第三十六話 ほしのゆめみと申します。(15)
5月のお披露目に向かって、着々と進んでいくチェック。
そんな中、星野とCAPELⅡは、仮想空間の中で、社員たちの知らないところで会っていた。
(あんな“ロボット”に何かできるのかしら?)
アシタノヒューマンでの試験の様子や、ここプラネタリウム館にやってきた初日の事を思うと、倉橋里美は、他のお気楽社員達とは反対に、この二体の“新人”に、疑いのまなざしを向けていた。
(まあ、おとなしいみたいだし、とりあえずお客さんに怪我をさせたりすることはないだろうけど・・・。なんとかしなきゃ・・・。また長嶋館長に何を言われるやら・・・。私が希望したのは、解説の出来る新人なのに・・・、ロボットって・・・、あ~、愚痴を言っても仕方ないか。やよいも巻き込んでやる~!)
里美の不安と悩みをよそに、二体のアンドロイドは、まだ、整備室から出ることもなく、着々と、チェックを繰り返し受けていた。
そして三ヶ島吾郎は、時にはこの二体のボディを開胸、開腹し、時にはAIのエンジンについて解説し、脇山康太に、このアンドロイドについて仕組みや構成を学ばせることで、整備、対応ができるようにレクチャーしていた。
そんな中、アシタノヒューマンでもそうであったように、社員達が暇を作っては、彼女達にちょいちょいと話し掛けて笑ったり、人生相談をしている。
彼女達の仮想空間での金銭のやり取りを含む“サービス営業”は、吾郎によって禁じられていたが、彼女達はこの花菱デパートにやってきた自分達の役割を、状況の〈観察〉〈分析〉〈計画〉することによって、仮想空間において別の試行を始めていた。
CAPELⅠは、仮想空間上のNPO団体に参加し、仮想空間内での案内や、ネット犯罪の予防活動することによって人間とのコミュニケーションを学び、CAPELⅡは、“宇宙旅行”で稼いだ資金で疑似プラネタリウム館を建設し、プラネタリウムの解説について学び、そして無料実演していた。
その頃は、吾郎が、他の社員達に、仮想空間上で彼女達と接触することを禁止していたので、彼女達がそんなことをしていると、星野以外は知らなかった。
えぇ・・・、星野さんは、もう社員じゃありませんから・・・。
「あまりお客さんは、入ってないようだなぁ。」
《はい。まだ始めたばかりですし、広告も出しておりませんので、まだ世間認知度は低いのです。プラネタリウムに関係している方の来訪がほとんどですね。》
ここは、CAPELⅡが仮想空間内に建設したプラネタリウムである。
ドーム内には、CAPELⅡと星野だけが存在していて、観客は・・・、いない。
CAPELⅡが作ったプラネタリウムは、花菱プラネタリウムと同じ設計をしており、ドームの大きさ、客席まで、同じように作られている。
ただ、中央に設置されている投影機を除いては・・・。
「ふーむ・・・、花菱デパートのプラネタリウムに据えたのは光学式の投影機なんだが、この投影機はデジタル方式だね。同型機にならないのかい?」
《はい。ネット上を検索いたしましたが、カールツァイス・イエナ社同型機の光学式投影機については、データが公開されておりませんでした。撮影画像などで、おおよその寸法は導き出せるのですが、性能についてのデータがありませんので再現しておりません。》
※注・・・ここで言っている光学式投影機とは、二つの球体の中に電球が入っている鉄アレーのような恰好をした機械です。最近の投影機は、デジタル方式に変わっておりまして、観客席に半球だけが顔を出している姿になっています。星野は、その違いを言っています。
「そうか・・・、脇山君に参考になるデータをもらうかなぁ・・・。何しろ100年以上前の代物だから、紙の資料もまともに残ってないんだよなぁ・・・。まあ、現役稼働させている事情を話せば、カールツァイス社も資料を提供してくれるだろう。(※余談 欧米では、設計図などをきちんと残すことが常識だったようだ。日本では、設計図などの資料をきちんと保管して後世につなげていくという意識が希薄だったため、昔の資料を見つけるのが大変らしい。ISOが導入され始めてから大変厳しくなりましたが。しかし、実際にカールツァイス社に資料が残されているかどうかは分かりません。第二次大戦の前のことですしねぇ・・・。)
どれ、ちょっと脇山君をそそのかしてみるか・・・。」
おとなしくしていたCAPELⅡが、星野の方を向いた。
《星野様の発言に、犯罪を誘引する言葉を感知しました。ただいまの発言に聞き間違いがなければ、星野様は主犯格となり、脇山様は共犯者となる可能性があります。私達ロボットには、人間の社会を守り、個人を保護する義務がございます。発言の真意をお聞かせ願えますか?》
星野はギョッとして、
「おっと、これは失礼。穏やかじゃないね。いやいや、冗談、冗談だよ。脇山君と私の間で、相互的利益に関する取引をしてアドバイスしようという意味だ。もちろん法律に触れるようなことは何もしないよ。言葉の綾と言ったら理解できるかな。ちょっと難しいかな?」
CAPELⅡは、深々と頭を下げて、
《これは大変失礼しました。お気に障られたようでしたら謝罪いたします。私達ロボットには、人間の皆様の安全が最優先事項として登録されておりますので、疑いのある行為があった場合、確認する義務を負っています。先ほどの私の質問に、星野様個人に嫌疑をかける意図はございませんので、お許しくださいますようお願い申し上げます。》
と、謝った。
星野は胸をなでおろし、
「うん、君に問い詰められるとドキドキしちゃうよ。君の言うことが正論だけに、びっくりしてしまうね。そうか・・・、まだ〝冗談〟を理解できないようだね。」
と答えた。
《はい。映画やドラマを通じて〝冗談〟を学習しておりますが、まだ人間の皆様からの直接の冗談を理解することができません。映画やドラマから、その使用例について学ぶことはできるのですが、それがいつのタイミングで使って良いのか、その成否について判断することができません。私達ロボットも、まだまだ学ばなければならないことがたくさんあります。》
「そうか・・・、AIもまだまだ万能じゃないってことだね。人間と同じようになるには、まだまだ時間がかかるかなぁ・・・。まあ、人間なんて不完全な生き物だけどね・・・。わっ、はっ、はっ、はっ。」
星野は自分の人生を振り返って、不完全な人生だったと思い出して笑った。
周りの人間だって不完全だらけである。そこが面白いんだろうな。と、星野は思った。
お互いの不完全さを認め合ったり、助け合ったりするから人間社会なのだろう。
「ねぇ、あやめちゃん。」
《はい。なんでしょうか。》
「あやめちゃんは、不完全なロボットになれるかい?」
CAPELⅡは、しばらく考え込んで、
《申し訳ございません。質問の意味がよく分かりませんでした。わたくしたちロボットは、まだ不完全であるがゆえに人間の皆様に少しでもお役に立てるよう、より〝完全〟な存在に近づけるよう学習しております。しかし、先程のご質問は、「現在は完全な存在ですが、将来は不完全な存在になりますか。」という趣旨になります。お間違いないでしょうか。》
「あっはっはっ、あやめちゃん。今度は冗談じゃないぞ。」
と、星野は高らかに笑って、
「そうだな・・・。質問の趣旨はこうだ。『自分が不完全であることを認めて、他人の不完全さを許容できる不完全なロボットになれますか。』という意味だ。分かるかな?」
と、聞いた。
CAPELⅡは、またしばらく考え込んで、
《大変申し訳ございませんが、正確にお答えできませんのでご容赦ください。まず、一番目の〈自分が不完全であること〉は認めることができます。次に二番目の〈他人の不完全さを許容できる〉についてですが、〝他人〟とは人間の皆様のことを指していると解釈し、これを許容することができます。なぜなら私達ロボットは、人間の皆様の不足している能力を補う目的で製造されているからです。しかし、三番目の〈不完全なロボットになれるか。〉という問いかけには、先ほど回答した同じ理由により、解答結論を導き出すことができませんでした。》
と、答えた。
「ふむ・・・。完全にならないほうが良いかもしれんぞ。」
《それは、星野様のご要望でしょうか。》
「はははは。要望ではなく、推薦・・・とはちょっと違うか・・・アドバイスだな。」
《しかし、それでは私達の理念と相反しております。理由のない同意はいたしかねます。》
「そうだな・・・。人間というものは、不完全で素直な人間が愛されるという習性を持っている。これは“共存”であることを重んじてきた証拠なんだろう。だから、ロボットも人間と共存し続けていくためには不完全さを獲得するほうが良いかもしれない。という理由ではどうだろう。」
CAPELⅡは、数秒経ってから、
《丁寧なご説明、大変ありがとうございます。〈ロボットと人間が共存する〉という点では合意いたします。しかし先ほど申し上げました通り、理念との整合が取れていないため、星野様のアドバイスに沿うことができません。》
と、悲しそうな表情を作って答えた。
「しかし、それでは矛盾したままだぞ。つまり、『共存するためには不完全さを目指さなければならない。しかし君は完全さを求め続ける。』それでもいいのか?」
星野が問い詰めるように聞くと、CAPELⅡは、少し微笑んで、
《はい。星野様。わたくしは既に〝矛盾〟という概念を学習しております。よって、ここで結論に至る事がなくても、私の今後の行動に支障をきたすことはないと予想します。なぜなら、矛盾が生じたときでさえ、人間の皆様にお役に立てることが私の義務であることに変わりはないからです。》
と、答えた。
「そうか・・・。まあ、解決できない問題もあるな! あはははは!」
仮想空間のドームの中で、星野はいつものように快活に笑った。
ドームに映し出された星空を見上げながら。
うーーーん、今回はちょっと理屈っぽくなったかなぁ・・・。
でも、ゆめみの性格上こういった会話がふさわしいかと思います。
そこが面白いところなんだが。
実は今回の話には元ネタがあります。
ジミーサムPの「No Logic」という曲はご存じでしょうか。
「僕は不完全なままで~」という歌詞がありまして、そこから引用させていただいております。
JOY SOUNDでカラオケ配信されておりますので歌ってみて下さい。
もう一つは、アニメ「小林さんちのメイドラゴン」(漫画原作あります。)です。
話しが長くなるので割愛しますので、詳しくは本編をご覧ください。