第三十四話 ほしのゆめみと申します。(13)
到着した“ロボット”を確認するために、整備室に辿り着いた倉橋里美だったが、室内では理解不能な状況に・・・。
「?!」
これはいったいどういった状況なのだろうか。
不快感を抱えたまま、倉橋里美が整備室に入ってみると、星野元館長と、整備主任の脇山康太が、通信用ヘッドギアをつけたまま、「おーっ。」とか「ひー。」とか、奇声とも歓声ともつかない声を上げ、空中に手を泳がせている。
そして、到着した“ロボット”の赤い方は、整備椅子に座ったまま整備用のヘッドギアを付けて沈黙しており、もう一体の青い“ロボット”は、目を閉じたまま立っている。
里美は、さすがにこの奇怪な状況を理解できなかった。
ロボットが整備椅子に座っていることは理解できる。なぜなら、到着したばかりであるならば、当然、整備や点検を始めるからだ。
しかし、“人間”の二人は、どうなったらこんなことになるのだろう。
遊んでいるのだろうか。
いや、しかし、整備担当であるはずの脇山康太が、勤務中に、なぜこんなことをしているのか。
星野元館長が、ヘッドギアを付ける理由は?
しかも、ロボットの整備責任者である三ヶ島吾郎が見当たらない・・・。
「あの・・・、すみません・・・。」
里美は、ようやく口を開いた。
「お、この声は里美さんですか。いやあ、彼女達、凄いですよ!仮想空間で、ロケットを飛ばして宇宙旅行を営業しているんですよ! 今、僕達は軌道衛星上を飛んでいます! ほら、館長!アフリカ大陸が見えてきましたよ!」
「こっちからは、ヨーロッパ大陸が見えるぞ!」
里美の声に気づいた脇山が声を上げ、呼応するように星野が叫んでいる。
(そんなことを聞きたいんじゃないんだけど・・・。)
里美は、ヘッドギアを被ったままの興奮冷めやらぬ脇山に困惑した。
「あの・・・、これはいったい・・・。」
仮にも人生の先輩たちに不躾に聞くわけにもいかず、困っていると、
《倉橋里美様、お久しぶりです。弊社の試験の際は、大変お世話になりました。》
と、青いロボットが目を開いて、里美の方に向き直ってお辞儀をした。
「あ、覚えていてくれたんだ・・・。ありがとう。試験は合格できるようになった?」
《はい。無事に試験を合格しました。これも皆さまのご指導の賜物です。》
と、言って、またお辞儀した。この青いロボットは、お辞儀することが習慣になってしまっているようである。
ようやく、里美は普通に話せるようになり、
「確か、三ヶ島さんが一緒に来ているはずなんだけど、どこかへ行かれたの?」
《はい。三ヶ島主任でしたら、身体に疲労が発生したとの申告があり、疲労を回復されるため、休憩を取られております。休憩場所ついては報告を受けておりません。携帯端末の現在位置を探索いたしましょうか?》
里美は、にっこりと笑って理路整然と残酷に答える青いロボットに、少なからず違和感を覚えたが、
「あ・・・、いいの、いいの、探索なんかしなくても大丈夫だから。」
と、慌てて否定した。疲れて休んでいる人を追いかけるなんて無粋である。
そして、ドアを閉めて、
「それよりも、この状況を説明してもらえる?」
と、聞き直した。
《はい承知しました。》
青いロボットは、またお辞儀をして説明を始めた。
《ただいまから、28分20秒前のことです。三ヶ島主任が整備室を退室されたあと、脇山様と星野様、そしてCAPELⅠ(キャペルワン)、CAPELⅡ(キャペルツー)の両機と共に、仮想空間『ネオジャパンライズ』にログインしました。》
「キャペル・・・ワン・・・?」
《はい、“キャペルワン”は、私達両機に登録されている製品番号の枝番号を指します。》
「あー、そういえば、そうだったような・・・。」
《はい、ご契約者様から、お名前をいただいておりませんので、今は、製品番号を略し、枝番号で代替させていただいております。》
「あぁ、そういうこと・・・。」
里美は自分が名前を考える責任者だったことを思い出して、う~ん・・・と、自問し、これは一度、やよいも連れてきて一緒に考えるべきだと思った。
「それで・・・、それで、なぜこんなことに?」
《はい。実は、脇山様から、『仮想空間上で、私達のチェックをしたほうが、チェック精度を向上できるのではないか。』との提案がございました。》
「はあ・・・。」
《三ヶ島主任の同意がございましたので、こうして、仮想空間上で私達を点検することに至りました。》
青いロボットは、両手を前に重ねてお辞儀をした。
「里美さん!彼女達、仮想空間に宇宙港を作ってしまったんですよ。しかも、運営して利益を上げているんです!この宇宙船旅行だって、有料なんですよ!今は無料で乗せてもらってますけどね!」
脇山康太は、ヘッドギアを被ったまま興奮気味に叫んだ。
「え?利益?」
里美は、きょとんとして聞いた。
《はい。私達が『ネオジャパンライズ』内に建設した宇宙空港で、利用される一般のユーザー様から、少額ですが利用料をいただいております。また、今、脇山様と星野様に搭乗いただいている宇宙船旅行も好評をいただいております。現在、仮想通貨652,175[V-Yen]の利益を上げており、順調に推移しています。》
青いロボットは、自分達の利益を誇る事もなく、淡々と報告した。
里美は、ロボットからの報告を受けても、その内容についていけなかった。言葉は入ってきても、理解ができない。でも、なんとなくマズイことをしているような感じだけはした。
[V-Yen]は、日本銀行が発行している仮想通貨だった。その時々のレートで『円』に換金することも可能だ。もし、一定以上の利益を上げてしまうと課税対象になってしまう。そうすると、ロボットの所有者であるアシタノヒューマンが利益を上げていることとなり、税制上の処理をしなければならない。
※余談
仮想通貨の価値をレートで換算した価値をどのように判断し、国家が管理できるのか。そもそも国境が存在していない仮想空間で、誰が、どの国家が管理できる権利を所持しているのか。現在でも問題になっていると思われるが、収集がつかなくて放置され、脱税、マネーロンダリングを含んだブラックマーケット化しているように思える。
ちなみに、仮想空間上で金銭を得ることは目新しい概念ではない。ネットゲームが登場した2000年代から、レアアイテムをリアルマネーで取引して利益をあげることは、中国や韓国のネトゲ界では当たり前のことだった。ネットゲーム上で自律するキャラクター(ボットと呼ばれた。)を、自動プログラムで大量生産し、ゲーム内マネーを稼いだり、レアアイテムを収集したりもしていた。日本でも熱狂的なファン(ネトゲ廃人、中毒者)の間で、アイテムを現金取引していたが、加熱して社会問題化し、禁止になっていった。皮肉なことに現金取引を禁止した頃から、ネットゲーム熱は冷めていったように思える。あのカオスな感じも、それはそれで楽しかったのだが・・・。
今は、電子的に保護されたイラストやアバターアイテムに、多額の金額を払うことが世界的なトレンドになってきている。やはりマネーによる欲望の力は強い。しかし、これは悪いことばかりではない。クリエイターのことを考えると、通貨取引はあってしかるべきであろう。
なんと、仮想空間上で、アバター同士の売春も行われているようだ。現実世界の相互行為はないようだが、現実であれ、仮想空間であれ、脳が認知していることに変わりはないのだから成立するのでしょう。そうなると、いつかは仮想空間で戦争するようになるかもね。サイバー戦争は、すでに、そういうことなのかなぁ・・・。そういえば、昔、『トロン』という世界初のCG映画があってだな・・・(以下略)。
原作者の涼元さんのツイッター文章を読むと、カチッとした文章になっているんですよね。
エロゲシナリオライターは、もう卒業したのかしら?
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