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絡みつく過去(5)

 不審者扱いされた白衣の男は、天井を仰ぐと小さく溜息を吐いた。


「やれやれ、これだから“ヴェール”の残滓は厄介なんだよね。とっくにこちら側に足を踏み入れているはずなのに、理性とかいうオプションパーツのせいで馴染みきれないなんて」

「……何を言っているんだ?」

「こっちの話こっちの話。それじゃあもっと単純にいこう。僕がうだうだ説明するよりも、君の中にいる同胞達の声に耳を傾けてごらん。きっと色々教えてくれるから」

「同胞? 俺の中? これまでに輪をかけて意味が分から――」


 食い下がりかけたその瞬間、言葉では表現しきることのできない声なき声に全身を貫かれ、頭のてっぺんから足の先まで例外なく硬直させられた。

 声というよりも意志そのものの共鳴。もしも人類がテレパシー能力に目覚め、大勢の相手から同時に話し掛けられるとこうなるのかもしれないと、益体もない事を考えてしまう。


 何よりも不可解なのは、受信者であるカズヤの都合など考慮することなく次から次へと押し寄せてくる思念の数々を、どういうわけか一つとして取り溢すことなく理解できているという点だ。


「そんなの当たり前じゃないか。君は彼等で、彼等は君なんだから。魂魄のチューニングは特に念入りに調整してあるから、混線や誤変換なんて絶対に起きないと保証するよ」


 正直、白衣の男が並べる言葉は頭ではさっぱり咀嚼できないのだが、言わんとする内容、本質だけは余すところなく得心できてしまっている。

 それゆえカズヤは、内側で響く声がいまだに教えてくれない事柄について、男に尋ねてみることにした。


「あんた、一体何者なんだ? あんたが事故機から俺を助けてくれたのか?」

「おっと、そう言われるとまだ名乗っていなかったかも。こいつは失敬失敬。僕はウィルベックというしがない魔術師さ。そして君を助けた……というのはちょっと違うかな」

「魔術師……が今更嘘だとは疑わないが、助けたわけじゃないってのはどういう意味だよ?」


 重ねて問えば、ウィルベックは決まり悪げに視線を泳がせた。


「えーと、えーと、まあ言葉を飾らず率直に、なるべく誤解の余地が生じないように言うとだね……ぶっちゃけ、ちょうどいい材料が手に入ったから好奇心を抑えきれなくて」

「おいコラ」


 てへっ、という素振りで舌を出してみせる三十代男性に需要などあるわけもなく、氷点下の視線で凄むカズヤの剣幕に威圧され、ウィルベックはおろおろと狼狽えた。


「い、いやあ、近くで航空機事故が起きたと聞いたので見物に行ってみたら、いつか試してみたいなあと考えていた実験にぴったりの素体を見つけてしまってね。ほら、どうせあれだけ大きな事故なら、全部の遺体を回収できるとはとても思えないし、発見した時点ではまだぎりぎり生きていたけど、とても手の施しようがない状態だったからね。僕、造る方は得意なんだけど、癒したり甦らせたりは専門外なんだよ。だからせめて、君という存在を無駄にはするまいと、固く決意したというわけさ!」


 最後は上手くまとめたつもりのようだが、諸々を隠しきれていない。

 ウィルベックという人物のおおよその性格が早くも掴めたような気がして、カズヤは諦め半分で肩を落とした。


「はあ……もういいや。色々と言いたい事はあるけど、死んだと覚悟していた俺の意識がこうして残ってるのは、どうやらあんたのおかげってことだけは間違いみたいだしな。助けてもらった恩と勝手に人体実験に使われた恨みを秤にかければ、ちっとばかりだけど恩の方が重いと俺は思う。なんで、一応は感謝しておくよ。国津カズヤだ」

「うんうん、よろしく頼むよカズヤ」


 冷や汗を垂らしつつ握手に応じるウィルベック。

 数日後、乗員乗客全員死亡と発表され、本格的に日陰暮らしの人生を歩むことを余儀なくされたカズヤは、さも当然のような顔をしてウィルベックの工房へと転がり込み、強引に居候となった。


 ウィルベックにしても、カズヤが留まってくれれば実験後の経過観察が存分にできるとかで、どちらかという歓迎してくれた節がある。

 こうして奇妙な共同生活はなし崩し的に始まり、カズヤは魔術師達が紡いできた世界の裏側へと足を踏み入れることとなった。


 とはいえ、魔術師ではないカズヤが習得できたのは、せいぜいが薬草の栽培や収穫、一歩進んでその調合くらいのものではあったが。

 だが、そんな日々は唐突に終わりを迎えた。


 用事を頼まれ外出していたカズヤが工房へ帰ってきたところ、ウィルベック謹製の警備用魔法生物がばらばらに引き裂かれ、機能停止しているのを見つけてしまったのだ。


 魔術師とは腕が立つほど秘密と敵が増える生き方だ。かつて冗談交じりに相棒が教えてくれた言い回しが脳裏をよぎり、慌てて中へと駆け込んだカズヤを出迎えたのは、すでに冷たくなったウィルベックの亡骸だった。


 完全無欠の善人とは口が裂けても言えない、どちらかといえば頭に「邪悪な」という形容を付けた方がしっくりくる奴ではあったが、それでもカズヤからすれば命の恩人だったのだ。


 仇を取ることを誓ったカズヤは、下手人を先回りして新宿迷宮を訪れ、ようやくウィルベック殺害に関与したと目される組織に辿り着いた。

 まだ全貌を掴んだとは到底言い難いが、敵の実在すら証明できなかったこれまでに比べれば、仇の輪郭が鮮明になっただけでも進展であり、否が応でも士気が高まろうというものである。


「尻尾は掴んだ……次は、お前達の喉笛を喰いちぎる番だ」


 人込みから生まれる無数の騒めきの中にあって、淡雪のように溶けて消えゆきそうなほど静かに、カズヤは決意を新たにする。

 合成獣である青年の瞳の奥で、新たな薪をくべられた復讐の炎が、自身を焦がしてしまいそうなほどに燃え上がっていた。

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