ベルメット製菓の危機
「あぁ、あぁ…」
「どうした!マーブル!」
いつものお調子者な態度は消え失せ、顔を真っ青にしてマーブルが倒れていた。
「爺さんが、血が…」
タイルにはベルメットと思わしき人物がうつ伏せになっていた。
そして胸の周りからドロッとした茶色い液体が溢れていた。
「ベルメットさん!」
マーブルが駆け寄りベルメットに意識がないか確認する。
すると…
「おう、なんじゃ、騒がしい…」
ニョキっとベルメットは何事もなかったように起き上がった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
すると今度は逆にマーブルが卒倒した。
「全く、びっくりさせんなよ、爺さん」
「いやーすまんすまん。飲まず、食わずで徹夜でチョコレート作りに精を出していたら、倒れちまったようだな。」
ベルメットが倒れていたのは過労のためであり、胸のあたりの液体は血ではなく、ベルメットが倒れるときこぼしたチョコレートだった。
「そんな不健康な生活送って、お店も閉まっていますし、どうしたんですか?」
カミーラが困惑した様子で質問する。
「いや、最近売り上げが落ちててな、改善しようと新商品の開発に取り組んでいたんじゃよ」
「売り上げが落ちてる!?天下のベルメット製菓が!」
「どうしちゃったんですか?誰かから悪質な妨害を受けているんですか?」
二人はベルメットの信じられない発言に驚いた。
「いやーそれがだな、別の場所にグリコールという新しい店ができたんじゃよ」
「グリコール?知らない名前ですね?」
知らない名前にカミーラは首をかしげる。
「できて2週間の店だからな、王都にはまだ名は届いてないだろう。しかし、モールスモール一番といったら、グリコールとなってしまっとるんじゃ」
「ベルメット製菓からたった2週間でトップを奪うなんて、何がすごいのですか?」
できて2週間の店がその国の覇権をとる等聞いたことがなかった。
「話すより先ず、そこのテーブルにあるチョコレートを食べてくれ」
二人はテーブルの上にある見慣れないパッケージに包まれたチョコレートを食べる。
「こ、これは、なんですかこの新しいフレーバーは?」
「全てのチョコレートが集まる王都でも食べたことない味だな」
チョコレートに目がないマーブルに劣るとはいえ、二人も今までに多くの種類のチョコレートを食べてきた。その二人をもってしても、この味を記憶から取り出すことはできなかった。
この国は冷帯に属しているためカカオ豆やクーベルチュール等を王都からの輸入に頼っている。
Tree to Bar等ができない反面、この国は加工技術で競い合ってきた。
(Tree to Barとはカカオ豆の栽培からチョコレートを作る全ての過程を行うことである。)
また、王都以外のところからカカオ豆を輸入すればいいじゃないかと思うかもしれないが、王都以外のカカオ豆は基本購入できない。
カカオ豆はいわば、チョコレートの全てである。
先人たちが何百年も研究してきた遺産をそう簡単にどの国も渡すことはできない。
カカオ豆やその種を他国に持ちだすことは全ての国で禁止されている。
「加工技術で味に差が出るといえど、やはり元は王都のカカオ豆。こんな新しいフレーバーだされたらそりゃ一人勝ちするってもんよ」
「でもベルメット製菓よりも上手いとは言えないんじゃないか」
確かに味に特徴はあるがボルドには作りは大雑把さを感じた。
「わしも最初はこの目新しさだけで、大した店じゃないと思っとったんじゃ、でも日に日に店の前の列は長くなり、近所の競争力のない店がいくつか潰れてしまったんじゃ」
「中毒性のようなものがあるのかもしれないですね」
「中毒性!?」
「確かに俺もこいつを食べてるうちに、はまっちまって、自分の店の味に自信が持てなくなっちまってる。」
このままの味では店が潰れると危惧した結果、ベルメットは休みもとらず、徹夜で試作を作るという暴挙にでてしまったのだ。
「ベルメットさんをそこまで追いつめてしまう味ですか」
「なんか、悪い成分でも入ってるんじゃねぇか?、マーブルならそこら辺まで、テイスティングできるんじゃねぇか?」
「おい、マーブル起きろ!」
ボルドがソファの上で項垂れているマーブルをゆする。
「ん、ってあれ、どうして僕寝てるんだっけ、ってそうだよ爺さんが!」
今までの出来事を思い出したマーブルがガバッと起き上がる。
「わしは大丈夫じゃよ」
すると目の前には血だらけだった爺さんがいるではないか
「ってぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
また気絶しそうになるが、寸前でボルドがマーブルの顔を抑えて食い止める。
「っとおい、気絶するなお前に頼みたいことがあるんだよ」
「ハぁ、ハぁ、頼みたいこと?」
普段頼み事なんて一切しないマーブルからのお願いだなんて何だろうと頭の中が?で埋まる。
「お前が一番好きなチョコレートの試食だよ」