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隣に迷宮のある暮らし(5)

 鑑定結果への困惑を引きずったままのカズヤが、無事にギルドから出ることがかなったのは、案内係の少年の微妙にやる気のない態度によるところが大きかった。


 十人中九人が怪しむほど不審な挙動をしていたはずなのだが、疑う素振りもなく「ご利用ありやっしたー」と送り出してくれたのである。

 他の人間であれば、個室の備品が盗まれていないかのチェックくらいはされていた。


 それだけ動揺を隠せていなかったわけだが、大勢の人間でざわつく空間においては、多少周りが視界に入っていなかったり、眉間に皺を寄せてぶつぶつ独り言を呟いたりする程度では、簡単に人込みに紛れ込んでしまうものらしい。


 そんなこんなで脱出を果たすと、とりあえず落ち着ける場所を求めて歩き出す。

 一ミリも心当たりのない正体不明の実績について考察するためにも、人気が少なく静かで思索にふけることのできる所があればいいのだが……。


 と、考え事に没頭するあまり足元しか目に入らなくなっていた視界に、すらりとした脚線が飛び込んで来た。

 顔を上げてみれば、目の覚めるような迫力のある美女が、カズヤの行く手を塞いでいるではないか。


 つい気後れしてしまうほどの凛とした立ち姿。切れ長の瞳や薄い唇はパーツとしても白眉だが、それらが非の打ち所もなく配置されているとなれば、もしや一流の芸術家が完璧をテーマに描き出したのかとすら思える。


 しかし、艶然とした微笑をたたえる表情には人間めいた揺らぎが見当たらず、笑顔の仮面の下に何かを隠しているように思えてしまい、かえって違和感となりカズヤの脳裏で激しく警鐘を鳴らしていた。


「……俺に何か用ですか?」

「見知らぬ相手を警戒するのは、人として正しい反応よ。ところで質問への答えなのだけれど、ギルドでの能力鑑定の結果に興味がある、と言えば伝わるかしら。国津カズヤ君」

「あんた、どこでそれを……!」


 絶賛憂慮中の件について、初対面の相手にいきなり核心まで踏み込まれ、カズヤの全身が警戒の気配を帯びる。


 なにせ本人ですら、そんな実績を獲得していると知ったのはわずか十分前なのだ。氏名も併せ、誰にも明かしていない情報を嗅ぎつけ、接触までしてくるとは。考えるまでもなくただ者ではない。


 反射的に身構えてしまうカズヤだったが、美女はくるりと背を向けると、無造作に歩き出した。


「ついて来てもらえるかしら。悪いようにはしないから」


 誤解しようのない誘い文句。しかしカズヤはその場にとどまったまま、ついていこうとはしなかった。

 抑揚、物腰、超人的な美貌。目の前の人物から受け取る全ての感覚が信用ならなかったからだ。外見があまりに完璧過ぎるため、逆に人間味に欠けているせいかもしれない。


 能力鑑定の情報が漏洩している事実は気になるが、信頼できない相手を頼っても煙に巻かれるのがオチだろう。あるいは詐術に絡め取られ、罠に嵌められる可能性すら考えられる。

 そんな相手に迂闊についていくほど、カズヤの危機意識は欠如してはいなかった。


 同行の意志が無いらしいと察し、立ち止まった美女が肩越しに振り返る。青年の顔に浮かぶ隠しようのない疑念の色を確かめるや、美女は「ふむ」と一呼吸置いたかと思うと、脈絡なく話題を転換した。


「あなたは一日に新宿駅を利用する人数を知っているかしら?」

「は? なんだよ、藪から棒に」

「ギネス認定された乗降客数は三百五十万人。名実共に世界一の巨大駅と言えるわ。それだけの大人数が毎日利用するということは、同じ数だけ商売の種が転がっているという意味でもある。そんな立地を最大限に利用した形態の一つが駅ナカや駅チカといった商店街で、数多くの飲食店が店を出し、鎬を削っているのよ」


 そんな講釈を垂れながら取り出した物に、カズヤの視線が釘付けとなった。

 どこに隠し持っていたのかは知らないが、弁当箱ほどの大きさをした長方形の紙製容器である。特筆すべきは、薄い包装を透過して、抗いようのない甘い香りを漂わせていること。


 ひと嗅ぎした途端、腹の虫がアレを寄越せと一斉に大合唱を始め、無意識にごくりと生唾を飲み下してしまう。

 さながらご馳走を前におあずけをくらった犬のように目を血走らせるカズヤを、美女は悠然と追い込みにかかった。


「これの中身は駅ナカの飲食店街で今しがた購入してきた、今川焼や大判焼きと呼ばれる和菓子よ。円形の型に甘い餡を詰めてこんがりと焦げ目がつくまで焼き上げた、たい焼きの親戚といったところかしら。焼きたてだから味の方は折り紙付き。ところで私は、これをお土産として持ち帰る予定なのだけれど、ついうっかり一つ余分に購入してしまったわ。あー、どこかに私の招待を受けてくれるお客様はいないかしらー。今なら漏れなく、この今川焼をご馳走してあげるのだけれどー」


 絵に描いたような棒読み。

 きょうび幼稚園児ですらもう少しマシな演技をしてみせるのだろうが、今川焼に心奪われたカズヤは欠片も躊躇することなく、これ見よがしに張られた網の中へと満面の笑みで飛び込んでいく。


「あんたには色々と訊きたい事があるからな。仕方ない、一緒に行ってやるよ。そして俺にその今川焼をプリーズ!!」

「……………………私が言えた義理ではないのだけれど、ちょっと即物的過ぎないかしら」


 まったくもって同意しかない美女の感想に、しかしカズヤはきょとんとした表情を返すのみであった。

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