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隣に迷宮のある暮らし(4)

「……え、これっぽっち?」


 はっきり言って、予想金額の半分にも届いていない。

 放心状態での呟きを己の仕事への侮辱と受け取ったのか、担当の男性職員が微かにむっとした表情で明細表を差し出してきた。


「どれも丁寧に摘まれていますので、質という点では申し分ありません。数量にしても、お一人で集めたとは俄かには信じられないほどでした。しかし──」


 一度言葉を切ると、明細表の一番下の項目を指し示す。そこに記された文字を追ってみれば、書かれている意味は単純明快なものだった。


「買い取り対象じゃない植物だから査定不可。一銭にもならない。それが半分以上もあったってのか……」


 これにはカズヤも打ちひしがれてしまう。

 おまけによく見直してみれば、ボーナスになると期待していた薬草すら査定不可に分類されているではないか。栽培が非常に難しく、魔術師達の間でもなかなか流通しない、稀少な霊草だったはずなのだが……。


「取引記録によると新宿迷宮のご利用は初めてですので、手短にご説明させて頂きます。査定価格は主に市場の需給によって一日単位で変動します。つまり高値が付く条件として、取り扱いが少ないことに加えて、欲しがる企業が多い必要があるわけです。危険が少なく入手も容易であることから、一階で集められる素材は流通量が多くなりがちですし、いくら珍しくても効果が不明な物に価値はつきません。ご了承ください」


 あまりのしょぼくれ具合に憐憫の情でも沸いたのか、職員が少し踏み込んで値付けの理由を教えてくれる。おかげで納得はともかく、理解することはできた。


 どうやら失敗の原因は、稀少ではあるが使い道のない薬草ばかり摘んできてしまった点にあるらしい。確かによくよく思い返してみれば、査定不可と判定された植物の用途は、ほとんどが魔術師にしか意味のない儀式や術式の触媒ばかりだった気がする。


 それに対して無事に買い取ってもらえた方はといえば、傷薬や滋養強壮といった、一般人にも十分に効能をアピールできるラインナップとなっていた。


「あー、なるほどです……。よく分かりました、お手を煩わせてすんません」

「いえ、納得いただけたのでしたら何よりです。ああそれと、査定不可の物については固定処理をせず返却とさせて頂きます。下手に廃棄すると周辺環境へ悪影響を与える恐れがありますので、新宿迷宮内に戻すか、数日保管して消滅を確認するようにしてください」

「……はい」


 注意事項と共に紙袋いっぱいの薬草を渡され、最後に雀の涙ほどの売却代金を受け取る。肩を落として立ち去りかけるカズヤだったが、その背中に思い出したような職員の声が届けられた。


「そうそう、登録初日の方に限り、能力鑑定が無料で受けられるキャンペーンを実施中です。ご自分の適性を把握されることは、探索の計画を立てるためだけではなく、いざという時に命を守る判断にもつながりますので、是非ご利用を検討なさってください」

「そいつはどうも、ご親切に」


 張りの無い声で返事をして、重い足を引きずる。

 査定待ちの間にシャワーを借りられたので、とりあえず埃と垢は落とせたのだが、懐の寒さに関しては新宿迷宮に潜る前と大差ない。ありていに言うならば野宿ルート一直線である。


「ふう、いつまでも失敗を悔やんでいても、気が滅入るだけだな」


 往来のど真ん中で立ち止まると、カズヤは盛大な音を立てて己の両頬を張った。

 突然の奇行にぎょっとする周囲の人々を気にも留めず、気合を入れ直す。

 なに、今日の失敗は明日の成功に活かせばいいのだ。品質はお墨付きなのだから、あらかじめ買い取り価格をチェックしておけば、今日よりはましな結果となるだろう。間違っても労働の半分以上が無駄骨になるような事態は回避できるはず。


「おっとそうだ。その前に能力鑑定ってやつを受けてみるか。無料って話だし」


 貧すれば鈍するとはよく言ったもので、能力鑑定とやらが具体的にどういうものかも知らぬまま、ただ無料という甘い響きに引き寄せられる。

 査定待ちよりはずっと短い行列を消化し、受付で能力鑑定を受けたい旨を告げると、神経質そうな風貌の職員がバイトの案内係を呼んでくれた。


 すぐにやって来た軽薄そうな少年の後に付いていけば、通されたのは二人も入ると息苦しさを覚えるような狭い個室であった。

 殺風景な小部屋の中には、カードリーダーと操作用の端末、安っぽいモニターだけが設置されている。


「その機械にMagicaを読み込ませてやれば、新宿迷宮に入退場した時に自動測定された能力値が画面に映るっす。能力値が十を超えていれば、その分野に適正ありみたいっすね。あと、スキルとか実績も表示されるんすけど、お客さん初日っすよね? だったら空っぽが普通なんで、何も書いてなくても気を落とさなくて大丈夫っすよ。じゃあ、俺はこれで。探索者の能力は個人情報なんで、俺がいなくなった後で確認するようにお願いするっす」


 使い方をぽんぽんまくし立てると、少年はあっさりと出ていってしまった。良くも悪くも完全に流れ作業になっている。

 試験でもやらされるのではと身構えていたカズヤにとっては拍子抜けだが、郷に入っては郷に従えという言葉もある。個人の感想は脇に置き、早速だが能力鑑定を受けてみることにした。


 Magicaを取り出し、読み取り装置の細長いスリットへ。処理にかかった数秒のタイムラグを経て、隣のモニターに鑑定結果が映し出される。


「は?」


 鑑定結果を一目見たカズヤは、目を丸くしてぽかんと大口を開けてしまった。

 その理由など考えるまでもない。

 モニターに表示された能力値が、いずれもプログラムがバグったかのように、盛大に文字化けしていたからである。


 正面の壁に張り出されている鑑定結果心得によれば、筋力や持久力といった肉体的な能力は当然ながら、五感の鋭さや我慢強さといった、どうやって測定しているのか詳しく聞いてみたくなるものまで、探索者に必要とされる各種能力が単純なアラビア数字で表されるだけのはずだというのに。


「あー、こいつはもしかして、中の連中の分も計測しちまってるのか……?」


 冷や汗を垂らしながら、心当たりが舌から滑り落ちる。

 まさかこんな結果になるとは想像できるはずもなく、案内係が退室してくれていたことに思わず感謝してしまう。誰の目にも異常と映る鑑定結果が知られてしまえば、この先どれだけ面倒な事態になるか、子供でも予想がつくというものだ。


 新宿迷宮に探索以外の用事があるカズヤにとって、下手に注目を集める事態はできれば避けたいというのが本音であった。


「いくら無料でも、これからは遠慮しておいた方が良さそうだな…………んん?」


 スキル欄にも文字化け表示がずらずら並んでいることに辟易するカズヤだったが、画面をスクロールしていた手がふと止まる。

 能力値やスキルと違い、てっきり空欄だろうと予想していた実績のスペースに、唯一まともに読める文字列が並んでいたからだ。

 だが、そこに綴られていた内容こそが、本日最大の問題児であった。


「“第九階層守護者のペット”だとおっ!?」


 抑えきれずに素っ頓狂な声を上げてしまい、カズヤは慌てて個室の外へと頭を突き出すと、聞きとがめた者がいないか、キョロキョロと辺りを確認する羽目となったのだった。

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