テイスティング
「テイスティング?どのチョコレートを?」
「このチョコレートだ」
マーブルは戦闘技術や戦術理解の面においては、部隊の中でも下から数えた方が早い部類である。
しかしテイスティングにおいて、マーブルの右に出る者はいない。
王都の部隊に入るためには様々な試験があるが、テイスティングはその中の一つである。
マーブルはそのテイスティング試験で全てのチョコレートのカカオの原産地、発酵方法、ロースト時間等を言い当て、過去一の成績で入隊した天才である。
マーブルはスゥゥゥゥゥと息を吸い神経を集中させる。
テイスティングにおいて一瞬の乱れは許されない。
そして次に鼻で匂いを嗅ぐ。鼻から外気を吸うことで感じる香り、通称オルソネザールを嗅いでいるのだ。
「知らない香りだ。カカオ豆の産地はこの時点では分からないな。」
次にチョコレートを様々な角度から観察する。
「色は暗くて、カカオ含有率は高そうだ。艶はまぁそこそこある。」
次にカバンから小型ナイフを取り出した。
「あれは何だ?」
「あれは王都で作られた特注のテイスティング用ナイフで、人肌程度の温度に保たれています。」
チョコレートを二つに分ける。
「この厚みで、入刀してから切断するまでに掛かった時間を考えると、ココアバターの結晶はしっかりV型に維持されていて、カカオマスとココアバターの比率は1:1くらいか」
そしてやっと、チョコレートを口に入れる。
舌の上でチョコレートを溶かし、口内から鼻に抜けるときに感じる香りであるレトロネザールに意識を向ける。
「味、香りの変化が激しい。クリオロ、フォラステロ、トリ二タニオ(カカオ豆の品種名)の特徴全てを感じることができる。嗅いだだけじゃよく分からない訳だ。あの匂いは3つ全てが混ざっていたのか。なんだこのチョコレートは?」
パチパチパチとボルドとカミーラが拍手で称えた。ベルメットは唖然としていた。
「そこまで、判別できるなんてさすがだなマーブル」
「おい、ボルド、いったいこれはなんだ、誰が作った!」
今までに遭遇したチョコとは一線を画すその味に驚きを隠し切れないマーブルであった。
「まぁ、落ち着けって。そんな興奮すると意識飛ぶぜ」
「うるさい、こんなチョコレート食べたら興奮せずには、いられ…あっ」
テイスティングにはかなりの集中が必要である。
マーブル並のテイスティングともなると、さらなる集中が必要である。
マーブルはテイスティングの後はその反動で頻繁に倒れてしまう。
「よく倒れる男じゃ、だがテイスティングの腕は驚いた。ここまでグリコールの宣伝と同じことを言っとったわい」
まだ、ベルメットはマーブルの神業に気を取られていた。
「宣伝と同じとは?」
「代表的な3種のカカオ豆、クリオロ、フォラステロ、トリ二タニオの全てを味わえるという馬鹿げた宣伝じゃ」
「そんなことが…、カカオ豆のブレンドでもしているのでしょうか?」
「でも、ブレンドなんて、王都は輸出にはクリオロ種しか提供してないし、今のご時世無理だろ。しかもブレンドなんてしたら、味が混ざって変なことになりがちだ。」
「たしかにマーブルさんほどではないですが、私も味の連続的変化を感じることができました。あれはや確かに、ブレンドとは違いますね。」
「このおかしな味のおかげでわしの店は火の車じゃよ」
「一度に3種のフレーバーを楽しむことができるなんて、そりゃ皆こぞって買うよな」
どうしようもない絶望感がベルメット製菓に漂い始めていた。