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隣に迷宮のある暮らし(2)

 自称・少女Aに教えられた通りに地下への階段を降りきると、カズヤは目の前の光景に圧倒されて立ち止まってしまった。

 新宿駅という広大な領域の一角を占める地下街。本来は様々な商業施設が立ち並ぶであろう空間を、たった一つの組織が占有していたのである。


 通路に埋め込まれた案内プレートには、迷宮省探索局新宿出張所なる堅苦しい名前が刻まれているが、実のところ職員も含めてこの施設に関わる大半の人間は、もっと簡単で馴染みやすい呼称を用いている。


 すなわちギルド。

 ダンジョンへ潜り未知を解き明かすことを生業とする探索者を支援するための、異端にして異色の行政組織である。


 大きく開け放たれた出入り口をくぐれば、活気が熱気となって押し寄せてくる。フロアのあちこちには役割ごとに番号の振られた受付が設置され、いずれも大勢の人が列を成していた。

 そうやって人間が集まれば食べ物が売れるのは自然な成り行きで、喫茶店からファストフードのチェーン店、果ては居酒屋まで多くの食事処が軒を連ねている。


 行き交う人々も老若男女様々だ。

 特に多いのが数人程度の若者の集団で、プロテクターやヘルメットを装着した者、カバーこそ取り付けられているが背丈よりも大きな武器を担いだ者、透明度の高い石が埋め込まれた杖を大事そうに抱えている者など、それぞれが特色ある見た目で構成されている。

 中には黒く固まった血が全身にこびり付いた者すらおり、おかげでカズヤの薄汚れた格好も、周りから奇異の視線を向けられることはなかった。


「ええっと、少女Aは探索者登録をしろって言ってたよな。あ、ちょっとすいません、探索者登録ってやつをしたいんですが、どうすればいいですかね?」

「え、登録ですか?」


 入り口すぐ脇に設けられた案内所へと赴き、朗らかに声をかける。

 待機していた職員もまさか、こんな汚い外見のくせに探索者でないとは予想していなかったようで、思わず聞き返してしまう。が、すぐに営業スマイルを浮かべると、壁際に設置された申請書の配布台を指し示した。


「あちらで登録申請書を記入後、一番から三番の受付のいずれかに提出をお願いします。そこからは担当の者がご案内致しますので」

「ありがとさん」


 礼を言うと、カズヤは申請書の記入に取り掛かった。

 かつての戸籍は死亡扱いのため消されているが、今回の帰国にあたって同姓同名の人物をでっちあげてもらっているため、こういった手続きで行き詰ることはない。

 もっともブローカーに払った謝礼でほぼ一文無しになっているわけで、もしも偽造戸籍に不備でもあった日には、返金どころか倍返しを要求しているところである。


 汚い字で最低限必要な事項を埋めたカズヤは、発券機から番号を印字された紙を引き抜くと、待機所に向かうことなくそのまま受付を目指した。電光掲示されている受付状況が空欄だったためで、予想通り到着とほぼ同時に番号がアナウンスされる。


 担当者は眼鏡をかけた若い女性で、渡された申請書を受付台の向こうに設置された機械に通した後、隣のモニターに表示された情報を素早く読み取りにこやかに頷いた。


「国津カズヤ様ですね。他ダンジョンでの活動は無しとのことですが、間違いありませんでしょうか。もしも他ダンジョンでの実績があれば、引継ぎが可能ですが」

「へえ、他所とも連携しているのか。あ、いや、大丈夫。異界領域なら幾つか経験があるけど、ダンジョンは初めてなんで」

「異界? ……かしこまりました。それでは登録証を発行しますので、それまでこちらを読んでお待ちください」


 聞き慣れぬ単語に首をかしげるも、気を取り直して仕事に取り掛かる。

 ちなみに渡された小冊子は十ページかそこらの薄いものだったが、五年前に新宿迷宮が発見されてからギルド設立に至るまでの簡単な経緯や、新宿迷宮に潜る際の主要な注意事項がまとめられており、これさえ読めば最低限の探索がこなせるように作られている。


 ぱらぱらと流し読みをして最後まで目を通したところで、タイミングよく受付の女性が顔を上げた。


「お待たせしました。登録証が完成致しました」


 はきはきとした言葉と共に差し出されたのは、手の平に乗るくらいの大きさのプラスチックカードであった。

 デザインはともかく、見た目や手触りからでは、鉄道会社の発行しているICカード乗車券と区別がつかない。


「こいつが登録証ねえ」

「はい。愛称はMagicaと言います。これを所持していないと新宿迷宮に立ち入ることはできません。もしも紛失した場合、新宿迷宮内から外に出ることは可能ですが、再発行の手続きと手数料が必要となりますのでご注意ください」


 物珍しそうにカードの表裏を眺めていると、背中へ浴びせられていた視線が強まった。ちらりと後ろを振り返ってみれば次の登録者が待っており、用事が済んだならさっさとどけと無言の圧力をかけている。


 カズヤは肩をすくめると、受け取ったばかりのMagicaと折り畳んだ小冊子をポケットに押し込み、次の目的地を目指すことにした。

 言わずもがな、新宿迷宮の入場口である。

 なお小冊子によれば、新宿迷宮には特定の入り口というものは存在しないらしい。正確には、新宿迷宮だけに通じている入り口は無いと言うべきか。


 カズヤも初めて知ったのだが、どうやら新宿駅のありとあらゆる改札が新宿迷宮と魔術的に繋がっており、通常の乗車券ではなくMagicaを読み込ませることで新宿迷宮へと転移する仕組みとなっているのだとか。

 これまで経験してきたどの異界領域とも違う、飾らずに言えば随分と俗っぽい出入りの方法に、いっそのこと感心すらしてしまう。


 ともあれギルドを出たカズヤは、数十メートルほど離れた私鉄の改札口へと足を向けた。

 びっくりするほどの近場であるが、それもそのはず、わざわざ改札近辺の区画をギルドが買い占めたのだ。


 なんでも新宿迷宮の発生当初には、ダンジョンからこの世ならざる怪物――魔獣が溢れてくるという根も葉もない噂や、完全武装の探索者が街中を闊歩することに激しい反発があったとかで、他の改札にもすべからくギルドが併設されているとのこと。


 これからダンジョンに潜る側であるカズヤにとっては、距離が近いことに文句をつける筋合いはないため、特に感想らしい感想を抱くことなく、発行したてのMagicaを自動改札機の読み取り装置へ押し付けた。


 ピッという常と変わらない電子音が鳴り、あっさりとゲートが開く。

 その途端、極彩色の輝きが改札口から溢れ出し、カズヤの全身を包んだかと思うと、次の瞬間には夢幻だったかのように掻き消える。

 そして光が消えた後には、カズヤの姿もこの世界から消え失せていたのだった。

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