第三十五話 ほしのゆめみと申します。(14)
“着任”したロボットの様子を見に行った里美だったが、奇妙な光景に困惑するばかりだった。
二体のアンドロイドは、現実世界の整備室では倉橋里美に対峙しつつ、仮想空間では宇宙旅行のガイドをこなして、同時並行して対応していた。
倉橋里美は、青い少女型ロボットから仮想空間での経営報告を受けたが、そんなことを聞きたい訳ではない。利益を上げていると言われても、仮想空間で何をしようが、現実世界で踏ん張って生きてきた里美にとって興味は無かった。
「そうじゃなくって・・・。」
里美は、聞きたいことをどうやって説明して良いのか頭の中でまとまらず、この奇妙な光景を前にして言葉が続かなかった。
それに対して脇山康太は、アンドロイド達が仮想空間の中で作り出した宇宙船で、呆けたように楽しんでいる。
仮想空間の中で、二体のアンドロイドは、よりシンプルで、より人間に近いデザインとなっていた。ロボット特有の不自然な挙動もみられず、人間が操っているアバターと区別がつかない。いや、寧ろ人間が操るアバターは、奇をてらって何か装飾を施したり、ファンタジー世界のデザインを取り入れたりしていることが多いので、こちらの世界では、彼女達のほうが人間になっていたのだった。
CAPELⅠは、黄色とオレンジ色を基調としたデザインに変わり、CAPELⅡは、薄い水色を基調にしたパステルカラーのデザインに変えられ、二体とも胸上から肩回りを露出し、白のロンググローブをはめていた。年齢は20代後半くらいに変わり、すっとした出で立ちで、まさに宇宙船の添乗員である。きっと、旅客機添乗員の教育プログラムやマニュアルを学習したに違いない。
これでは一般ユーザーにもウケるはずである。
しかも脇山康太は、20代前半。スタイルの出来上がった年上のお姉さんに憧れる年齢でもある。
薄いピンク色の唇、ふっくらとした頬に、透き通るような首筋。流れるような肩から、すーっと伸びる腕に繋がれた手とその指先。わずかに膨らんだ胸から下がって、ウェストはすっきりと絞られ、楕円を描くような腰回りを包むスカートの下端から、輝くような健康的な両脚が伸びている。
脇山康太は、チェックするという仕事も忘れて、わずかに笑ったその瞳に、すっかり魅了されてしまっていた。
「二人とも、こんなにきれいだったなんて・・・。うふふふ。」
いやいや、それプログラムの塊ですから・・・。なんて突っ込んだとしても、今の彼であれば、「それでもいい! いいんです!」と、答えたであろう。
《お二方、私達の宇宙旅行は楽しんでいただけているでしょうか。》
にっこり微笑むCAPELⅡ。
「はぁぁぁい!」
「はい、はい! はーーい!」
実は、星野も年甲斐もなく、魅了されていたことは伏せておこう・・・。
ここで現実世界の整備室で、取り残されているのは里美である。
「また・・・、後で来ます・・・。」
事務室で不快感を感じさせられ、整備室では世界が終わってしまったような気にさせられた。
結局、里美は何も聞き出せなかったが、二回目の投影もあるので、ここで追及することを諦め、あきれたまま頭を抱えて部屋を出て行った。
そして、ここでまた頭を抱えた者が帰って来た。
三ヶ島吾郎である。
「な・・・、どうなっているんだ、これは・・・。」
チェックを始めているはずの脇山康太は、通信用ヘッドギアを装着したまま、酔っぱらったように右へ左へふらふらとし、星野元館長も、同じくヘッドギアを付けたまま、折り畳み椅子に座って横を向いて何かを眺めているような恰好をしている。
「 脇山さん! 星野さん! 」
またしても叫んでしまった。様子から察すると、どう見ても遊んでいるようにしか見えない。
「あ・・・。」
ヘッドギアの向こうから聞こえる三ヶ島の怒りの声に、脇山康太は青くなった。
「静香!あやめ!チェックは進んでいるのか?説明してくれ!」
叫ぶ吾郎。
《はい。報告いたします。仮想空間内で検査担当の脇山様と接触しましたが、ご本人様のご意向により、私達が仮想空間上で運営している宇宙旅行にご招待いたしました。今はその状態が継続されています。しかし、検査員からチェックが始まったとの通達は受けておりません。本社で行っていたような試験も実行されていません。報告は以上です。》
と、静香が淡々と答えた。
「はぁ・・・、まったく・・・。」
三ヶ島吾郎はやれやれと言って、ため息をついた。
(出だしからこんな調子じゃ思いやられるよ。)
新しいストレスを抱えてしまったところへ、
《三ヶ島主任、もう一つご報告があります。》
と、CAPELⅡがこちらを向いて喋り始めた。
「何?」
《はい、先程、倉橋様がいらっしゃいまして、同じようなご質問をされました。ですので、私達ロボットの運営する宇宙港と宇宙旅行の報告をしておきました。それで、三ヶ島主任が戻ってこられる前に退室なさいました。》
「あぁ・・・。そう・・・。」
(きっと倉橋さんも、この状況を見て、驚いたというか、げんなりしたに違いない。彼女、真面目そうな人だもんなぁ・・・。)
吾郎は、改めてこの部屋の状況を見回して、肩を落とした。脇山康太は、すっかりしょげかえっており、星野は、三ヶ島の気に触れないように、おとなしくして息をひそめていた。
「もう、いい。静香、あやめ、仮想空間からログアウトしてくれ。これではチェックにならん。脇山君、星野さんもだ。」
《はい、承知しました。ログアウトいたします。》
《承知しました。》
二人と二体は、おとなしくログアウトし、現実世界に戻って来た。
「仕事を忘れて、どうもすみませんでした。」
脇山康太は、ヘッドギアを脱いで吾郎に謝った。
「最初の大事なところなんだから、お願いしますよ。」
吾郎は脇山を叱った。
「いやぁ、すまんかった。三ヶ島君。ついつい・・・。しかし、二人とも美人だったぞ!三ヶ島君も会ってきてみたらどうかね。」
「星野さん!!」
「あまり怒るな。心身に負荷がかかると、長生きできんぞ。」
怒られているはずの星野は、臆することもなく、吾郎をなだめた。
「あ~、もう、僕の気苦労も理解してくださいよ!」
「分かってるって。まあ、気楽に楽しくやるのが、みんなの為になるんだから、楽しんでいこう。」
吾郎の叫びをかわそうともせず、吾郎の怒りを吸い込むようにして答える星野。
「そうはいきません。私には、この娘たちに責任がありますから。」
胸を張って堂々と居直る吾郎であったが、
「そうか、それならよろしく頼むよ。わっはっはっはっ。」
と、肩透かしをするような答えを返す星野。
吾郎の怒りは、どこかに消えていき、脇山康太もそれ以上責められることもなかった。
星野の年の功の前に、吾郎の正義感も丸め込まれたようである。
CAPELⅡは、ただ黙って口元に微かな笑みを作り、その様子を見つめていた。
planetarian に登場する花菱デパートのモデルになった松菱デパートの跡地です。
割と中心地にあるのに、長らく空き地のままのようです。
周囲にも大型店があるので、同じような出店は難しいのかもしれません。
反対側は繁華街が拡がっていて、夜は若者で賑わっています。
イベント会場くらいにはなりそうですが、難しそうですねえ・・・。
筆が止まり気味です。
いつも思うけど、自分の心身の調子が悪いと、こうなってしまうのです。
今まで、だいぶ成り行きで書いてきたので、もうちょっと戦略的に行こうかなぁ・・・と思う今日この頃です。
まだ続けますよ。