第三十二話 ほしのゆめみと申します。(11)
整備室に入ったアンドロイド、倉橋里美は、今日の入荷を思い出し、事務室に向かったのだが・・・
「いやぁ、これはどうもどうも、本条部長、この度プラネタリウム館の館長を拝命しまして、ええ、ええ、何しろ花菱デパートの花形ですから。」
事務室では、新しく館長となった長嶋館長が、電話の相手のホログラムに仰々(ぎょうぎょう)しく喋っていた。どうやら社内の他部署の幹部と話しているようである。新たに『館長』という役職を得たことで、自分自身を、社内に営業を掛けているようである。無論、まだ社会人経験の浅い倉橋里美に、館長となった長嶋が何をしているのか分からなかった。普段見たことのない“ぬめっ”とした笑顔と、へつらうような言葉使いが、スポーツと学問を通して生きてきた里美には、気持ち悪くて理解できなかった。
この長嶋という男は、言ってみればただのサラリーマンである。花菱商事というブランドに就職し、給与を得ていた。天文やプラネタリウムに興味があるわけではない。ただプラネタリウム館という名の部署に配属され、そつなく運営し、収益化を図り、花菱デパートに利益をもたらすように“作業”するだけである。里美は、“本条”とい名を聞いたことが無い。おそらく花菱デパート以外の、花菱グループの、どこかの会社の一人なのだろう。里美達は、上司である長嶋に対してプラネタリウム館の向上に注力してもらいたいのだが、とてもそのようになるとは思えなかった。プラネタリウム館の設立に愛情を注いでいた星野とは真逆である。しかし、愛情だけでは経営は成り立たぬ。そんなところも加味して彼を配属したのであろう。人事部や経営幹部は、様々な事情や見通しをつけて彼を配属したのだろうが、里美達の理解に及ばぬところだった。
(こんな素人同然の人が、館長になっていいのだろうか。)
里美には、そんな感想しか思い浮かばなかった。
「ええ・・・、ええ、小生も、まだまだ、若輩者ですので、本条部長のお力添えがあれば、わたくしも花菱に貢献できるというものです。はい、はい、それでは失礼いたします。」
深々と頭を下げた長嶋館長は、相手のホログラムが消えてさえも、なかなか頭を上げなかった。
「失礼します。」
電話が終わったはずだと思って、里美は長嶋館長に声を掛けた。
長嶋館長は、さっと頭を上げて里美を見た。
「ああ・・・、倉橋君か・・・。なんだね?」
こういった会話は最悪である。
『いやぁ、かっこ悪いところ見られちゃったねえ!』
とか、
『今日も調子良さそうだねえ!』
とか、相手の緊張を溶いて会話を続け、お互いの意思や情報の伝達を図るべきであろう。
『なんだね?』
というのは、邪魔しないでくれ、と言わんばかりである。
里美は、蛇に睨まれた蛙のようになり、顔をこわばらせて、
「今日はロボットの搬入予定日だったと思いますが、もう到着したでしょうか?」
と、聞いた。すると長嶋は、
「知らんな。あの三ヶ島という出向社員に聞いてみたらどうだ。おや?星野さんは、どこに行ったんだ。全くこんな時期に、よくも・・・。」
と、悪口を言いかけて押しとどめた。さすがに里美に聞かれるのは、まずいと思ったらしい。
「千駄木君が騒いでいたから、もう着いたんじゃないのかな。整備室かもしれん。」
長嶋館長は、つれなく言うと、携帯端末の電話帳をスクロールしながら、次の“お客様”を物色し始めた。
「ありがとうございます。」
里美は、えもいわれぬ不快感と、心の痛みをこらえながら礼を言うと、事務室を出た。
整備室では、星野、吾郎、脇山と、二体のアンドロイドが到着している。
吾郎と脇山は、せわしなく動き回り、星野は部屋の隅で折り畳み椅子に座って、静かにその様子を眺めている。
すでにCAPELⅠが整備シートに座り、チェックを受けていた。
まずは、搭載されているAIと整備システムを繋げるかどうか、無線充電できるかどうか。
吾郎は、本社から持参した使い慣れたノートパソコンの画面を見ながら、一つ一つチェックをしていた。
実際にはチェックプログラムが画面上に流れていくのを見ているだけだったが。
「静香、君の方でもチェックは進んでいるか?」
《はい、こちらでも接続状況を確認していますが、問題ありません。充電機能も正常です。》
無骨なヘッドギアを被ったまま、CAPELⅠが答えた。
「了解。ま、問題ないか。これならあやめの方も問題ないだろう。」
あやめであるCAPEL2は、彼らの横で、その様子を見ながら微笑んでいる。
「あの・・・三ヶ島さん。彼女達も仮想空間に存在できるんですよね?」
唐突に脇山康太が、吾郎に尋ねた。
「そりゃあ、まあ、技術的に不可能じゃないけど・・・、なんで?」
「彼女達の見ている世界は、つまるところコンピューター上の世界なわけでしょ。と、いうことは、現実世界で彼女達に接触するよりも、仮想空間の方が理解しやすいのかなと、ふと、思ったものですから・・・。」
「仮想空間上のほうが、チェックもしやすいってこと?」
「ええ・・・、まあ、単純な発想ですけどね。」
「うん・・・、試したことはないけど・・・、まあ面白いかもね。」
吾郎は、モニターから目を離して脇山に答えた。
「まあ、どうしても試してみたいなら、やってみるか?」
「は、はい!やってみます!」
脇山は、置いてあった通信用ヘッドギアを手に持った。
「じゃあ、あやめ、ネット上の仮想空間にログインしてみてくれるか? 直接つながるなよ。感染が怖いからな。」
《承知しました。どちらの仮想空間にログインいたしましょうか。》
素直に答えるCAPELⅡ。
「うわ。これであやめちゃんと一緒にいられる!」
脇山康太は、アイドル歌手の握手会に並んだ時のように興奮して、思わず叫び声をあげた。
「なんだ、しょうがないな、康太くんも。全くだらしないなぁ。」
星野は座ったまま、カッ、カッ、カッと笑った。
「くれぐれも千駄木さんには、内緒ですよ。」
康太は、しーっいうジェスチャーをして、意気揚々と通信用ヘッドギアを被った。
星野元館長は、
「内緒にしとくから、僕も行って見るよ。まあ、あいつにバラすと帰ってこなくなるかもしれないからな。」
と、言って、嬉しそうに通信用ヘッドギアを探し始めた。
吾郎は困った顔をして、
「はあ、星野さんもまだまだ若いなぁ・・・。脇山君、遊びじゃないんだぞ。君こそきちんと帰るようにな。きちんと仕事はしてくれよな。」
と言うと、康太はグローブをはめつつ、
「はい、はぁい、わかりましたぁ。」
と、すっかりご機嫌である。
「じゃあ。あやめ。『ネオジャパンライズ』にログインしてくれ。海外サーバーは、やばいからな。」
《承知しました。それでは、ただいまから『ネオジャパンライズ』にアクセスします。ログイン場所は、浜松宇宙港、登場ロビーにいらしてください。》
「えっ?ひょっとして、もうアカウントがあるの?」
脇山康太はヘッドギアを被ったまま声を上げた。
撮りためた、NHKのドラマ、アニメを見ています。
プラテネスの再放送しているんだけど、本当に絵が上手いですよね。本格的に絵を学んだ人なんだろうなぁ・・・。最近のアニメは、こういった絵がなくて、薄っぺらく感じてしまいます。
しかし、NHKのアニメやドラマは面白いんだけど、うまくまとまり過ぎてて、そこが面白みに欠けるかな。
ちょっとしたアクや、クセがあったほうが、見応えあるんスけどね・・・。