決闘狂想曲(4)
勝負の開始場所へと移動する途中、涼音は傍らのカズヤに、余人には聞こえぬよう小声で謝罪した。
「ごめんなさい、巻き込んでしまって」
「まったくだ。迷惑極まりない……けど、愚痴をこぼしても一文の得にもならないしな。焼肉のおかげでモチベーション上がったから、全力は尽くすさ」
「ありがとうございます……さすがは“第九階層守護者のペット”ですね」
「その名で呼ぶな。そもそも俺は認めてないんだ。っと、そういや勢いに流されたせいで細かいところを聞きそびれてたんだが、お前さん、あいつのチームに誘われていたのか?」
ようやく訊いてみたところ、涼音は唇を尖らせ、憤懣やるかたないといった調子で苛立ちを露わにした。
「本当に失礼しちゃうんです。チャウ君達を運動させにギルドに立ち寄ってみたら、いきなり声を掛けてきて、『初めまして美しいお嬢さん、僕の名前は斑鳩正臣と申します』とか歯の浮きそうな台詞を、薔薇を差し出しながら言ってくるのよ。ちょっと寒イボ立っちゃいます!」
「お、おう」
「それだけならまだ我慢できたんですけど、私がチャウ君達を連れていたから【テイム】持ちだと気付いたみたいで。是非とも仲間に、とかしつこく勧誘してきて……明らかにうちの子を使い捨ての盾くらいに考えていないのが丸分かりなのよ! そんな人達と仲良くできるわけないじゃない!!」
途中から拳を握り、いつになく強い語調でまくし立てる。
どうやら正臣とかいう欧州帰りのSランク探索者は、知らない間に意中の人物の逆鱗に触れていたらしい。この調子ならば勧誘自体、けんもほろろに断られたと推測されるのだが、それでも食い下がる執拗さだけは目を見張るものがあると言えなくもない。
それにしても薄々察してはいたが、涼音にとってチャウ達は、ただのペットという枠に収まらない存在であるらしかった。
これは噂で聞いただけなのだが、南米のダンジョンにて名を馳せている【テイム】持ちは特定の個体にこだわらず、遭遇した魔獣を片っ端から支配下に組み込み、即席の軍勢を生み出して敵を蹂躙するのだとか。
強い絆を結んだ三匹を溺愛する涼音とは対極的だが、おそらく本来はそちらの方がスキルとして正しい使い方なのだろう。
だからこそ正臣はかの【テイム】持ちと同様に扱おうとし、結果として目論見は失敗したというわけだ。
そうこうする内に新宿迷宮の入場口へと到着する。
物珍しさから事情も聞かずに付いて来た暇人を含め、総勢で五十名を超える集団ともなればさすがに人目を引くものだ。
通りがかった探索者達の中には、見知った顔がいれば理由を尋ね、カズヤに同情的な視線を向けて去っていく者もいたが、場合によっては好奇心に目を輝かせて見物の一員に加わらんとする、享楽第一主義的な者もいる。
外野の騒ぎなど気にも留めず、黙々と探索準備を進めるカズヤであったが、一通り装備の確認が終わったタイミングを見計らったかのように、いつの間にか仕切り役となっていた鉄平が声を張り上げた。
「双方とも用意はできたみたいだな。さっきも言った通り、制限時間は一時間。集合場所はギルドの査定受付だ。時間内に帰ってこられなかった場合は、どれだけ大物を仕留めても負けになるから注意しやがれ。それでは始めっ!」
鉄平の合図に背を押されるようにして、正臣を中心とした四人が改札にMagicaをかざし、転移していく。
正臣自身は新宿迷宮へ潜るのは初めて、もしくは数えるほどなはずだが、チームメンバーに経験者がいたのだろう。一切の迷いがない自信にあふれた足取りは、狙うべき獲物をすでに見定めている事をありありと予感させる。
ちなみに決闘だというのに四人での参加なのは、探索者としての勝負であるからにはチーム対抗となるのが自然という裁定が、過去既に下されていたからだ。
不公平ではないかと憤りかけた涼音だったが、実際に勝負に挑むカズヤ自身が殊更ゴネることなく条件を呑んだため、抗議の声も立ち消えとなっている。
「んじゃ、俺もそろそろ行ってくるわ」
ひらひらと手を振りながら軽い雰囲気で言い置くと、相手の後を追うようにしてカズヤも改札を通って姿を消した。
焼き肉がかかっているからには本気なのだろうが、その割には雰囲気が普段とまるで変わらない。良く言えば地に足がついており、悪く言えば緊張感が足りないといったところか。
ともあれ五人の姿が見えなくなると、鉄平はパンパンと手を叩いて見物人達に呼びかける。
「さてと、それじゃあさっき伝えておいた通り、正臣の勝ちに賭ける奴は俺から見て右手、カズヤに賭ける奴は左手に並んで購入額を申告してくれや。オッズは随時更新していくから見落しても文句は受け付けねえ。賭け金の追加や賭け先の変更は、どちらかがギルドに帰ってくるまでなら有効だからなー」
「……もしかして、ギャンブルの種にしていたんですか?」
ジト目の涼音に、鉄平は厳つい顔で破顔一笑しながら肯定してのけた。
「当たり前だろうが。こんな面白そうなネタ、徹底的に楽しまなきゃ逆に失礼ってもんだぜ。あ、嬢ちゃんも賭けるなら、ちゃんと列に並んでくれよな」
まったく悪びれる素振りのない鉄平に、呆れて物も言えない涼音。
なお、必勝祈願を込めて持ち合わせ全額をカズヤの勝ちへと突っ込んだ涼音であったが、最終オッズが二対八で圧倒的に正臣有利となったのは、如何ともしがたい話であった。