第三十一話 ほしのゆめみと申します。(10)
花菱デパートに到着した三ヶ島吾郎は、二体のアンドロイドを伴って、屋上へと昇る。
「“彼女たち”が地下に到着したらしいですよ!」
“彼女たち”に、きわめて個人的な興味をもっていた事務員の千駄木は、プラネタリウム館の事務室で声を上げていた。聞いているのは、昨日付けで退職となった星野元館長である。今日は、アンドロイドの入荷日だったので、来客としてプラネタリウム館にやってきている。自分が推薦した商品を確認するためだ。無論、給与は無い。
「おぉ、着きましたか。」
星野は、ソファからゆっくりと腰を上げて立ち上がった。星野も既に65才である。真っ白な頭髪に、真っ白な口ひげを蓄え、それなりの風貌をしている。深々としたソファから立ち上がるのも、けっこうな力が要る。
「それじゃあ、彼女達を出迎えましょう。」
と言うと、千駄木と一緒に廊下を通ってエレベーターの扉の前まで歩いた。
扉の上に表示された数字が増えていく。
「いよいよだなあ!うほほ!」
千駄木は、アンドロイドの姿を映像に収めようと、興奮しながら携帯端末で動画撮影を始めた。
「千駄木君、その変な声を上げるの、いい加減やめたらどうかね。」
「あひあひ、いやあ、すみませんでふ。」
本来であれば、プラネタリウム館スタッフ全員で出迎えるところなのだが、今は開館中であり、プラネタリウムの上映中でもあった。
まあ、アンドロイドにとって千駄木の変態声など、気にも止めないだろうが。
数字が「RF」に変わると、一般エレベーターとよりも大きな扉が、“カコッ、カコカコ、ウウーン”と唸りながら開き、正面に三ヶ島吾郎と脇山康太が現れた。
「星野館長、彼女達を連れてきました。」
「ご苦労さま。」
既に退職しているから『館長』ではないのだが、吾郎は、習慣でそう呼んでしまっている。
短いやりとりを済ますと、吾郎と脇山はエレベーターから出た。エレベーターの奥に、二体のアンドロイドが両手を前にして直立不動で立っている。
「さあ、二人とも、こっちへ。」
《はい、三ヶ島様。》
二体のアンドロイドはそう言うと、前に進み出てエレベーターから降りた。
「いらっしゃ~い!静香さん、あやめちゃん!」
千駄木が、二体に駆け寄って声を掛けた。
しかし・・・、
彼女達に反応はない。
「あ・・・、すみません。今日からリース開始ですので、今は名前が無い状態でして・・・、開発時の名前を呼んでも反応しないのです。以前使用していた名前は仮登録だったもので・・・、今日からは別の名前を付けなければなりません。枝番号の「キャペルワン」「キャペルツー」であれば反応しますよ。」
吾郎は、彼女達に無視されてショックを隠し切れない千駄木に、そう言って説明した。
「あ~、びっくりした~、心臓が止まるかと思いましたよ。あの・・・、キャペルワン、キャペルツー、僕のこと覚えてる?」
《はい、2033年12月18日に千駄木様についての記録があります。詳細を照会いたしましょうか。》
淑女タイプの赤い服を着たキャペルワンが無表情で千駄木に迫った。
「あ、いやいや、いいよ。遠慮しときます。なははは。」
千駄木は、開発室に訪問した時の自分の姿を、みっとも良いものではなかったと思い出し、冷たい目線をした(少なくとも千駄木にはそう見えた。)アンドロイドの申し出を断った。
「私が呼んでも反応しないのかな?」
星野が吾郎に尋ねた。
「あ・・・、いえ、星野館長は特別ですので開発メンバーで登録してあります。反応しますよ。」
「そうか、それは良かった。老いぼれに嬉しい心遣い。感謝しますよ。」
「いえ・・・、そんな・・・、星野館長の推薦がなければ、このプロジェクトも無かったわけですし、当然のことです。」
「そうですか。それは、ありがたいねぇ・・・。」
そう言うと、星野は、アンドロイドに近寄って声を掛けた。
「静香、あやめ、これから、みんなを助けてくださいね。」
《はい、星野様。私達は皆さまのお役に立てるよう鋭意努力いたします。》
「あはは、相撲取りのようなことも言うようになったか。」
「それにしても呼びづらいなぁ・・・。早く名前を付けてもらいたいよ・・・。」
と、ぼやく千駄木。
「そういえば、名前付けの責任者は倉橋さんでしたよね・・・。」
「まあ、そのへんの事は後にして、まず彼女達を整備室でチェックします。」
すっかり興奮が冷めてしまった千駄木の横を通り、吾郎は、星野、脇山と共に、二体を引き連れて整備室に向かった。
(そういえば、今日から“ロボット”達が来るんだった。)
倉橋里美は、朝の一回目の上映を終えて、小さなお客さん達を見送りながら彼女達が来ることを思い出した。
「星のお姉ちゃん、バイバーイ!」
小さなお客さんが元気よく手を振る。里美は胸元で、小さく手を振って返した。
如月やよいのイタズラの一件以来、里美は、時々、頬にラメ入りの星を描いてサービスするようになった。ピエロとまではいかないまでも、子供たちに強く印象が残るらしく、評判が良かったからだ。そして同じくユリアンも、星や月を自分の頬に描いたりして楽しんでいる。時には子供たちにせがまれて、無料で子供の頬に描いてやる事もあった。頬に星マークを持った子供が、親と一緒に記念写真を撮ってはしゃいでいるのを見ると、業務外なのではあったが、(まあ、これはこれでいいか。)と、思うようになっていた。
接客業にとって、お客様へのサービス、つまり、お客様の悦びが大事である。
こういったことも才能の一つなのだが、里美自身は、それをそうだと思っていない。当の本人は、全て成り行きでこうなったただけで、自分に主体性がないことをしているようで少し辛いと感じていた。
「お化粧代は出してくれるから、まあ、いいんだけどねぇ・・・。」
里美は、本日最初の投影の最後のお客様を見送って、ため息をついた。
「おつかれですか?里美さん。人前でため息つくの良くないよ。子供たち、敏感に感じるよ。」
ユリアンは、頭をぐるっと巻いたへジャブ(スカーフ)から、背の高い里美を覗き込むように見上げて言った。彼女はインドネシアからの留学生で、イスラム教徒であった。
「あははは・・・、そうですね。またユリアンに怒られちゃった。」
里美は、そう言って無理やり笑顔を作った。
《プラネタリウムへ、ヨウコソ。ニカイメノトウエイハ、ジュウイチジ、ゼロフンカラデス。ニカイメハ、ハルノセイザト、ツキノモノガタリデス。ヨンジュウゴフンノトウエジカントナッテイマス。チケットヲコウニュウシテ、ジカンマデオマチクダサイ。ニュウジョウリョウハ、コドモ・・・・》
里美達のすぐそばで、カウンターに鎮座しているロボホシノが、閑散としたロビーに向かってアナウンスをしている。
「この子よりマシになってくれればいいんだけど・・・。」
と、里美はぼやいて、事務室に向かった。
ネットサーフィンできないおかげで、小説を書く量が増えました。
きっとこれは良いことなのだと思う。
最近思うのですが、ネット上の情報をいくら集めても、あまり身にならないような気がします。
皆さんも、ネットやSNSに縛られないように、日常生活をコントロールしてください。
しかし、いま、ノートパソコンをネットカフェに持ち込んでアップロードしているのですが、やりづらいなぁ・・・。WiFi繋がらなかったから、ちょっと焦りました。