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追放された聖女は、森の中で幸せを掴む

作者: 中華鍋
掲載日:2021/01/17

 カーテン越しにうっすらとした日光が差し込み、森にすむ動物が活動し始める頃、シャーリー・アンダーソンも同じように目を覚ました。


 貴族や王族のようなベッドと異なり、固くごわごわしたシーツだが、中々寝心地がいい。中に入っている藁だって、結構ふかふかなのだ。


「さてと……」


 そっと身体を起こし、軽く伸びをし靴を履く。さらりと流れた灰銀の髪を簡単にまとめ、クローゼットから簡素なワンピースを手に取ると、着替えて外に設置してある井戸に向かう。

 井戸に釣瓶を落としゆっくり引き上げていれば、後ろから何かの気配を感じる。勢いよく振り返れば――そこには白く大きな狼が鎮座していた。


「いらっしゃい」


 白い狼はしっぽを振ったかと思えば、シャーリーに近づいて鼻を鳴らす。狼でありながら紳士的な彼はシャーリーから許可を得ない限り、近づいてこないのだ。

 そして、かの狼はただの狼ではなく……。


『おはよう、シャーリー』

「はい、おはようございます

 ヴァイス」


 この森に住まう人狼なのだ。

 口元を『むにゅり』とシャーリーの手に押し付け、シャーリーは代わりに彼の背中を撫でる。ヴァイスが人型であれば挨拶の仕方も変わるのだが、今のこの姿でのあいさつは、彼らがなんとなく決めていったものである。


『今日も元気そうでなにより』

「ええ、それよりも朝ご飯はどうですか?」

『是非!』


 シャーリーが漆喰でできた庵の扉を開ければ、するりとヴァイスが入っていく。森の中にぽつんとある庵は、シャーリーの住まいでもあった。


『生活には慣れた?』

「ヴァイスが色々してくれたおかげです

 それに……」

『それに?』

「聖女という仕事から解放されたのと

 森からいただける魔力のおかげで、とても楽なんです」

『そっか……』


 にこやかに笑うシャーリーの顔を見て、ヴァイスのしっぽが揺れる。

 彼女の悲しそうな顔が消えつつあり、ほっとしたと同時にあんな目に合わせた人間に嫌気がさす。




 そもそも彼女は、昔からこの森に棲んでいたわけではない。数か月前に、身なりがボロボロの状態で――さらに手足を縛られて――森の中に放置されていたのだ。

 運よくヴァイスが通りかからなければ、餓死していたかもしれない。


「私がきちんと人らしい生活ができるのは、ヴァイスのおかげなんですよ」


 お茶を淹れるため、薬缶を火にかけたシャーリーは、今までの事を思い出す。



 シャーリーは一介の市民だった。

 毎日同じように金銭を稼ぎ、どうにか暮らしていたのにある日突然、聖女だからという理由で城に拉致され、癒しの力を使えと言われる日々。

 そんなものは知らない、わからない、と訴えたが国王も王子も聞く耳を持たず。教会にいる聖職者たちから手ほどきをうけて、ようやく癒しの力を使えるようになった。


 ――あの時の国王の歪んだ笑顔は、生涯忘れることができないだろう……。


 シャーリーのいた王国では、別の国との小競り合いがあり、兵士が傷つくことなど日常茶飯事だったのだ。だから潜在的に癒しの力があったシャーリーに白羽の矢が立った。

 毎日、毎時、毎分……いつでもどこでも怪我があり、シャーリーはそのたびに癒しの力を使う事を強要された。痛みと恐怖で呻く兵士相手に、神経はすり減っていく。


 シャーリーを見て、前線で指揮する貴族の将軍は彼女の恐怖を理解し、労いの言葉をかけ、彼女一人が負担することにおかしいと感じた騎士たちは、聖職者や王に訴えたが、その言葉は届かなかった。

 それどころか、国が勝った褒美として、王子と結婚させるなどと、見当違いも甚だしい事を言ってくる始末。そのころにはシャーリーは、正常な判断もできないくらいにボロボロになっていた。


 ――一刻も早く、死んでしまいたい。


 嫌な考えが過り、頭を振る。

 もうすぐ戦争は終わる。そうしたらこの力も必要なくなり、元の生活に戻れるのだと考えなおす。もはや将軍や騎士たちの言葉が届かないところまで、彼女は堕ちてしまっていたのだ。


 癒しの力を使うシャーリーという名の奴隷に、ある日転機が訪れた。


「わたくしこそが正式な聖女ですわ」


 そう言って現れたのは、クラリスという名の公爵令嬢だった。彼女はシャーリーと同じように癒しの力を使ってみせ、騎士たちを癒していく。

 目の前で起きた奇跡に、シャーリーは確信する。


 彼女が本来の聖女であり、私は代用品だったのだ、と。


「あ……あははは……」


 力強い金の髪に青い目。綺麗な肌を持ったクラリスは、シャーリーを見て――少しだけ悲しい目をしていた気がする――将軍の元へ歩いていく。片や荒れ果てた手や、老婆のような白い髪と金色の目。何もかも対照的なクラリスを見て、シャーリーから乾いた笑いが漏れた。

 攫われて強制されて使った力は、結局代用品でしかなかったのだ、と。

 おぼつかない足取りでその場を去ろうとしたときに、彼女の肩を掴んだのは自分を連れてきた聖職者だった。


「シャーリー・アンダーソン

 貴様に聞きたい事がある

 今すぐ城に来てもらおうか」

「なっ! 痛い!」

「おい! シャーリーちゃんを離せ!

 痛がってるだろうが!」

「お前たちは新しい聖女であらせられるクラリス様の言う事を聞け」


 そう仰々しく言った彼は、騎士たちの話も聞かずにシャーリーの腕を引っ張っていく。

 馬車に拘束され、身なりを整えられる暇もないまま、放り出された謁見室で、王はまるで明日の天気の話でもするように口を開く。


「シャーリー、と言ったか

 貴殿は聖女の名を騙ったそうだな」

「……違います!」

「ふむ?

 おかしいな……では何故クラリスが聖女としているのだ?

 よもや聖女が二人存在するなど、おかしな話であろう」


 ニマニマと胸糞悪い言動で告げる王は、どうあれシャーリーが詐欺師であると言いたいらしい。

 そんな事は知らない、お前らが勝手に聖女にさせたんだろう! と訴えようにも「王が絶対である」という前提ではそんなものが覆るはずもない。横に立っている王子も、歪んだ笑顔を見せつけてきた。


「この者が僕をだまそうとしたなど……

 クラリスが居なかったら、僕は詐欺師と結婚する事になっていたのですね……」

「――っ!!」


 どの口がそれを――!!


 望まない婚約。

 望まない聖女。

 望まない戦い。


 そうして彼女は気づいた。

 騎士も将軍も「逃げられるときにすぐに逃げろ」とシャーリーに言っていた意味が……。

 この国の王族はもはや腐敗し、ひどい悪臭がしているのだ。


 彼らの言葉に耳を貸さなかったのは、シャーリーの失態だ。何度も彼らは献身的に癒しの力を使う少女に、忠告してくれたのだろう。


 逃げてもいいのだと。


 だが、もう遅い。

 すべてが崩れ去った後だ。


「シャーリー・アンダーソン

 王子や騎士たちの心を弄んだ罪、この国の聖女を騙った罪は重い」


 王がつらつらとでっちあげた罪を告げる。絞首台に登るのもすぐそこだ。


「が、聖女としての働きは見事だった

 ゆえに、貴様は国外追放のみにとどめてやろう」


 罰は軽くしたつもりなのだろう。

 少なくとも目の前にいる人間にとって。


 しかしまともな金銭もなく、身体を売るにもこの成りではどうする事もできない。

 呆然とするシャーリーは、手足を縛られた。


「黒い森にでも捨てればよいでしょう

 あそこには人食い狼もいると聞く」

「おお、そうであったな

 ではそこへ……二度と戻ってこられないであろう」


 あっさりと死刑にするよりも酷く、人としての尊厳すら削り去るような発言をする王子と王に、シャーリーの遅すぎる怒りは爆発した。


「呪われろ! 呪われてしまえ!!」


 怨嗟の声に王は笑うだけ笑うと、連れて行けと一言だけ告げて……あとは興味がなくなったように、次攻める場所を臣下と相談し始めていた。


「呪われろ――!!」


 舌を噛み切らないように布を詰められ、下着も同然な姿で、シャーリーは黒き森に捨てられたのだった。




「本当に、ヴァイスが居なかったら私は死んでましたね」

「何度目かなぁ、その話……」

「何度でもしますよ

 私の命の恩人なんですから」


 くすくすと笑いながらシャーリーの言葉に耳を傾けるヴァイスは、彼女が朝食の準備をしている間に人の形に姿を変えていた。

 初雪のように白い髪と赤い目。神に祝福されたと言われるその姿は、神々しいまでに美しい。


「まぁ、その王様のおかげで、俺は君に逢えたから

 その点だけは感謝しているけど」


 スープにパンを浸しもぐもぐと咀嚼する。

 彼女から話を聞いたときは、なんてひどい事をするのだろう、と怒りに震えたものだったが、目の前で微笑むシャーリーに出会えたのもまた事実だった。

 顔を知らぬ王に報復するほどの時間もないのだ。


「まったくです

 私は聖女じゃないって言っているのに……」


 可愛らしい顔で、そう言えるようになったのは僥倖だろう。最近では森の亜人達に料理を振る舞うようになったと聞く。


「まぁ、君の場合……聖女じゃなく精霊に祝福された人間なんだけども……」


 ぽつり、とヴァイスが言った言葉は、空中に溶けて消えていった。


 稀にいるのだ。

 何かしらの精霊に愛され、祝福された者というのが。

 シャーリーの場合、水の精霊から祝福されたため、たまたま回復魔法が使えていたのだ。


「ヴァイス! 今日はキイチゴのジャムを作りたいんです!」

「了解、お姫様」


 だが、そんな事はどうでもいいし、関係ない。

 憔悴しきり、簡単に死のうとしていた少女が、今は笑ってくれるだけで、ヴァイスは幸せなのだ。


「それで、シャーリーはいつ俺の番になってくれるの?」

「あ……そ、それはお互いの距離をもう少し……」

「この前もそういったじゃないかー」


 無表情な聖女のシャーリーはもういない。

 ここにいるのは、ただの一人のシャーリーなのだ。




 後日、シャーリーが居た国は長雨が続き、機に乗じた聖女と将軍を筆頭とした反乱軍に滅ぼされたという。伝え聞いたシャーリーは呪いが本当に当たったのかしら? と冗談を言っていたが、精霊の祝福を受けているため、真相は定かではない。

 ヴァイスは何も言わなかったが、沈黙は金というやつだろう。


 また、黒き森に聖女がスライディングする勢いで、シャーリーに土下座しにくるのだが……それはまた別の話である。

面白かったら高評価いただけますと幸いです。

好評ならもしかしたら連載に落とし込むかもです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 本来の聖女が何で最初から名乗り出なかったのかが気になる 土下座するくらいなら最初から交代申し出て家の力で主人公を保護なりすれば良いのに
[一言] 精霊は主人公が酷使され追放されるまで何をしていたんでしょうか。 こういう精霊とか神とか上位存在による他力本願パワープレイざまぁを見かけるたびに思うんです、「そうなる前になんとかしろ」って。 …
[良い点] 家の暖かい雰囲気がよく伝わってきます [気になる点] つづき [一言] スライディング土下座聖女視点、狼視点も楽しみに待っております
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