想いの行き着くところ(6)
「予想外だったのは、彼女があなたを頼ろうとした事かしら」
いきなり矛先を向けられ、カズヤはぴくりと肩を震わせた。しかし、それ以上の反応は見せない。意固地な態度を貫こうとする青年を、新宮寺は底知れぬ深淵から覗き込んでくる。
「スズちゃんが最も信頼しているのは、彼女が従えている三匹の魔獣で間違いないわ。だけど、あの子達を頼るわけにいかない問題が発生した時、迷うことなく助力を求めた先はあなただった。非常に興味深い反応よ。聞いていた話だと、ギルドで面倒な探索者に付きまとわれていたのを助けてあげたらしいけど、その延長線上だと思う?」
「そんなん、俺に訊かれても知るわけないですって。案外、一番近くにいたからじゃないですか。溺れる者は藁をも掴むそうですし」
「それもそうね。それじゃあ彼女のペットとしては、どんな感想かしら?」
「ストップ。その与太話、俺は認めていませんから」
いまだに頑なな拒否を続けるカズヤに、新宮寺は残念そうに頭を振ってみせた。
「惜しいわねえ。あなたには素質があると思っていたのだけれど」
「俺に勝手にペットの素質を見出さんといてください」
過去最冷の口調で、はっきりと釘を差しておく。それでもどこか未練がありそうな新宮寺であったが、鍋から徳利を引き上げようとした手が突如硬直したかと思うと、摘まんでいた指の間からつるりとこぼれ落ちた。
透明なお酒が徳利の口から流れ出し、床へと沁み込んでいく。
「こ、れは……!?」
「あー、勿体ないなあ。どうしたんですか、いきなり固まったりして。新宿迷宮で異変でも起きましたか?」
「スズちゃんに危険が迫っているわ」
冗談のつもりが即座に肯定され、カズヤの動きも一瞬止まる。が、すぐに押し殺した口調で呟いた。
「言っておきますが、助けに行って欲しいなんて頼みはお断りですよ。守護者を引き受けたのはあいつ自身の選択だ。それなのに横から手出ししたら、あいつの覚悟を踏みにじったも同然になっちまう。俺はそんな人でなしにはなりたくないです」
「これが探索者との戦いだったら、カズ君の意見を尊重させてもらうところだけど……でも今回については事情が違うみたい。第三者が介入しているわ」
「第三者?」
何を言われているのかすぐには理解できず、カズヤはおうむ返しに問い返してしまった。
先程の新宮寺の発言が正しければ、涼音は今、新宿迷宮の五十階で探索者を迎え討っているのではなかったのか。
どうやら新宮寺は新宿迷宮内の様子をリアルタイムで把握できるようだが、だとすれば第三者など五十階に到達する前に補足していて然るべきだろう。
「確証の無い憶測だけれど、介入者には魔術の心得があるわ」
「んなっ!?」
「【転移】系統の術式で、ダンジョン外から一挙に五十階へ侵入したと思われる痕跡が検出されたの。類似の術式で、外部に待機させていた戦力を続々と送り込んできているみたい。このままでは物量で押し切られてしまうのも時間の問題よ」
目を閉じて深く集中した様子の新宮寺が続々と告げる状況は、涼音が絶体絶命の窮地に追い込まれているという推測を補強するものばかりだった。
そして最後に、決定的な一言がカズヤの耳朶を打つ。
「襲撃をかけてきた魔術師のローブに、水瓶の刺繍を確認したわ」
「!!」
それを聞いた瞬間、カズヤの気配が切り替わった。もしも一般人が同席していれば、押し殺してなお漏れ出してくる殺意に寒気を覚え、吐き気を催していたところだろう。
カズヤは、この段においても顔色一つ変えない新宮寺を、ぎろりと睨みやった。
「知っていたんですか?」
「カズ君の本当の目的を、という質問ならばYesよ。初めて新宿迷宮に足を踏み入れた時から承知していたわ。さっき守護者に必要な要素は強い願望だと説明したでしょう。私は新宿迷宮へ入場した者の願望と、その強弱を読み取ることができる。あなたが、たとえ両手両足が動かなくなっても、仇の喉笛を食い千切ってでも復讐を果たそうと決意していることくらい、とっくの昔にお見通しよ」
「ちっ、やっぱり食えない人だよ、あんたは」
つまりは最初から新宮寺の掌の上だったということになる。
そこまで把握しているならば、仇討ちへの協力を匂わせればもっと簡単に比良坂荘へ招き入れられただろうに、どうしてわざわざ遠回りとなるような真似をしたのかと問えば、返答は腹が立つほどに筋道立ったものだった。
「生憎とあの時点では、あなたの願望を叶えられる算段が付いていなかったのよね。とはいえ、新宿迷宮を狙って魔術師が干渉してくるのであれば、カズ君という存在は重要な対抗手段になる。あなた自身の目的とも合致しているのだから、文句は無いでしょう?」
「有るか無いかと聞かれたら、その見透かした物言いに文句を付けたいところなんですが」
「今後は善処させてもらうわ」
少しも反省の色が無い返答に肩を落とす。
つい反発の一つでもしたくなるところだが、今はそれよりもやるべき事があった。
「比良坂荘は新宿迷宮と繋がってるんですよね。連中のところに直接転移できますか?」
「とっくの昔に連結済みよ。この部屋から出れば、スズちゃんの所に飛ばされるわ。だから、彼女をお願い」
「……俺の目的は復讐です。エルピスの魔術師をとっ捕まえて、ウィルを殺した奴の話を聞き出すのが最優先だ」
手早く装備を身に着けながら、カズヤは揺らぐことのない決意を込めて扉を見据えた。
しかし扉に手を掛けたところで半分振り向き、口の端を持ち上げてみせる。
「まあ転移の代金だと思って、困っている隣人の手助けくらいなら引き受けなくもないですが」
やや頬を赤くしながら言い置くと同時、カズヤは戦場の真っ只中へとその身を躍らせた。




