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決闘狂想曲(2)

 鉄平達と連れ立ってギルドへ帰ってきたカズヤであったが、採取してきた薬草を査定に出した直後、揉め事らしい人だかりが目に留まった。


 他人の不幸は蜜の味とまで言うつもりはないが、目と耳に入ってくる騒ぎに無関心でいられるほど、達観しているわけでもニヒルを気取っているわけでもない。どうせ査定待ちで退屈していたところなので、暇潰しくらいの気分で覗き込んでみる。


 往来のど真ん中に陣取った群衆の中心では、四人と一人の探索者が押し問答を繰り広げていた。しかも一人の方は、カズヤのよく知る人物ではないか。

 正確には一人+三匹だ。涼音とそのペット達である。


「ん? 誰かと思ったら涼音じゃんか」

「キュルちゃん、急にどうしたの……あ、国津さん!」


 思いがけず見知った顔に出くわし、カズヤはつい呟きを漏らしてしまう。

 涼音の肩の上から四人組を威嚇していた白猫のキュルが、これだけの人込みの中にありながらも卓越した聴覚を発揮し、周囲をぐるりと囲む人垣の中からカズヤを発見、涼音の頬を肉球で押して存在を伝える。


 涼音は地獄で仏といった顔をすると、小走りでカズヤの背中に回り込み、疲労の色濃い溜息を吐き出した。


「お願い、助けてください!」

「はえ? 助ける? 何のこっちゃ?」


 いきなり泣きつかれても事情を知らないカズヤにはどう答えたら良いか分からず、疑問符を浮かべてちんぷんかんぷんとなっていると、答えはすぐさまやって来た。

 涼音と言い争っていた四人の探索者の内、唯一の男性である少年が、矛先をカズヤへと変えて詰め寄って来たのだ。


「おっさん! 彼女とはどういう関係だ!?」


 初対面にも関わらず、いきなりの詰問口調。

 端正な甘いマスクをした少年で、見たところ涼音と近い十七、八歳辺り。新宿迷宮ではあまり見かけたことのない尖ったデザインの装備に身を固めており、主武器は腰に提げている長剣と推測される。


 ぎゃーすか騒いでいる少年の後方へちらりと視線を走らせれば、少年の仲間らしき残り三人も同年代の少女であった。

 学生探索者の場合、同じ学校や同級生だけでチームを組む事もままあるため、さして珍しい年齢構成ではない。一方、少年一人に対して少女三人という組み合わせは、探索者における男女比の観点からしても、あまり見かけないものだった。


「おっさん! 僕の話を聞いているのか!」

「ああ、悪い悪い。考え事してたわ。でも、とりあえずおっさん呼びはやめろ。俺には国津カズヤという名前があるんだ。そういうお前さんは?」


 少年の暴言を聞き流しながら冷静に応じれば、ご立腹らしくギロリと睨み付けてくる。


「クレタ・ラビュリントスとガーデン・オブ・ストーンヘンジでSランク認定されたこの僕を知らないとは。はっ、生まれ故郷とはいえ極東のイロモノダンジョンを主戦場にしている奴は、世界の広さに無頓着ってわけだ」

「クレタ……ストーンヘンジ……ああ、そういえば鉄平の奴が、欧州帰りがどうとか言ってたな。そうかそうか、お前さんが噂の探索者か」

「ふっ、ようやく誰を前にしているか理解したようだね。そう、僕は本来、君のような下賎の底辺探索者ごときが、対等に言葉を交わせる存在ではないのさ!」

「……おい、こいつ頭大丈夫なのか?」


 非礼にして無礼にして失礼な台詞をぽんぽんとまくし立ててくる少年の思考回路を危惧し、カズヤは背後の少女にこっそりと訊いてみる。

 安堵の様子で一息ついていた涼音は、ぷくりと頬を膨らませた。


「はっきり言って大丈夫じゃないです。私の話は全然聞かないくせに、やたらと自信過剰で会話にならなくて」

「なるほど。まったく事情は分からんが、こいつが困った野郎なのはよく分かった」


 それにしてもまさか、出会うわけないと考えていた相手にいきなり遭遇するとは。

 どんな三文小説だと声に出すことなく突っ込み、カズヤが人知れず有言実行を果たしたところで、再び少年が詰め寄ってきた。


「そもそもお前は、化野さんとどんな関係なんだ!?」

「化野……ああ、涼音のことか。そう聞かれてもなあ?」


 面と向かって問われると答えに窮する。

 探索者としてみれば先輩後輩の間柄だろう。どちらもがつがつ攻略を進めるタイプではなく、分類するならばいわゆるエンジョイ勢に属する。


 ちなみに新宿迷宮に潜る目的については、共通項と呼べるものは何一つ無い。

 現状では日々の生活費を稼ぐため一択であるカズヤと、チャウ達を思い切り走り回らせられる運動場と見做している涼音では、ニアピンどころかかすりもしていないのは周知の事実だ。


 そして絶対に公にできない関係性こそ、涼音がカズヤを【テイム】してしまったという、文字通り禁断の組み合わせである事に異論の余地はあるまい。

 二十五歳男性が十七歳JKのペット。試しに口ずさんでみただけで、あまりのいかがわしさに事案待ったなしである。


 そんなわけでどう答えたらよいか悩んでいたところ、決定的な一言は背後からあまりにも突然に放たれた。


「私と国津さんは、一つ屋根の下で暮らしている間柄よ!」


 一瞬、ギルド中の空気が凍る。

 二人が比良坂荘というアパートの住人同士である事を知っていれば、日本語の意味を曲解させた意図的に誤解を招く表現であることは明白なのだが、もし知らなければ爛れた関係の暴露に聞こえても不思議はない。


 果たして涼音の狙い通り、勘違いをした少年は即座に暴発した。

 腰の剣を抜き放ち、カズヤに向かって突きつける。アダルトな想像で顔を真っ赤にして、舌をもつれさせながら声を張り上げた。


「ふ、不潔な奴め。涼音さんを賭けて僕と勝負しろっ!!」

「…………勘弁してくれ」


 降って湧いた面倒事を予感させる展開に、カズヤはうんざりとした表情で天井を仰いだ。

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