決闘狂想曲(5)
先行していた斥候役の少女が戻って来るまでに要した時間は、せいぜい数分程度だった。
「エルティ、見つかったかい?」
短槍を小脇に抱え、息一つ切らせることなく帰ってきた少女に、ねぎらいの言葉を掛けることなく正臣が尋ねる。
これは決して少女の働きを軽んじているわけではない。むしろダンジョン一階の偵察をこなしたくらいでわざわざ気遣う方が、よほど侮辱にあたると固く信じているがゆえの応対であった。
Sランク探索者の仲間なのであれば、それくらいは目を瞑っていても簡単に成し遂げてもらわなければ困るというものだ。
「縄張りの範囲は事前情報から変わっている気配は無かった。まだ新しい痕跡もあったから、急げばすぐに接敵できると思う」
「ふーん。なんだ、楽勝じゃん」
手持ち無沙汰に弓の弦をいじっていた正臣の幼馴染、日野薊が小麦色に焼いた肌に白い歯を映えさせ、力強く言い切った。
親の転勤で手の届かない所へ去ってしまった初恋の少年が、有名な探索者として帰国してくれただけでも感無量だったのに、わざわざチームに加入しないかと誘ってくれたのだ。その初陣ともなれば、一段と気合も入ろうというものである。
「気負い過ぎですよ、日野さん。力が入り過ぎては、普段のパフォーマンスを発揮することはできません。平常心を心掛けてくださいな」
瞳に闘志を燃やす薊をやんわりとたしなめたのは、四人の中で最も軽装である長身の少女だった。
水谷野乃亞、打撃には不適そうな装飾の施された杖を持つ彼女は、実際のところ正臣と並び、チームにおける攻撃役ツートップの一角を担っている。
そんな野乃亞にしても、自分達がこの勝負で敗れる可能性など微塵も考えていないという点では、仲間達と同様だった。
なにしろ欧州でSランク認定を受けた正臣が、彼自身の目で選び、勧誘して作り上げたチームなのだ。つい最近探索者になったばかりの相手に技量で劣るなど、天地がひっくり返ってもありえない。敵は己の油断と慢心のみと断言して、誰が否定できようか。
「向こうの出方で気になるのは、制限時間を一時間に区切った点でしょうか?」
「ああ、それは僕も考えていたんだが……恐らくは、探索範囲を一階に限定したかったんじゃないかな」
野乃亞の呈した疑問を引き取り、すぐに仮説を唱えてみせたのは、チームの中心人物である正臣だった。
「深いフロアまで潜れば潜るほど、入手できる資源の価値は跳ね上がる。これは全ダンジョンに共通する法則だから、この新宿迷宮だって例外じゃない。でも深い階まで出向くとなれば、当然ながらその分だけ移動に時間がかかるだろう? 往復込みで一時間だけとなれば、仮に二階より先へ進んだとしても、まともに探索する時間を確保できないんじゃないかな」
「理解した。向こうの狙いは、私達が深いフロアを目指さないように誘導し、彼一人では絶対に入手不可能な高額資源の回収を抑止すること」
「そうですわね。双方共に一階でしか探索ができないとなれば、探索者となって日が浅いあの方にも勝機があると考えたのでしょう。中々に狡猾ですね、浅知恵ですが」
野乃亞のまとめた評価が、彼等にとっての結論となった。
少しは頭を働かせて勝負の場を限定したことは評価に値する。が、だから互角に持ち込めたと思っているのならば、Sランク探索者を舐めているとしか言いようがない。
一階しか探索できないのであれば、一階で最も価値のある資源を回収してくれば済む話だからだ。
剣角鹿。
新宿迷宮一階の北西域に小規模な縄張りを持つ、第三階層後半級とされる魔獣である。
なぜ第一階層の初っ端からこんな飛び抜けた化け物が出てくるのかと、新宿迷宮を小一時間問い詰めたくなるほどの圧倒的な戦闘力を誇っている、誰が呼んだか通称は“新人殺し”。
頭部から生えた刃物のような角は大木ですら豆腐のように切り刻み、縄張りから出てこない性質であることが判明するまで、数多の探索者達を血祭りに上げトラウマを刻み込んできた。
幸いなことに二階への階段は剣角鹿の縄張りを通る必要がないため、今では先輩探索者から口伝のように継承され、彼等の縄張りはある種の不可侵領域と化している。
だが、深層に到達している正臣と仲間達ならば、剣角鹿を討伐することも十分に可能であった。
滅多に出回らない素材であるがゆえに、第一階層で入手できる素材としては破格にしてトップ級の買い取り額であることも確認済み。つまり剣角鹿を一匹狩りさえすれば、勝ちが確定すると言っても過言ではない。
相手が生き物であるがゆえに、短い制限時間内で遭遇できるかは運だったのだが、エルティが斥候としての技量を存分に発揮し、無事に痕跡を発見してみせた。
遭遇さえしてしまえば、正臣が欧州のダンジョンでSランク認定を受けた原動力でもある強力スキル、【属性剣】が存分に威力を発揮することだろう。
「それじゃあ皆、そろそろ行こうじゃないか。僕達の新しいメンバーを迎えるために」
自身に満ち溢れた正臣の言葉を否定する者は誰一人としておらず、四人は各々の武器を構えると、剣角鹿の縄張りへと侵攻を開始するのだった。