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決闘狂想曲(3)

 ギルドのロビーで白昼堂々、涼音を奪い合っての刃傷沙汰が勃発する。

 幸いなことに、そんな少年漫画のような展開にはならなかった。


「待て待て、物騒な真似は止めときな」


 野次馬根性丸出しで事態の推移を眺めていた鋼屋鉄平が、さすがにこれ以上は見過ごせないと割って入ってきたのだ。

 面白そうであれば揉め事の火種には水より油を注ぐ性格だが、同時にいかなる場面でも冷静な判断力を失わない、自他ともに認めるベテラン探索者である。


「よその国じゃあどうだか知らんが、日本じゃ決闘は犯罪だぜ。それにダンジョンの外で力を使ったりしたらどうなるか、深層到達者と呼ばれるSランクにもなっているなら、知らないわけじゃあるまい?」

「……それもそうだね。こんな奴のために全てを失うのは馬鹿らしい」


 熱しやすく冷めやすいと評するべきか。あっという間に沸騰が沈静化した少年は、あっさりと剣を鞘に納める。これで一件落着かと思いきや、鉄平はにんまりと性格の悪そうな笑みを浮かべてみせた。


「そこで提案なんだが、せっかくお互いに探索者なわけだし、新宿迷宮流のやり方で白黒つけてみるってのはどうよ?」


 何を言い出すのかと訝しげな少年の視線と、立ち消えて有耶無耶になりそうだった話の雲行きを怪しくするなと呪い殺さんばかりのカズヤの視線。その二つをベテラン探索者特有の分厚い面の皮で受け流し、鉄平はピッと人差し指を立てる。


「こいつは新宿迷宮が稼働した初期の話なんだが、探索者同士の些細な喧嘩が殺し合い一歩手前にまでエスカレートした事があってな。その時、当時のギルド運営から提案されたんだよ。武力ではなく探索の腕前で勝負したらどうだ、とな」


 探索者はダンジョンの攻略を繰り返すことで、微量ずつではあるが身体能力を向上させ、またスキルという常識を超えた力を身に付ける者もいる。

 深層と呼ばれる階層に至った探索者ともなれば、銃弾すら弾き返すような魔獣の群れであっても、手持ち武器一つで斬り伏せてしまうほどだ。


 そんな者同士の超人バトルを人目につく地上で繰り広げられては、当時ようやく鎮まりかけてきたダンジョン危険思想が再燃しかねない。また、貴重な人材である探索者同士が潰し合うなど到底許容できるものではなく、裏方をもって任じていたギルドが仲裁に乗り出すのも当然といえた。


 勝負のルールは至極簡単。よーいドンで新宿迷宮へ入り、制限時間内に回収してきた資源の買い取り価格が高い方が勝ち。ただそれだけだ。


 シンプルゆえに勝敗が明確であり、両者共に探索者であるからこそ成り立つ決着方法。穿って見ればギルドへ卸される資源を少しでも増やそうとしたのかもしれないが、それを差し引いてもさほど悪い提案ではなく、以降も喧嘩や衝突が発生するたび、どうしても話し合いでまとまらなければ、両者合意の上という条件こそ付くものの、この方法が持ち出されることになったのだという。


「ってなわけで、ここじゃ由緒正しい勝負方法なんだぜ」

「面白いじゃないか。その勝負乗った!」


 少年が予想通り、いやそれ以上の勢いで鉄平の提案に食いついた。


「僕が勝ったら、化野さんはお前と縁を切り、僕達のチームに入る。もしも万が一、億が一にでもお前が勝てば、この場は引き下がってやろう。どうだ感謝するがいい」

「馬鹿か、お前は。そんな不公平極まりない条件で、どうしてわざわざ勝負してやらなきゃならないんだよ。もう少しこっちのメリットを示しやがれ。それともSランクのSは、その程度も理解できないおつむスカスカのSって意味なのか?」

「なんだとっ!!」


 露骨に過ぎる挑発的な物言いに、少年が再び激昂する。

 が、これは予期されていた反応だったようで、遅滞なく鉄平が取り成しを入れた。


「そうカッカしなさんな。さっきも言った通り、この勝負は両者合意が大前提だぜ。相手の納得できる条件を示してみせるってのも、必要な技術に含まれるのさ。欧州風に言うなら決闘の作法ってやつよ」

「むう……」

「そうだな。あんたが勝ったら、カズヤはあんたと化野の嬢ちゃんの問題には口出ししない。カズヤが勝ったら、嬢ちゃんへの強引な勧誘は今後控える。こんなところでどうだい?」

「ちょっと待てよ。それだと俺は、勝っても負けてもくたびれ儲けになっちまうじゃんか」


 少年の耳元で悪徳商人風に囁いた鉄平の案に、すぐさま反論したのはカズヤであった。

 彼からすれば巻き込まれた喧嘩であるため、勝敗がどうなろうと得るものが無い。これではやる気も出ないという主張には、確かに理解できるものがある。

 だが、さすがは鋼屋鉄平というべきか、獲物が罠に掛かる瞬間を目の当たりにした猟師のごとき笑みを浮かべると、間髪入れずに言葉を紡ぐ。


「お前さんが勝ったら焼肉食い放題ってところでどうだ? どんな店だろうと俺が全額奢ってやる。男に二言は無いぜ」

「なん……だと……!?」


 三大欲求の一つをストレートに撃ち抜かれ、カズヤは胸を押さえて悶絶した。

 家賃無料で比良坂荘に住まわせてもらっているとはいえ、それ以外の支出もあるため懐事情は決して余裕があるとはいえない。


 それゆえスーパーのタイムセールを見逃せない体質になりつつあるところに、ロハで食べ放題。しかも、普段ならば横目で眺めては無体な値付けに悪態を吐くしかできない高級店でも構わないというのだ。これで心揺れないわけがあろうか、いやない。


 気になるのは口約束という点だが、腐ってもトップ探索者の一人である鉄平がこれだけ大勢の前で宣言したのだ。天地がひっくり返ろうとも言葉を違えることはないと考えて良いだろう。


 沈黙に要したのはほんの数秒。カズヤは強い決意を込めて顔を上げると、今日一番の真剣な眼差しを浮かべる。


「一つだけ条件を出させてもらう。だらだらやるのは趣味じゃないんだ。制限時間は一時間きっかりにしてくれ」

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