!」
何度も言うようだが、康太はこういったズゲズケと言う女が大の苦手である。
もちろん、彼女に悪気があるわけではない。
「私、いつも大人しくて、はっきりしない人なんで、周りからめんどくさがられるんです。でも、ミオは、いつもはっきりしていて、時々私の言いたいことを代弁してくれたり、気を使ってくれるんです。だから、私自身ちょっとミオに甘えちゃってるところもあるんです。・・・です。」
オレンジ女のミミは、猫ミミを垂らしながら、か細い声を振り絞った。
まあ、確かに近くで見ていると、お互いに補填しあっているようにも見える。
ミオにとって、ミミは、ストッパーというところか。
「いやぁ~、照れますな~。でへへへへ。」
ミオは、薄緑毛の尻尾を上下に揺らしながら頭を掻いてデレた。
何にせよ、仲は良いようである。
(あぁ・・・ひょっとして、彼女の猫衣装は、ミュージカルのCATSなのか・・・なるほど、分かりやすいなぁ・・・。ぷぷっ。)
星野は、笑いをこらえながら、わずかに口元を緩ませた。
「それで?いつ始まるんや、そのプラなんちゃらは?」
ミオは、実際、どこの出身なのか分からないし、国籍も不明だが、今は大阪色に染まっているようである。調子にのってきたようで、突然、口から大阪弁が洪水のように流れ出した。
まるで昭和のおっさんのようではあるが・・・。
「今、始めようとしていたところです。彼女が実演してくれます。」
星野は、そう言ってCAPELⅡの方を指して紹介した。
「なんや、おっさん喋れるんかいな。ボケとる場合ちゃうで。ほ~ん、彼女が・・・、うん?なんやロボットかいな。」
どうして仮想空間上のアバターを、一瞬でAIと見破ったのか分からなかったが、演劇の中で身に着けた洞察力なのだろうか。人間観察力とでも言うのか、まあ、大したものである。
《はい。わたくしはロボットです。お気に召さなかったでしょうか?》
CAPELⅡは不安げな表情を作って聞いた。
「めすもめさんもあるかいな。あんたの器量しだいや。まあ、やってみい。」
「ちょっと、ちょっと、ミオ~。」
「あぁ、ごめんごめん、また、調子のってしもうた。今日は、ミミの日やからなぁ。」
いつもこんな調子なのだろう。確かにいい組み合わせではある。
《ありがとうございます。それでは始めさせていただきます。皆さま、お席におつき下さい。》
「あ、ごめん待ってや、確かこの辺に椅子があってん。」
ミオは現実世界にあるらしい自室の座椅子を探して座った。仮想空間内だと、プラネタリウムの床に、直に座っていて、雰囲気が台無しである。
ミミは、椅子に腰掛けているようである。
《少しづつ照明を落としていきますので、皆さま、足元にお気を付けください。途中退席することは、光が差し込んでしまい、他のお客様にご迷惑が掛かります。上映時間は約40分ございますので、おトイレは、上映が始まるまで皆様に注意事項をお伝えしている間に、今のうちに済ませておくようにお願い申し上げます。》
ドーム内の照明が少しずつ落ちてきて、ドームの内側には、花菱デパートの屋上から見える半球の空が、少しずつオレンジ色になってきた。
『南』と書かれた方角の上に、時刻表示が浮かび上がっている。
続きまーす。